一話:エルフを妄想してたらエルフが来た
一旦下げてましたが、戻しました
まぁ、お目汚しなのは変わりませんが……
あと、タイトル変えようかな……
ある姫は思った。 死にたくないと……
ある賢者は誓った。 必ず戻ってくると……
ある勇者は想像した。 自分は何者だったのかと……
ある騎士は悔やんだ。 自分に力があればと……
……
…………ある少女は祈る、もっと生きたいと…………
……
……
誰もが考えた事があるだろう、自分とはなんだろうと……
誰もが考えた事があるだろう、自分の生まれた意味とは……
誰もが考えた事があるだろう、人類に終わりは来るのか……
誰もが考えた事があるだろう、輪廻転生を……
そして、
……流れてきた時間の中に居る自分と、今この瞬間の自分は同じなのか?
……ふと気付いた今がなぜ今なのか?
……宇宙がなぜ存在するのか?
さらに、
ある者達は考えた事があるだろう、いや、きっと居るはず、そう異世界転生は……
「あるっ……の方がいい」
と、とある高校のとある部室で、”異世界転生に備えて”と大きく記したホワイトボードの前に立つ男子生徒が熱意を込めてこう言った。
「ああ、そうだね。 さすがシューゴだ」
その前の椅子に座る男子生徒が棒読みの様な抑揚で応える。
「勇よ。 貴様だって考えているだろう?」
守護は、男子生徒、勇の応じ方に不満げに問い返す。
「おれは違うぞ、守護任せにしてるだけだ」
さらにもう一人の男子生徒が偉そうに割り込む。
「賢至、勇、俺たちのベクトルは同じはずだ、だからここに揃った」
守護は、さもそれっぽく決めつけた。 守護は本名、道仙守護、守護の読みはしゅうごと伸ばす。 身長は百八十センチくらい。 他の二人もそうだが、鍛えているのか筋肉質な体をしている。
「それは否定せんが、あるといいなぁ程度にしておいた方がよいと思うぞ」
賢至が仕方なさそうに流される。 賢至の本名は、木枯賢至。 身長は百七十センチくらい。
「僕は、あるほうに1ゴールド」
勇が、意味の無いレベルの賭けで話の腰を折る。 勇の本名は、結城勇。 身長は百七十センチくらいで、他の二人と違いかなりのイケメンで、髪型は他の二人も同じで特に特徴も無い短髪だ。
「ん?なんで賭けになるの? あ、ゴールド? そうか、貨幣はなんだっけ? とりあえず決めんとだな」
守護は、折られたままの腰の話に進んだ。
「優先順位的にはどうでもよくね?」
賢至は、真面目に意見を言う、本心は他の二人と同じレベルなのだろう。
「だが、何かしらで価値を伝える場合に必要になる」
守護は、完全にこの話題に切り替えていた。
「確かにね……じゃ、仮にルドでどう? そんな気がするよ」
勇が早速提案した。
「ドルのアナグラムか、おーけー、それで行こう。 でも、もっと長かった様な」
守護が頷く、アナグラムと言えるとは思えないが、なんか言葉を付けたかったのだろう。
「ん~、もちょっと、こう、議論しなくていいの?」
勇は、提案者とはいえ適当に言った内容が即採用は納得しかねる様だ。 実際、あまり重要そうにも思え無い流れだが。
「えぇ? それを、この件でか?
