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友達夫婦〜1ヶ月後に離婚する予定です

作者: ありま氷炎

「うん。わかった。別れよう」


 その言葉は、ユウリの口から案外簡単に出た。


 ☆


「今日もお弁当作ったから持って行って」

「あ、ごめん。今日は」

「そうだったね。狩田さんとお昼一緒だったっけ。気がつかなくてごめん」


 ユウリが、三波隆と結婚したのは二年前。

 大学時代に知り合って、お互いがいわゆるバディのように気が合った。

 一緒に飲んで、気がついたらそういう関係になっていて、結婚した。

 夫婦というより友達感覚だった。食費も賃貸マンションの料金も綺麗に折半して、財布を共有することはなかった。

 お互いがお互いの友達を大切にしていて、週末はそれぞれの友達と遊びに行ったり。

 本当に結婚している夫婦かと驚かれることが多かった。


 そうして二年が経ち、隆は営業から総務へ移動になった。

 そこで彼は運命の人に会ったようで、ユウリに話した。


「俺、好きな人ができた。その人と一緒にいたい」

「うん、わかった。別れよう」


 ユウリは少し驚いた顔をしたが、直ぐにそう答えた。

 逆に先に話した方の隆のほうが動揺していた。


「いきなりは大変だから、一ヶ月後に離婚届出すのでいい?」

「あ、うん」


 話を淡々と進めるユウリに、隆は戸惑っていた。


(そっちが先に話したくせに、驚かないでよ)


 ユウリは少しだけ彼の態度に苛立ちを覚えた。


 ☆

 

 それからユウリは離婚した後のことを考える。

 

「ああ、どっちが部屋を出ていくか話さなきゃ。ああ、私かな。でもあっちが浮気したんだから、出て行ってほしいところだけど」


 彼が仕事に出かけた後、ユウリは取り残されたリビングルームでそうぼやく。


「家を買う前でよかったな」

 

 家を買おうかとお互い貯金していた。

 それがあれば、もし家を追い出されてもしばらく別の家を借りるくらいの余裕はありそうだった


「あっけなかったなあ」


 ユウリはお互いに好きなことをしている自分達夫婦が好きだった。本当の夫婦かよと友達には驚かれてきたが、それが自分達の形だと思っていた。


「ああ、本当の夫婦じゃなかったのね。だから簡単に別れることができる」


 これからの生活、会社への、友達への連絡、それを考えると頭が痛かった。

 ユウリはだから辛いのだと思っていた。

 彼女は自分の本当気持ちに気がついてなかった。いや、気がついていても無視していたかもしれない。


 ☆


 三波隆は、思わず持ってきてしまったお弁当箱を電車の中で眺めていた。

 今日は狩田野々香と食事する予定だった。なのにいつもの習慣で持ってきてしまったのだ。


(習慣って怖いなあ)


 隆はそう思っていた。しかし、本当はせっかく作ってくれたのにもったいないという気持ちがあった。彼はユウリのお弁当が大好きだった。彼の好きなものは絶対に入っているし、栄養バランスを考えて野菜も色とりどり入っている。

 同僚たちはいつも羨ましがった。


(どうしようか)


 一瞬同僚に食べてもらうことも考えたが、イラッとしてその考えを消した。


(そうだ。休憩時間に食べてしまおう)


 そう決めて彼は出社した。

 十時の休憩時に彼はお弁当を口にする。そして二時間後に野々香と一緒にフレンチを食べた。


(量が少なくてよかった)


 この時ばかりは、いつもは不満足のフレンチ料理の量の少なさに感謝した。


 ☆


「あれ、お弁当がない。まさか持って行った?ああ、いつもの習慣か」


 隆のために作ったお弁当を、お昼に食べようと思っていたのに、その存在が消えていた。ユウリは料理を作るのが好きで、隆が嬉しそうな顔をするので、毎日お弁当を作っていた。

 

「習慣って怖いね」


 隆と同じことを思ったとは知らないユウリはそう呟くと、昼食のためパスタを探す。

 

「バジルパスタが一番早いかな」

 

