二話:狙われた由美香
駅前には、それなりの規模のショッピングモールが一つある。
学校帰りの生徒たちもよく利用している場所だ。
そこに、スクリーンが三つ程度の映画館が入っている。
十三時四十五分、予告映像を流す五十インチほどのディスプレイの前に三人の高校生男子が立っていた。守護達である。
そこにゆっくりと近づく者があった。意図的にゆっくりでは無く素でそういう動きなのは雰囲気でわかる。
背が低く華奢な体躯は胸のふくらみが無くとも女性とわかる。顔のサイズに対してとても大きなマスクと黒ぶちの目立つ眼鏡、半袖パーカーのフードをかぶっている。
パッと見、じゅうぶん怪しげである。
気配を察したのか、守護達三人はそちらを振りむいた。
怪しげな者が、守護の前に立つ。
「あの」
ささやくように声をかける。 美少女な声で。
「絵野沢さん、来てくれたんだね」
「お待たせしました」
「ああ、まだ時間じゃ無いし、目印になるつもりでちょっと前に来たら、三人とも揃っちゃっただけ」
「ありがとうございます」
「硬くならないで、アニメ見るんだし、ゆるっと行こう」
「僕は、真剣に見ますよ」
勇が、真剣な顔で言う。
「おれは、内容知ってるから、パ……ん……もごもご」
「それ以上はコメントせんでいい」
守護が、賢至の口を押さえて止めた。
「わたしに気を遣わず、いつもの感じでどうぞ」
「お気持ちだけ受け取っておきます……でいいよな?」
「善処します」
「おれも」
「でも、今日はなんで来てくれたの?」
「母が、行ってきなさいって。 あと、自分は原作小説を読んだ事があるとか、見ておいた方がいい映画かもしれないとか……よくわからないですけど」
「ほう」
守護は、考える人っぽく顎に手を当てる。
「そうなんですか?」
「ええと…………俺たちの部活にはかなり関係してるからね。 部の事をお母さんに説明したんだよね?」
「なるほど、そうなのですね」
「後で、感想を聞かせて」
「はい」
「可愛い子のパ…………」
聞かれてもいない賢至が早々に感想を呟こうとして守護に止められた。
「お前の感想はいらん、というかまだ見てないだろ」
映画の内容は、三十年ほど前に書かれた異世界を舞台にした小説のアニメ化で、エルフの国へ残虐な人間の国(転生者が王)が攻めて来るというもので、序盤で城は落ち、お姫様が従者達ともども殺される。
逃げ延びた王が勇者と賢者を頼り味方に付けて逆襲するという、そんなにひねった話でもない。
ただ、異世界のイメージのいくつかはこの小説が元ではという噂は未だに消えていない。
今更感は否めないが、今回それなりのスタッフがそろっている事もあり、アニメファンがこぞって鑑賞に来ていた。
映画鑑賞の後、四人はモール内のファストフード店に居た。
「前評判通り、エルフはエ……ええと、美しかったな」
賢至が先に感想を言う。かなり遠慮した。
「お前はぶれないな、
絵野沢さんは、どうだった?」
守護が回す。
「面白かったです。 絵作りも奇麗でしたし、ただ……」
「ただ?」
「いえ、なんでもないです。 あ、最初の方でお姫様を守ってたおじさまはかっこよかったです」
「おれと対して変わらんやん」
賢至が威張る。
「でも、あんな風に守られたら……、いえ、なんでも無いです」
「乙女目線、やっぱおれと対して変わらんやん」
賢至は勝手に納得していた。
「そんなのでは……あ、部長さんは?」
「もちろんパンツしか見てない。 特に、賢者に付き添うダークエルフのお姉さんが最高過ぎた」
「へ?」
由美香の目は点になっていた。
「言ってるし」
勇が呆れた風につぶやく。
「だって、俺三回目だよ」
「そんなに……」
「僕は、いろいろ参考になりましたよ。 知ってた内容ですけど、映像化されるとイメージが固まって気持ちいい。 そしてダークエルフ姉さんに同意」