というか、ルドでいいぞ。決定で」
話を進めたいと賢至が決めた。
「ふむ、そうだな、俺たちには時間が無い」
守護が、状況を再認識させる。
「まさか、青春は短いとか言い出すつもりか」
賢至は、ちゃかす。
「いや、バイトを優先しつつ、漫画、アニメ、ゲーム、並行して進めても消化しきれん。 間に合うか……部の発表資料」
守護が、拳を握って力説した。 彼らは、部の活動内容を説明する資料を造ろうとしていた。
「そっちね」
「だからこそ、異世界転生を目指すという最上級部分を効率よく説明するための決めごとをするのだ」
「確かに、僕らなら決めちゃえばまとめるくらいは造作もないね」
「だから、そういう話だって」
守護達がおかしな会話を繰り広げていた時、部室の前に一人の女学生が立った。
身長は百五十センチほどで、かなり細身、長い黒髪をポニーテールに束ね、薄いモスグリーンの半袖カッターシャツに紺のリボン、深緑のボックスプリーツスカートは膝が隠れる長さ、夏用制服がよく似合う。 今は七月なのだ。
今、扉に手をかけようとして……手が止まった。
室内から漏れる声が聞こえたのだ。
「そもそもエルフって、どういうのだっけ?」
勇が聞く。
「とんがった耳、美人、貧乳、金髪、ツンデレ、緑っぽい服、精霊とかと仲がいい、弓使い……とか?」
守護が答える。
「おれは、貧乳部分だけは、同意できない、いやしたくないぞ」
賢至が主張する。
「僕もそこは議論の余地が……あっ?」
勇は何か思いつた様に声を上げる。
「どうした?」
「さっきの見ために関する項目って、美人、貧乳、ツンデレ、緑っぽい服……とか? 弓も?
あら、これだけなら人間でもいいじゃん。 まぁ当然だけど。
で、ここで質問。
壁の向こうに女性が居て、壁に空いた穴から巨乳と貧乳が見えていたとする。 どう選ぶ?」
勇は、妙な質問を二人に投げる。
「巨かな」
賢至が即答した。
「とりあえず……巨にしとこう」
守護も答える。
「僕も。 で、居たのは貧乳エルフと巨乳の人間、どうする?」
「ええと、何が言いたい?」
「エルフってなんだろう?」
「ええと……とんがった耳」
「実は必須じゃないかも?」
「いや、その結論はいかん。 ただ、ひたすらに、代えがたく、エルフがいいんだ」
守護は、自論を叫んだ。
「おれも」
「僕も」
「つまり、ブランドとしてのエルフで……」
守護が、声を落としてまとめた。
「そういえば、さっきの条件で概ね見た目の部分……美人、貧乳、緑っぽい服、プラスのツンデレ、だけなら心当たりがあるぞ、おれ」
賢至が唐突につぶやく。
「なんか僕も思い当たる人が」
「あ、あいつか?」
「そう、学校一の美人で、うちの制服は緑ベース、だが残念なほどの貧乳、性格がたぶんツーン、デレは無さそうだが見た目部分には影響無いだろう」
「ふむ……彼女なら、校外学習の時の写真が校内向けサイトにあったかな」
勇は、思案した様に間を開けてから部室のパソコンに向かう。
「ああ、男子の多くがスマホの壁紙にしてるやつね」
「そう、あれの耳と髪を加工してみよう、ついでに目の色も」
勇は、パソコンで作業を始めた。 既に、校内向けサイトとやらの該当画像が表示されている。
「うお、可愛すぎじゃね?」
作業中の画面を見ていた守護が感嘆の声を上げた。
「すげぇ、まんまエルフじゃん。 衣装もそれっぽいのにしよう」
賢至も感心する。
「それは、各自自宅でどうぞ」
「うん、そうする。 このメモリカードに入れてくれ」
守護は、笑顔でメモリーカードを差し出す。
「このパソコン内のは消すから、後は常識の範囲で」
他人の写真を加工する時点で既に常識から外れているが、なんとなく免責を口にしたのだ。
「任せろ」
「もちろんだ」
三人は顔を見合わせていやらしくニヤついた。
「ん? しっ…………」
賢至が、人差し指を口の前に立てる。 静かにのし~だ。
他の二人は、即座に従った。
賢至の視線が部室の入口の方に向く。
