四話:合宿
翌日、部室にて。
「あなた達って……あ、いえ、なんでもないです」
部室の隅の専用席に座る由美香が読んでいた本を閉じるとおもむろに三人に向けて声をかけた。
「気づいたか、いや、お母さんに聞いたのかな。 そう、見た目は高校生、中身はただのすけべじじいだ」
守護は、今の正直な状況を答えた様だ。
「あ、ええと、あ、はい、がんばってください」
由美香は、どう答えていいかわからなかったろう。
「ありがとう。 二人にも事情は説明してあるよ。 ちなみに、聞いたかもしれんが、俺が中身四十八。 前世はお宅の母上の近衛騎士だ」
「ぇ……、あ、そこまで詳しくは聞いて無いです」
由美香は、想像を超えた自己紹介に唖然とした。 そして何よりも先に映画の時のことを思い出していた。
「僕は、七十三。 これでも勇者という立場に在りました。 お母さんとはお会いした事ないです」
勇も続く。
「わしは、年齢不詳だ。 賢者は自称だったが、実力が伴っていたから問題なし。 わしも会った事は無い、ご両親の結婚式には参列したがな」
賢至は、一人称をいつもの”おれ”では無く”わし”で答えた。
「不詳って、まぁボケてるから仕方ないか。 もし本物なら、推定、二千歳くらいじゃないか?」
守護でも知らないのだろう。
「にせ……ん……」
由美香が絶句したのがわかる。
「うひゃひゃ」
賢至は、定番の老齢笑いで応じた。
「もっとなのかよ」
「いや、そういう意味で笑ったんじゃない。 二千歳かもよって笑いじゃろ」
「紛らわしい」
「お前の解釈が紛らわしい」
「実際、百越えてたらあんましかわらないよね?」
勇はいかにも自分が普通と提案するが、十分な歳である。
「自分が二桁だから、そういう……とりあえず、転生のおかげでボケて無いから、中身関係無いことにしよう」
賢至は、歳を気にしていたらしい。 肉体年齢との大き過ぎるギャップは本人にしかわからないかもしれない。
「あのっ……あの、すいません、話の腰を折ってしまいますが、週末お時間ありますか?」
由美香は、いつもより少し元気な声で話を変えた。 話についていけなくなったのもあるだろう。
「時間帯によるかな。 週末は、皆、バイトと訓練に充てている」
守護が応じる。 基本的に三人に向けられた言葉には守護が答えている。リーダーでは無く一番下っ端な感じだ。
「土曜日の夜、うちに泊まりに来ませんか?」
「「「泊りっ! 行くっ」」」
三人即答。
「あ、いや、あの、母が皆さんに来てもらいなさいと……部の合宿みたいな感じで」
由美香は、三人の勢いに押され気味だ。後悔が入っているのも間違いない。
「「「行くっ」」」
再度三人即答。
「はい、お願いします。 それで、晩御飯くらいには来れそうです?」
「ああ、十九時くらいでもいいかな? 俺、バイトが十八時半までなんだ」
「僕は、合わせますよ」
「問題なし」
「では、十九時にお待ちしています。 ぴったりで無くてもいいですから」
「でもさ、冷静に考えてみて……いいのかな? こんな変態じじい三人」
守護は由美香に再考を勧める。
「母が、絶対に連れて来るようにって……そうでないとわたしが……」
「わたしが?」
「ご飯抜きって言われました」
「それは大変だ。 ぜひ、行かせていただきます」
「「然」」
土曜日、由美香宅での合宿もどきが突然決まった。 なお、この部に顧問は実質いないため部長が決めるだけだ。
土曜日、十八時四十五分、絵野沢邸門前。
絵野沢邸は、築数年くらいだろうか二階建てだが部屋数は多そうに見え、屋根付きカーポートには高級外車セダンとSUVが並ぶ、この街ではかなりの豪邸と言えるかもしれない。
囲んだ塀は木製のおしゃれなフェンスで、ブロック塀の様な強度は無さそうだ。その分、監視カメラがそこかしこに見られる。 他にも仕掛けがあるのかもしれない。
