五話:エルフの証明
三人は川沿いを走っていた。 大きな川では無いが両側の土手はランニングコースになっている。 既に日は落ちているが照明が完備されているので問題ない。
「そういえば…………いや、ブラフの可能性もあり得る。 でなければ、あえて言う必要は無い」
賢至がおもむろに口を開く。
「諦めてなかったのか、さすがエロじじい」
守護は、やれやれと応じる。
「いや、エルフでも例外と言うか個人差はあるはず。 この世界での前例は無いだろうから、可能性を捨てるな」
賢至が真面目に続ける。
「おお、さすが賢者」
勇は、それに納得した。
「でもさ、実際あったからって、特に何もなら無いのに、なんだろうな」
守護も納得したらしい。
「まぁな、だが、あったらきっとめっちゃ嬉しい」
勇は、それに同意した。
「金だと……黒だと……どっちも王家の血筋と聞くとさらにどんじゃろ? ひょひょひょ」
エロ賢者は妄想を口にする。
「その言い方……ワクワクしてきたじゃないか」
守護も結局同類である。
「いいね」
勇が締めた。
一時間ほど後、
「お風呂、どうだった? お父さん用、久しぶりに使ったから気になっちゃって」
母が、嬉しそうに聞く。
「あ、広くて奇麗でよかったです。 ありがとうございました」
守護が棒読みで答えた。
「それはよかった。 じゃ、そっちの部屋でくつろいでて」
母は、廊下の反対側の扉を指して言う。 先日、守護と応対した部屋だ。
「了解」
棒読みで答えて向かう。
二、三分ほどすると、母が紅茶を持って入って来た。 お茶菓子は既にテーブルにある。
風呂上がりの美女の香りが部屋に拡がる。
「せっかくなので、魔法についてわたしが知ってることを教えてあげます。 これって部活に関係あるわよね」
「”魔法について”とは? 漫画とか小説とかアニメとかの話? それとも」
「そう、それともの方、もちろん現実の話よ。 ただ、賢者様には釈迦に説法かもだけど」
「まぁ、猿モンキーからおさるって言うしね」
勇は、偉そうに言ってみたかったのだろう。
「…………猿も木から落ちるは、ちょっとずれてると思う」
守護が、解読に難儀する皆を代表する。
「実際、わしは記憶のほとんどが無いのじゃ。 特に知識方面はほとんど残っておらん、だから遠慮なく教えてくだされ」
「そうなんですか?」
「蓄えていた知識量が大きすぎたのじゃよ。 人間の脳では受け入れきれなかった様じゃ」
「なるほど」
「こちらでも使えるという事は知っておる。 じゃが、この世界に魔法は不要なはず。 実際、今のところ不要じゃし、いつか必要になれば研究すればいい」
「賢至、そういう言い方は」
守護は空気を読めと言いたいのだが、腐っても、いや、腐ってる賢者でも、魔法については口を出さない訳にはいかないのだ。
「いいのよ。 わたしも正しいと思います。 でも、使っていただけないかしら」
「今のところと言った。 じゃから、時が来たと言う事じゃな」
「ありがとうございます」
「なんかずるいな、じじいめ。 最初から素直に話を聞けば良いのに恩着せがましい」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「ふふ。 じゃ、早速。
ほとんどの人はね、使えるけど使い方を知らないの、魔法を使った事が無いか使った記憶が残って無いから。 使うための魔力の存在にも気付いて無い」
「ふむ、つまり、わしと勇は使えるはずじゃ……じゃが、二人とも記憶が完全では無い、特に魔法について。
あいつから、転生の要件というか転生者の能力や限界については、あまり聞いてない様じゃな」
「そうみたいです。 知らない方が良い感じでしたし、それ以降こちらから関わることもしない様にと」
「なるほどの。 まぁ、今はそこは関係ないから話を勧めてくだされ」
「はい」
「では、魔力の存在とは?」
守護が、話を進める。
「魔力は食事で取るのよ」
「食べ物?」
「ええ、いろいろ試して、”マ”とか”ま”とか”ma”とか名前に付く食べ物が確立高いわ。 名前ってある程度そういうイメージで付けられているみたい、理屈は知らないけど」
「は?」
守護は、なんとなく話の次元が下がった様に感じて聞き返す。
「それを、転生種と呼んでるらしいわ。 進化の過程で遺伝子に現れたのかもって」
「例えば、マスカット、マトン、マロン、麻婆豆腐……は材料に含まれてるのかな、
真鯛とかは元が鯛だからか違うみたい。 熊とか馬もだめでした。
あと、うなぎは効果高いのよ、だから朝ごはんはうな重を食べる事が多いの」
「うなぎ? で、朝からうな重って……」
「マンユェじゃないかな、うなぎ」
勇が、不思議な単語を口にした。
「何語だよ?」
守護が思わず聞き返す。
「中国語?」
「でもね、魔力はすぐに消えてしまうの、だから補給したらすぐに使う必要があります」
「それで朝からうな重か」
「だからカロリーも消費しないとたいへんな事になるのでトレーニングルームにしばらく籠ります」
「豪邸すげ~」
「ええ、旦那様には本当に助けてもらってます」
「ほほ~」
賢至が感心する。
「では、二階に行きましょう。 付いてきてね」
母は立ち上がると、三人を誘導した。
「「「了解」」」
三人は、次に何を教えてもらえるのか期待を隠せなかった。
二階に上がってすぐの部屋に入ると、優しくもフローラルな香りがした。 守護は、部屋のドアプレートにYumikaという文字を確認していた。