 今日の彼女は在宅勤務。オンライン会議で出社する必要はなかった。なので、会議の合間にパスタを作ろうと材料だけ表に出して、再び部屋に戻った。


 ☆


『あの夕食もご一緒しませんか?』


 野々香から夕食に誘われたのは午後四時だった。

 隆が結婚していることは周知の事実。

 なので野々香は直接誘うことはない。こうしてメッセージを送り、会社の外で待ち合わせをする。


(午後四時。まだ準備してないよな)


 ふと浮かぶのは料理をしているユウリの姿だ。


(なんで、俺たち離婚するのに)


 脳裏に浮かんだユウリの姿を首を振って消すと、隆は返信した。


『嬉しいです』

 

 そう返事が来たので、隆はすぐにユウリへメッセージを送った。


『今日の夕食は外で食べてくるから。準備していたらごめん。明日食べる』

 

 今日は自宅で仕事しているのを知ってるし、すでに準備をしていたら悪いと少しだけ罪悪感を覚える。


『うん。大丈夫。準備してなかった。私も出かけることにしたから』


 返ってきたメッセージを読んで、隆は愕然としていた。


『誰と会うの?』

 

 気がつけばそんなメッセージを送っていた。

 今までユウリが出かけても、自分から聞いたことはなかったのに。


宣成のぶなりくんだよ。前から誘われていたけど。もう、いいかなって思って』


(宣成!あいつ、ユウリを誘っていやがったんだ)


 たちばな宣成は、大学時代の友人で、隆とユウリの共有の友人だった。二人が結婚すると聞き、悔しがった男だった。

 時折ユウリを交えて、数人で一緒に食事をすることがあった。

 ユウリへの興味が薄れていないことを知っていたが、別に気にしたことはなかった。


(あいつ、手が早いんだよな)


 もやもやとユウリの裸が浮かび、宣成の笑みが想像できて、隆は直ぐにメッセージをユウリに送る。


『ごめん。やっぱり家で食べる。俺、何か買って帰るから、一緒に食べよう』


 五分ほど返事がなくて、隆はもどかしい気持ちになった。


『うん。だったら丸屋のマロンケーキ買ってきて。食事は準備するから』

『ありがとう。買って帰るから』


 久々に高揚する気持ちになって、はっと隆は気が付く。


(断らないと)


『野々香ちゃん。ごめん。今日は家に帰らないといけなくなったから、今度』


 さらっと文字を入力して、野々香へメッセージを送る。


『わかりました。今度は私の部屋に遊びにきてくださいね。美味しいものを用意しますから』


 返事は了承だったが、内容にぎょっとしてしまった。

 けれども嬉しいという気持ちはなく、少し面倒だなと思ってしまった。



「なんだかな。まあ、宣成のぶなりくんを誘う前でよかった」


 夕食は外ってメッセージを送ってきたのに、突然予定を変更した隆に、ユウリは憤りを覚えていた。


「なんていうか、私、振り回されすぎ。どうせ一ヶ月後には離婚するのに」


 一人で愚痴っていたが、夕食の準備に取り掛かる。

 冷蔵庫を見て、あるものを作っていくことにした。

 鳥の唐揚げに、肉じゃが、豆腐があったので揚げ豆腐。

 隆から仕事が終わってマロンケーキを今から買いに行くというメッセージが入り、ユウリは先にお風呂に入ることにした。

 ベタついた体が嫌だったこともある。


「ただいま。マロンケーキ買ってきた!」


 隆は大きな声でそう言って、帰ってきた。

 

「美味しそうな匂い。肉じゃが?ああ、お弁当。今日も美味しかった」

「食べたの?!」

「うん。小腹が空いてね」


 隆はお腹を摩りながら茶目っ気たっぷりに笑う。

 その笑顔がとても眩しくて、ユウリは久々に胸がドキドキした。


「えっと、お風呂先に入る?」

「あ、うん」


 ☆


 丸屋のマロンケーキは残り二つでヤキモキしながら、隆は自分の順番が来るのを待った。そして最後の一つを手に入れた時、彼はほっとした。

 そしてユウリの喜ぶ様子を想像して、浮き足立つ。

 予想通り、彼女は喜び、お弁当のことを話すと驚かれた。

 いつもと同じはずなのに、先にお風呂にする?とユウリに聞かれ、隆は思わずユウリがいいと答えそうになって、どもってしまった。 

 お風呂がいい温度に保たれていて、湯船に浸かりながら彼女を思う。

 