勇は普通に感想を言った。
その後もしばらく談笑し、守護は、春子から聞いた様に由美香は確かに普通の子だと確信できていた。
「さて、そろそろ時間かな?」
守護が、時計を確認して由美香に聞く、駅前ゆえに電車にもすぐに乗れるだろう。
「ええと、今日はもう少し大丈夫です。 余裕を持って出てきましたので」
由美香がすこし打ち解けてきたのがわかる。
「そうなんだ。 じゃ、ちょっとゲーセンでも寄って行くか」
「行ってみたいです」
「行ってみたい? もしかして行ったことない?」
「……ええと、はい」
「そうか、なら見て回って興味あるやつやってみよう」
「はい」
「エルフちゃんとプリクラとりたい」
賢至は、由美香の呼び方を変えるつもりは無い様だ。
その後、しばらくゲームセンターで遊び、解散となった。
翌週、水曜日。
由美香は、部室を十六時半くらいに出て帰路に付く、それが定着していた。
通学には電車を利用しているため最寄りの駅へ向かう。
その途中通過する商店街には、飲み屋が三軒続く場所があり、その雰囲気が嫌いな由美香は、速足でそこを過ぎ、さらに細い路地を過ぎたところで歩速を戻す。
今日、由美香が三件目の飲み屋に掛かった時、少し先の電信柱の影に居たのか、男が三人、自分の方に歩き出すのが見えた。タイミング的に良い感じはしなかった。
由美香は、いつもと違い、警戒心からか相手に意識させたくないのか歩速を変えずに歩き、三人とすれ違った。 そのまま路地を過ぎようとしたとき、左腕を捕まれ無理やり路地の方へ引き込まれた。
この付近、市政により近日中に監視カメラが設置されることになっている。そのため、逆に私費では設置されていないのだった。
引かれた腕の方に顔を向けつつ、腕の主の方に視線を向ける。すれ違った三人の一人で少し背が高く太目だ。 あとの白Tシャツの男とオレンジ系の柄物Tシャツの男は、路地の入口を塞ぐように並んで付いてきていた。
その引く力が増した時、付いてきていた二人も既に追いつき、押される用に路地の奥へ連れて行かれた。 声を出すタイミングを失ったのもあるが、本来、そういう性格なのだ。
「お願いします。 許してください。 急いで帰らないといけないんです」
それでも、由美香は声に出した。泣きそうな声で。
「許すって、あんた俺たちに何かしたのか? ふむ、じゃ、言う事聞かなきゃ許さねぇ。 それに、急ぐならなおさら指示に大人しく従った方がいいぞ」
太目の男が低い声で応じた。 由美香の腕をつかんでいない方の手にはスマホが握られている。カメラ部分の突起が目立つ、高性能なのだろう。
「そんな……」
「あんたってさぁ、普通の隠し撮り写真でさえ高値で売れるの知ってる?」
「え?」
「お近くの男の子、みんな持ってるんじゃね」
「……な……」
由美香は、驚きを隠せなかった。
「今月、夏服に変わっただけで倍増だし、スカート丈がちょっとだけ短くなったでしょ、半袖の脇チラとかも大人気。 透けブラが撮れないのがほんと残念だった」
「…………」
「あんた、学校じゃ体操服にさえならないから、貴重なんじゃね?」
太目男はあえて自説を追加した。
「いやっ、帰してください」
由美香にも、男達の目的がなんとなく想像できたのか、抵抗する力を強める様にもがく。
抵抗むなしく、そのまま路地をある程度進んだところで舗装が切れる部分が見えてきた。その先は、細い林道だ。
林道に入る前の脇に廃材が積んである。 それに隠れる様に横のスペースに由美香は離された。
「ちらっと下着見せてくれればいいから、スカート少し上げて、あ、しかも横の方で十分。
それ以上はいいからよ、ほら」
太目男は、要求を口にする。 口調を優しめにしており、要求としてはそれほどでも無いとアピールしたいのだろうか。
「でも…………」