壁のおしゃれな間接照明と天窓から射す月明かりのおかげで特に視界に問題は無かったが、母は照明のスイッチを入れる。
ゆえに、すぐに、ベッドに横になる由美香が見えた。
その時、三人の視線は、猫の肉球を散りばめたデザインの普通のパジャマには行かず、きらきらと輝く髪とそして長く尖った耳、美しきエルフの証に釘付けされていた。
「絶対起きないわ。 さっき言った事、ついでに確認してみる?」
母が、補足と提案をした。 この期に及ぶと謎の台詞である。
「ついでって?」
守護は、”起きない”については、そういう人も居るだろうから”確認してみる?”の方を聞く。
「ちょっとめくって覗くくらいなら構わないわよ」
「は?」
守護は、またしても少し変な声で返事した。
「もう忘れちゃったの? 気になるでしょ?」
母は、由美香の横に寄り添うと、躊躇することなく、胸の辺りまで掛かっていた夏用布団をめくり、パジャマの上着を少したくし上げ、ズボンを少し下げ、下着のリボンをつまんで持ち上げる。離せばゴムの力ですぐに元にもどるだろうが、手がそこで止まる。
「どうぞ、これがエルフよ」
守護達へ、できた空間を見る様に手の平で促す。
「いや、エルフは十分わかったから、それより、なんで絶対なんだ?」
守護は、賢至達を制止しながら問う。 そういえば”起きない”に”絶対”が付いていた。
「意識を戻せるだけの元気が回復して無いからよ。
朝、掛けてる魔法はね、身体強化みたいなのも使ってるの」
「それで、この人数の気配でさえ……」
守護はそういいながら、やっぱり空間を覗き込む、二人も続く。 すぐに空間はゴムの力でパチンと閉じられた。
「それが無いと、たぶん半日も持たずに眠っちゃう」
ゆっくりと乱した着衣を戻しながら、乱した時とは逆にテンション低く説明した。
「そしてこれほどの事をされても無反応か」
賢至が補足でもするかの様に感想を続ける。
「なかったね」
勇はきっちりと本来の目的を果たしていた。
「あなたも強化魔法できたわよね? 何かの時に使って欲しいなって……」
「それで、魔法の事を教えてくれたのか。 だが、向こうの俺のは己に対してのみで、しかも契約した魔造精霊の力を借りていたからな、この世界にも存在するならできるかもだが、あいつは造れないと言っていた」
「無理じゃの、わしの延命術も魔造精霊の力を使っておった。 こちらでも研究はしておるが全く箸にも棒にも掛かっておらぬ、というより無理という結論は既に出てはいる。 精霊の概念が世界に通じないのじゃ、魔法が使えることで期待はしたんじゃがの」
賢至が賢者の台詞で、守護にはできない事を決定づけた。 精霊というのは、魔法よりも重要度の高い案件なのだろう。
「じゃ、魔法が使えるとしたら、回復魔法は? 勇者、賢者ならいけるんじゃ?」
守護は代案を探る。
「さっきも言ったが、魔力が補充できるなら回復強化系魔法は、わしと勇にはたぶんできるじゃろう。
だが、回復魔法は自己の治癒能力を強制的に速くするものじゃから逆に体力は減少する。
じゃから強化魔法になるが、使えば反動でわずかじゃが寿命が減るのではないかの? エルフなら関係ないかもしれんが……。
そこで一つ確認したい、あいつならそこは教えて居るはずじゃ」
「さすが賢者様ね。 お察しの通りです」
母は、あきらめを含む様に答えた。
「やはり」
「そんな体で、この先持つのか?」
守護が、責める口調で問い直す。 母を責めるのでは無く、運命に対してだ。
「…………」
母の顔が曇る。
「まさか……後どのくらいなんだ? 言いたくない……ほどか?」
「……さすが、あなたも察しが良すぎ。 本人には教えてないけど……あと、あと、たった三年くらい……たった……それでも、ほとんど寝て過ごすよりも、数年だけでも学校に行かせてあげたかった」
「でもさ、そんな事わかる病院なんてあるのか? ……いや……あるな、なるほど研究所か」
守護は少しむきになりつつあったが、すぐに平時に戻る。
「今の学校に入る様にアドバイスをくれたのもそうなの」
「あいつが何も手を施さず魔法だけ教えた。 その時点で詰みとも取れるが、俺達の居る学校を指定したのなら、姫に全部を伝えて無い可能性……何かまだ在るかもしれない」
「え?」
「確度の低い方法があって、その検証をこっそりやってるか、新しい何かを研究してるかもしれない。 俺が聞いてないってことは、教えてもくれないだろうから探ってみる」
「わしも聞いておらんが、今のわしでは力不足なのかもしれん」
「僕も、悔しいですが……」
「何かあるのならすがらせて欲しい。 わたしにできる事はなんでもするから」
「とにかく、近々行ってみるよ」
「お願いします。 この子を助けてください」
「きっと、俺達と出会うことに意味があるんだ。 関わるなと言いつつそう導いてる。 やるよ、絶対助けてみせる。 そして、俺達の部活動に相応しい」
守護は手の甲を上にして差し出す。
「わしも賢者を自称する者としての誇りがある」
「誰かを救ってこそ勇者だ」
「おい」
守護が手を上下させる。
「ふむ、そういうやつか」
賢至がめんどくさそうに手を乗せる。
「爺さんが手を出さないから戸惑っちゃった」
勇も手を乗せる。
「ありがとう、皆さん」
母が、その手を束ねて胸に抱く。
「あっ、まいいか……ぇぃぇぃぉ~」
守護は気合を入れるつもりだったが、その柔らかさにタイミングを失い声が尻すぼみとなった。 締まらないが、三人の気持ちが一つになったのは確かだった。