(最後にしたのはいつだったけ。ああ一ヶ月前か)


 欲望がむくむくもたげて、湯船を出てから水で洗い流した。



「ユウリはもうお風呂はいったの?」

「うん。先にいただいた」

「そっか」


 隆の様子が少しおかしくて、ユウリはその額に触れる。


「っつ」

 

 彼は驚いたようにのけぞって、顔が真っ赤だった。


「熱ないけど、大丈夫」

「うん。大丈夫。ご飯食べよっか」

「そうだね」


 ユウリと隆の食卓はいつも賑やかだ。お互いに今日会ったことや、巷の話題について話す。気が合い、趣向も似ているのでネタはつきない。

 そのはずなのに、今日の夕食はぎこちなかった。

 隆の様子がおかしいからだ。


(どうしたんだろう。もしかして、夕食が突然家になった理由は、狩田さんに断れたとか?)


「あの隆。もしかして今日の約束がだめになったのって、断れたの?」

「ち、違う。断ったのは俺」

「え?断ったの?なんで」

「だって、君が宣成と会うからって。奴は手が早くて危ないんだぞ」

「いいじゃない。どうせ私たち離婚するんだし。そういうあなたも、すでにそういう」

「違う。俺はまだ指すら触れていない」

「あ、そうなんだ」


(意外に純情。私とはものすごい早い段階だったけど。まあ、友達だからね。好きな相手には奥手だったりするもんね。小説の受け売りだけど)


「ユウリは宣成のぶなりと付き合うのか?」

「さあ。わからない」

「だったらなんで」

「友達だから会うだけよ」

「あいつはダメだ」

「なんで?あなたは私と離婚したいんでしょ?」

「離婚したいなんて思ってない」

「ふーん。じゃあ、結婚した状態で、狩田さんと付き合うつもりだったんだ。最低だね」

「そんなんじゃない」

「だったら、なんで?なんで好きな人ができたって言うの?私は友達だからなんでも言えると思ったの?」


 ユウリは気がつくと泣いていて、手の甲で涙を拭う。


「ごめん。感情的になりすぎた。とりあえず、私はそういう不倫とか大嫌いなの。狩田さんと付き合いたいなら、私と離婚してから。そうだ。一ヶ月も待つ必要ないわね。明日でも」

「ユウリ!」


 隆はユウリの両肩を掴んでいた。


「痛い、離して」

「俺は君と別れたくない。ずっと一緒にいたい。Hもしたい」

「はあ?なにそれ」

「野々香ちゃんは可愛いと思っていた。だけど、違うんだ。俺がずっと一緒にいたい。したいって思うのはユウリだけだ」

「……信じられない。だって、彼女のこと好きだっていったじゃない」

「うん。言った。俺だってそう思っていた。だけど違ったんだ。ユウリ。お願いだ。別れないで」

「ううん。信じられない」

「信じて」


 隆は何度も懇願したが、ユウリは信じれないと繰り返した。

 その日から、隆は毎日家に定時に帰ってきて、野々香にはきっちり断って、電話番号をブロックしたと伝えてきた。

 それでもユウリは許すことができない。

 

「ユウリがわかってくれるまで、俺は何度でも言う。好きだ。ずっと一緒にいてくれ」


 隆はそう言い続け、あの日から一ヶ月後。

 ユウリは彼の目の前で離婚届を破った。


「次はないから」

「うん。ありがとう。あの、だから、Hしてもいい?」

「はあ?それが目的?」

「ち、違うけど、ユウリとしたい」

「だめ、いやだって」


 ユウリは言葉でそう言いながら流されるように、寝室へ連れ込まれる。


 友達夫婦だった二人は、周りが引くくらい熱々夫婦になり、「夫婦生活には刺激大事なのね」と友人たちに言わしめた。


(終)



 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 新しいものを手に入れるということは今あるものを捨てなければならないこともある。 やっと今あるものの大事さが分かったんですね。
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