その時、部室の入口、引き戸が開く、ゆっくりと。
「しまった。 扉を背にして立つとは、俺としたことが……」
守護は、振り向かずに意味不明な後悔の念を漏らす。
「いらっしゃ……いぃい~?」
賢至は、視線に顔の向きを合わせながら来訪者に対する挨拶をしつつ驚きの表情を作った。
「だ……れ……あっ?」
勇は、その反応を見てから入口の方を見て凍り付く。
「ん? どうした……んっ?」
守護は、二人の様子にその視線の先にゆっくりと顔を向ける。
「あ……うっ」
守護の時間が止まる。
その三人の視線の先、開いた入口の外に立っている。
超美少女、そう、たった今エルフに加工された少女だ。 華奢な体つきも合わせて、彼らの求めるエルフに近いのだろう、巨ではないが。
「あの……」
まず、伏し目がちのエルフが口を開いた。
数秒間の沈黙。
「……いらっしゃ……い」
賢至があらためて恐る恐る言葉を返す。
同時に、守護がゆっくりと横にスライドしパソコンの画面を体で隠す。
「あの……」
エルフは、中に入るでもなく先の言葉を同じ口調で言った。まだ、うつむいている。
このまま展開が先に進まなそうな雰囲気が、三人を正気に戻した。
なぜなら、そもそもタイミング的に写真の件が知られてる可能性は低いと判断したのだ。
「うちの部に何か御用でしょうか?」
守護が、落ち着いた口調でエルフの”あの”に応えた。 動揺を表に出さない事を優先している。
「入れて……ください……ませんか」
「魔戦家?」
勇が、言葉尻を掴まえて茶々を入れる。 この空気の中で出る言葉は、そういう癖かもしれない。
「ああ、こいつの言う事は気にしないで。 で、遠慮しないで中に入っていいよ」
守護が、落ち着いた口調のまま応えた。
「あの、この部に入れてください」
エルフはそう言いながら、紙を一枚差し出す。
「は?」守護
「お?」勇
「はお?」賢至
三人は、そのまま言葉を失い動きも止めた。
数秒後。
守護は、慌てて廊下に飛び出し左右を確認する。
部室は、三階建て部活棟の三階にあり、部室を出るとそこは反対側の棟と廊下がドーナツ状につながり中庭を吹き抜けにした様になっている。
一階二階は概ね運動部、三階が文系の部となっており、この部はその三階の一番端に位置していた。
この学校、五年前にできた新参高校ではあるが、中途半端な地域にあり高校が少ない事から生徒数は二千人を超える。 もちろん最新設備などいろいろと充実していることが人気でもある。
「誰もいないか……ああ、とにかく中へ」
既に部の活動時間であり、廊下に人の気配は無い。何かの意図を疑ったのだろう。
確認できたのか、独り言を呟いた後、エルフを室内へと三度目の誘導をした。
「は……い」
エルフは、恐る恐るといった足取りで中へ入った。
エルフが部室内に入ると、三人はすぐに折りたたみの会議机を持ち出し、その前に椅子を並べる。 机の一方には三人の男が並んで座り、反対側の椅子をエルフに勧める。 三対一の面接状態ができあがった。
「理由を聞いてもいいかな?」
まず、中央に座る守護がエルフに優しく問いかける。
「そうそう志望動機からだな」
右の賢至がフォローにならないフォローを入れる。
「こちらしか無いと先生に紹介されました」
エルフが小さな声で戸惑う様に答えた。
「うちにしかない?」
守護が、疑問符を浮かべる。
「馬鹿はどこの部にでも居るから、天才の方か?」
賢至が、自慢気に言う。
「二年生のみは、うちだけだったかも?」
勇が、思いつきで例を挙げる。
「男しかいない……なんて?」
守護もなんとなく続く。
「あの……毎日の参加時間が自由って」
エルフは、妙な理由をあてはめられたく無いという風に、少し慌てて応えた。
「それ、うちだけなのか」
「はい」
「って言うか理由、もしかして……それだけ?」
「はい……すいません」
「あっ、そういえば、校則変わって、部活参加が必須になったんだったな」
賢至が、顎に手を充てながら説明する。