今、門の前に見た目の若い三人の男が並んだ。
「ちと早いかな?」
賢至が家を眺めなら二人に問う。
「そうだね、およばれは遅れるのが礼儀と聞いたような聞いてないような」
勇が適当に応じる。
「ま、俺たちに礼儀とか期待してないだろ、ここに留まってる方が迷惑な気がする。 という事で行くか」
守護が呼び鈴を押す。
「いらっしゃい。 どうぞ、入って来てください」
守護が何か言うより先に女性の声が帰ってきた。 母の方だ。
「あ、はい」
守護が出鼻をくじかれたように答え、門を開けて入り、二十メートルほど歩いたところで家の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
扉が完全に開くと、天使の声で由美香が迎えてくれた。 ゆったりした薄い黄色トレーナーに淡い緑のロングスカートは、普段の少し固いイメージとは違う印象だ。
「僕はメイド服を期待していたけど、それを越えてると思います」
早速、勇が独自のコメント。
「美女と噂の母上がもしかしたら……」
賢至も続く。
「ああ、メイド服は着てないと思うが、美人さは見て驚くぞ」
当然ながら守護が既に説明しているのだ。
「あのっ、どうぞお入りください」
ちょっとだけ力のこもった声で由美香が中へ誘導する。
「「「あ、はい」」」
三人は、屋敷のあちこちに目をいろいろ泳がせながら中へ入った。
由美香は、三人をダイニングへ案内すると部屋に戻った。
母が出迎える。
「いらしゃいませ、賢者ガーフ・ラハル様、勇者サイトリム・アー様、始めましてドーレルハイン王国元王女ミル・アリーシャ・ドーレルハインです。
お二人のご活躍は本で知りました。 我が王国へのご助力ありがとうございました」
「こちらこそ始めまして。 噂にたがわぬ美しさですね。 それから、僕たちは力不足で結果的には何もできてないんです」
勇がまず答えた。
「わしらは負けたのよ。 あなたが読まれた本は、この世界の小説であろう。 あれはそうとう改竄された内容じゃよ。 わしの助手はダークエルフでは無く褐色のエルフじゃったし、あの時は他にも十人おったしの」
賢至が続く。
「え? 負けた? 改竄?」
「だから、俺は戻る」
「僕は、検討中かなぁ」
「わしは、死ぬまでは戻らぬ」
「では、お父様達は?」
「あっ。 ええと、今日は、この話は止めませんか? つい、口走っちゃった。ごめんなさい」
勇が提案して詫びる。
「負けたと聞いて不安だろうが、今、みんなここにいる」
守護が補足する。
「あぁ、そ、そうよね、今日はその話で来ていただいたのでは無いのでした。 楽しくいきましょう」
「宴で酒が飲めないのが辛いがの」
「じじいめ」
夕食後。
「さて、ご飯も食べたし、君達、先にお風呂どうぞ。 広いから三人一緒で大丈夫よ」
母が、片付けを始めながら、にっこりと提案する。
「そうしてください」
由美香は勧めながら、片付けを手伝っていた手を止めてそのまま出て行った。 恐らく風呂の具合の確認だ。
「いや、俺たちは、一時間ほど走って来ますんで、お気になさらずお先にどうぞ。 日課なんで」
「ふむ、そう言う事なら……」
母が、少しニヤリとした表情で何か思案する風につぶやく。
「あ、俺たち、ついでに銭湯にでも行ってきますから」
何か察した守護は提案を追加した。
「大丈夫よ。 わたしと由美香は二階のを使うから、戻ってから遠慮なくどうぞ」
母は、自分の読みが当たっていたとの確信を持って再度提案する。
「豪邸、わ~い」
守護は、諦めた様に抑揚無く棒で返した。
「……それから、由美香のは探しても無駄ですよ。 エルフですから」
母は止めの様に言葉にした。 まだ、由美香はエルフに戻っていない。
その後、守護達は三人揃ってランニングに出掛けた。 皆、日課なのは本当だ。