由美香は、戸惑いと恐怖を含んだ言葉をもらす。
「でも、か…………でもなぁ、もし、拒否るってんなら……もうここまでしちゃったしよぉ、行くとこまで行くよ。それは、わかるでしょ?」
男は、本性がもう出たのか、口調も荒げて本音と思われる内容を口にした。 本心は時間を掛けたくないのだろう。
「……わかり……ました」
由美香は、そう小さく答えるとゆっくりとスカートを手でつまんだ。 最初の要求通りで済むという保証は無いが、どうすることもできなかった。
膝が見えたところで、シャッター音がし始めた。 白T男と柄T男もスマホを構えている。
「そこまでにしとこうか」
守護の声だった。 男達の後方、走ってくる。
男達が振り向く。
「人が来たぞ、やべぇ」
白T男が呟く。
「走って駅に向かってたら、通りに連れ込まれる姿が見えた。 俺、視力もすごいんだ」
守護は、白T男の呟きに答えた訳では無く、由美香に対して説明する。
「お、おまえ、平和中の狂戦士」
柄T男が守護を指さしながらそう言った。
「あんた、俺を知ってるのか? 俺はあんたを知らんが。
だけどさ、勝手に喧嘩ふっかけてくるから片っ端から蹴散らしてただけなんだけどな、狂ってるとか付けるの酷いだろ?」
守護には呼ばれる自覚があるようだ。
「こいつ強いのか?」
太目男が、気になったのだろう確認する。
「平和中学校周辺、中学だけじゃなく高校もこいつ一人に絞められた……、
逃げよう、いそげっ」
柄T男は既に走り出していた。
一瞬の後、太目男も白T男も続いていた。
「あ、おい、待て」
守護は、定型文的に引き留める言葉を使うが、既に由美香の方に近づいていた。
「……あ、あの……」
由美香は、思考が停止していたのか、スカートに手を掛けたまま守護を見つめていた。
「追っかけて捕まえてもいいけど、どうする?
それとも、警察に通報しとこうか?」
「……しないで……ください」
ようやくスカートから手を離すと言葉も出た。
「いいのか?」
「は……い。 急いで、帰らないと……」
「ふむ、そか、じゃ駅まで送るよ」
守護は、できるだけ普通を装う。
「ありがとうございます」
「歩ける?」
由美香の動揺は収まっていないのか少し震えているのがわかるため確認したのだ。
「大丈夫です」
「じゃ、行こう」
守護は、由美香の手を取るでもなく踵を返してゆっくりと歩き出す。
由美香は言葉も無くそれに追随する。
二人は、その後、特に会話も無く駅に向かって歩いた。
「……あの?」
駅が見えた時、ここまで無言だった由美香が守護に問いかけた。
「ん?」
「あの…………」
「どした?」
「あなた達も、わたしの……わたしの写真……」
「うおっ……あれは……校外学習の……やつを……」
「持ってるのですか?」
責める様ではなく、不安そうに確認する。
「いや、どうなるんだろう。 部室のパソコンのは消したはずだし、元々、学校側が生徒向けに公開してるやつだし……」
守護は、メモリーカードの事はあえて言わなかった。
「あ……今の忘れてください。 ごめんなさい、恩人にこんなこと」
「あ、いや、やつらから買ったかってことか。 やつらのかは知らないけど、たぶん持ってるやつはけっこういるかも? でも、俺たちは持ってないよ。
実際、入部してくるまで君の事をほとんど知らなかった……恥ずかしながら……。
でも、気になるなら、部室のパソコンのやつも、残ってないか確認するといい。
深い意味も無くエルフのイメージ画を作る元にさせてもらったんだけど、ごめんね」
写真が売られている件は、由美香が入部した後に賢至が調べてきていた。
由美香の写真を欲しがる生徒は多く、学校裏サイトで話題になり、それが変なやつらの小遣い稼ぎに利用されていたのだ。
それもあって、守護には先ほどの三人について見当がついていたのだろう。