「そうなんだ」
守護は、校則の変更を知らなかった様だ。 というか興味が無かったのだろう。
「あの、それで、わたし、どこにも入って無いから」
「じゃ、うちを選んだ理由じゃなくて、参加時間が条件な理由を聞きたい」
「言わないとだめですか?」
うつむいた顔を上げて質問で返す困った表情は、言えないのか言いたくないのかのどちらかしか無い事を告げていた。
「だめじゃないさ。 ごめん、聞かない方が良かったね。へんに重い想像してしまう」
「すいません」
「ちなみに、何時に帰りたいの?」
守護は、核心の質問をした。
「遅くても四時半迄には」
「16:47の上りか16:49の下りに乗りたい?」
「ええと……」
「あ、詮索しちまった。 でも、すぐにわかるかも。 俺たちもその時間の電車にはよく乗るんだ。 俺が上り、賢至が下り、そして勇は自転車だが」
「そう……ですか」
「ところで、うちの部の活動内容って知ってる?」
「すいません、ほとんど……いえ、全く知りません」
「だよね。 ざっと説明するね」
「お願いします」
エルフは、申し訳なさそうに答えた。
守護が説明する内容はこうだ…………
異世界に転生する事を前提にその為の準備をすること。
必要と思える知識はなんでも習得すべく勉強する。
文明が低い事やモンスターを含むあらゆる敵との戦闘を想定し対応できる技術を持つことだ。
実際にやっているのは、いろいろな職業を経験してみるためにバイトやボランティアをしたり、とにかく何かを作ってみたり、武術や格闘系ジムに通ってみたりだ。
さらに、映画、アニメ、漫画、小説など参考にすべく研究する。
なお、月~木は、各々が上記のどれかに充て、金曜日は部室でのディスカッションとしている。土日もやる事はほぼ同じだ。
校外での活動になるため学校を出るのは概ね十七時前だが、月~木はそれまで何をしているかと言うと、コスプレ部の衣装や小道具作りをしている。
コスプレ部は隣に在り、そのコスプレ部の顧問がこの部も兼任してくれている為、部の設立時の恩もあり手伝っている。下部組織みたいに言う者も居る。
特に守護は説明しないが、そもそもなんでこんな部が許されるのか?
彼ら三人、現在二年生だが、一年の時に学年一位二位三位を独占し継続しているほど、とにかく成績が優秀なのだ。
運動の方もそうとうできるが、何か一つの事に時間を取られたくないという理由から自分たちで部を作ることにした。
活動内容も否定するほどでは無い為、学校側も渋々認めた。
ただ、ネーミングセンスは残念ながら無かった…………
「ということで、まぁ、好きな事やってていいよってこと。 では、こちらも条件。 副部長やってくれる?」
守護は、一通りの説明を終えると、エルフに提案する。
「え?」
「部長会議とかは仕方ないから俺が出るけど、先生とかとのやり取りで必要な時に代わってくれればいいから、もちろん対応可能な時間内で」
「そのくらいでしたら……あ、やっぱりだめです」
「あら?」
「出来ることは、もちろんお手伝いさせていただきますけど……」
「けど?」
「肩書は……ちょっと」
「恥ずかしいよね。 異世界なんちゃら部副部長」
勇が、助け船を出す。
「はい」
エルフは、本当に申し訳なさそうに頷く。
「そういうことか、了解した」
「でも、お二人のどちらかが副部長さんじゃないのですか?」
「それだよ、こいつらちょっとでも面倒なのは嫌だってさ」
「いや、おれもエルフちゃんと同じで、恥ずかしいからだぞ」
賢至が、他人事の様に口を挟む。
「エルフ……ちゃん?」
「あっ、今のは気にしないで、というかなんて呼べばいい? 絵野沢さんでいいかな?」
守護は、話を逸らすべく、聞く必要性の薄い話に切り替えた。名前は入部届けに書いてある。
「僕、由美香ちゃんって呼びたい」
勇が嬉しそうに希望する。
「おれは、え……エンジェルで」
賢至は、どうしても普通に呼べないらしい。
「本人は希望ある? 俺たちは、みんな名前呼びなんだ。 けんじ、いさむ、しゅうごって」
「わたしは、お好きに呼んでいただいて構いませんが、わたしは皆さんを名字で呼んでもいいですか?」
「よし、とりあえず絵野沢さんで統一で、俺たちは好きに呼んでくれていい、”おい”とか”お前”でも十分だし」
守護は、もともとそのつもりだったのだろう、即決した。
「わかりました」
「やった、とにかく美人部員ゲット。 ということで、後は好きにしていいよ。 あそこでどう? 俺たちがキモかったら、部費で間仕切りを買ってもいい」
守護は、柏手を打つと、部室の隅っこ、窓際に置いてある教室のと同じ机を指さす。
「いえ、そこまでは……」
間仕切りまでは不要とのこと。
「椅子はそれね」
セットの椅子は、今、由美香が座ってるものなのだ。
「ありがとうございます。 わたし、お邪魔にならない様にしてますね。 でも、コスプレ部さんのお手伝い、わたしで出来ることがあれば言ってください。 お裁縫あまり得意じゃ無いですけど……」
「別に邪魔になる事なんて無いと思うけど、本当に好きにしてて。 こっちの人員増えたからって作業量増やすのは反則だし」
「いや、僕は気になって集中できないかも」
勇が、由美香の方を向いて言う。
「おれも、視線が流れてこまってる。 視界に居るだけで目が癒される、これが噂に聞く目の保養ってやつか」
賢至も同意した。
「えっ?」
由美香は、小さく困った様な声を出した。
「おまえら、俺みたいにこっそり見ろ、お前らも能力を最大限に使えば可能だろ?」
「すいません、やっぱり……何か、置いていただいてもいいでしょうか?」
「そ、そうだよね。 ごめん、全員、こんなで……」
「いえ、私が、ごめんなさい。 でも……」
「でも?」
「思ってたより、ずっと大丈夫そうです」
「うぐっ……でもな、どう思ってたかは聞かないことにする。 そして、大丈夫という単語は良いほうに解釈させてもらうよ」
「はい、構いません」
由美香は、決意か諦めかわからないがはっきりと答えた。
これで話が決まった、と思った瞬間。
「貴様~ぁっ」
突然扉が開き、そう吠えながら由美香よりも背の低い女の子が飛び込んで来た。由美香と同じ制服なので当然だが学生だ。
そのままの勢いで少しジャンプしつつ振り向こうとした守護の頬にパンチを見舞う。 背丈に見合わない大きな胸がパンチの威力に見合うほどに弾む、いや威力に上乗せされてそうだ。
パンチ力を引き継ぐように守護の頭部が部室の奥へ飛ぶ、体はそれに引っ張られるようについて行き、壁に届く前に派手に床に転げる。
「何すんだよ」
守護は、ゆっくりと起きあがりながら苦渋を漏らす。
「こっちが聞きに来たのよ」
コスプレ部部長、有栖川春子だ。 部室は隣。
「殴りに来たの間違いじゃ……」
賢至は、引き気味につぶやく。
「春子さん、いらっしゃい」
勇は嬉しそうに笑顔で挨拶する。
「部の子が、こっちに女の子が入ったのを見たって言うから……」
「それが、なにか?」
「スカートの裾がちらっとだけ見えて、すぐに閉まったって。
うちの部と間違えてるの騙して連れ込んだんじゃないの?」
守護が周囲を確認した時とタイミングが若干ずれていたのだろう。
「お前じゃないんだから、間違えないだろ」
「ほんとに~? ん?あたしが何って?」
「はい、こちらの部に入れていただきました」
由美香が答えた。
「あっ、えっ? 絵野沢……さん? あなたが……本当に? 大丈夫なの? まさか弱みでも握られた? いや、あなたに弱みとか無いか、じゃ捏造されたとか……」
春子は部室に入ってからも女性が誰かとは気付いて居なかったらしい。
「おい、待て、本当にそうなんだよ」
「本当に捏造?」
「それじゃねぇ」
「そうなの?」
「はい、わたしの希望に叶う部はこちらしかありませんから」
「う……そ」
「ほらね」
「あっ、どこかに所属しないといけなくて困ってるなら、うちに来ればいいのに」
校則の件はもちろん把握しているのだ。
「お前なら分るだろ」
「何をよ」
「こんなこが特別扱いされたらさ、誰が気にするかわからんだろ、全員お前じゃないんだぞ」
「もしかして……」
「もしかして?」
「もしかして……わたし……誉められた?」
「どうして、そうなる?」
「いや、なんとなくですけど、理解はしたと言う事です」
「そか、じゃ、帰れ」
「はいはい、帰りますよ。 絵野沢さん、気が変わったらいつでも移籍OKよ。 活動内容もできるだけ希望に応じますので」
「気を使っていただいてありがとうございます」
由美香は答えると丁寧にお辞儀した。
「あ、はるこ。 ちょっといい」
守護が、戻ろうとした春子を呼び止める。
「なによ」
「こっち来て」
守護は、先に廊下に出て手招きで春子を呼ぶ。
「な、なによ。 まぁ、どうせもう戻るから」
春子は、てててと小走りで近づきながら答える。
「こっち」
守護は、春子の手を引いて部室内から見えない様に少しずれた。
「え……あ……」
春子は、少し動揺しながら引きずられるままに移動した。
「あの人、どんな人?」
守護は、ひそひそ声で聞く。
「あの人? 絵野沢さんね。 どんなって、知らないの?」
「ああ、美人で頭良くてモテモテで、男子の多くが振られている、くらいしか……だからツンツンお嬢様系かと」
「お前も男子かよ」
「あ、はい?」
「はっきり言って、少し大人しいけど普通だと思います。 ふってるというより丁重にお断りしているって感じよ。
ただ、部活やって無かったのもあるんだろうけど、特に仲の良い友人はいないかもね。 まぁ、同性としては近づき難い部分も無くは無いのかも」
「ほぉう、俺、興味無かったからよく知りもしないでイメージ造っちまってたのか」
「ほんとに興味ないの? あんな可愛いのに」
「知ってるだろ、俺、エルフにしか興味ないからな」
「オタクはこれだから」
「ありがとう。 さっき話した時の印象で合ってそうだから、なんとかなりそうだ」
「左様ですか。 じゃ、聞く必要あったの?」
「もちろんだ」
「そ、そう、それなら良かった。 それじゃ、戻るから」
春子は、機嫌良さげに戻って行った。
「で、何色だった?」
部室に戻った直後の守護に勇が聞く。
「今日は紺だぞ、少しはみ出してた布は水色っぽかったよ」
答えたのは、春子のスカートの中の情報だ。
守護は、パンチを相手の拳が痛まないように受け、わざと吹き飛びながら転がり、翻るスカートの中を視認したのだ。
なお、よくある光景であるし、この二人は幼馴染な事も有名で、公認の馴れ合いとして特に暴力事件に発展したりはしない。
「くそ、僕を殴ってくれればいいのに」
勇は、情報を聞いたからか残念な思いを口にする。
「次は、俺を支える振りして一緒に転ぶとか、やってみる?」
「それだ」
「お前ら、何てことを話してるんだ。 悪い事は言わない、おれも混ぜてくれ」
賢至が加わった。
「トリオとなると難易度がたけぇ、とりあえず今度フォーメーションの練習するか」
「が? 君たち何を言ってるんだね? 窓の外も水色の空キレイだな」
賢至が、急に方向転換した。由美香の存在を思い出した様に。
「確かにキレイだ」
守護がおもむろに視線を向けた窓の外は晴ではあるが日は陰っていた。
「んだんだ」
勇が適当に相槌をうつ。
「…………」
由美香は聞こえないふりをするように席に付き、読み始め様としていた本を適当に開いて凝視し始めた。
「ところで、明日の土曜なんだけど、部活の一環で映画を見に行くけど、よかったら一緒にどう?」
自分の世界に入り込もうとした由美香を守護は何事も無かった様に誘う。
「あ、は……い?」
由美香は、恐る恐る返事をした。
「異世界物語ってアニメだけどね。 気が向いたら、十四時に映画館の前辺りに集合で……、
あと、俺たちバイトの後に向かうから、昼ご飯は済ませて来てね」
「わかりました」
由美香の返事は、どちらかと言うとノーな感じだ。 直前の会話が効いている。