第6話 虚無
「あ!」
「どうしました、社長。」
「デモテープの回収を忘れた。どうせ呪力は切れてるし、まあ、いいか。」
「夢を語るやつの欲望は所詮夢でしかない。もっと現実を見るやつはいないか。俺なんて、神に追放されてからいつかは見返してやると日々頑張ってるんだ。」
「社長は古いですねえ。最近の連中は、覚めてますから。きっと野望を実現しようなんて考えはないんですよ。」
「せめてこの国のテッペンを取ってやるってぐらいの気概はないのかね。」
「そういう連中は、裏金つくってほくそ笑んでるのがせいぜいですよ。」
平日の昼間だと言うのに公園のベンチに一人座って、空を眺めている中年がいる。
「なんだありゃ。」
「虚無ですかね。」
「仕事もつまらないし、恋愛なんて面倒。誰も僕を必要としてない。」
「人間、生きている限りできる事があるりますよ。」
サタンは男の横に座った。
「若いときは、そう思いましたよ。でも、この歳になるとわかるんです。人間には求められる人と疎まれる人がいるということが。」
「こりゃ、重症ですね。何の野望もないですよ。」
そう言われると、悪魔魂に火が点く。
「どんな人間にも、必ず欲はある。こいつの欲を引き出してやろうじゃないか。」
「君はやりたい仕事とかはないのか?」
「別に。」
「では、やってみたいことは?」
「ない。」
つまらないやつだ。
「一つや二つはあるだろう。やろうとしてできなかったこととか。まだやってみたことがないこととか。」
男はしばらく雲をみつめた。
「そうだな。やったことないことは確かにあるな。」
「それだよ。何だい?」
「殺人。」
「そういうことじゃなくて。」
「強盗、詐欺。盗撮もないな。いっそ死刑にでもなるか。」
「自暴自棄にならないで。もっと楽しいことはないのかい。」
「ない。」
こうきっぱり断言されては、取り付く島も無い。サタンは話題を変えた。
「子供のときになりたかったものとか。」
「超合金ロボ。」
「職業ですよ。」
「アニメの主人公。」
「それですよ。どんなのです?」
「世界一の大泥棒。」
「社長、筋金入りのネガティブ思考。時間の無駄ですよ。」
ベルゼブブがサタンに帰るよう促す。
「ここで下がったら悪魔の恥。必ず願いを見つける。」
「あんた、悪魔かい?もしかして、悪魔の契約って本当にできるの?」
「ああ、そのためにここにいる。」
「なら、赤ん坊にしてくんない。そうすりゃ人生もう一度やり直せる。」
「歴史を変えるのはダメだが、やり直して何がしたいんだ?」
「親に心配ばかりかけてるからな。親孝行の一つでもできるかなって。そうだ、母親の願いとかでもいいか?」
「親孝行というなら、まあ。」
「じゃあ、一緒に行ってくれよ。」
男はサタンたちを連れて東京都内にあるという実家に電車で向かった。
「なんだか家が少なくなってきましたよ。ここ本当に東京ですか?」
日本の風景は都会以外はどこも似ていて区別がつかない。
「もう少しだ。」
「誰だい?」
「母さん、良雄。お客さん連れてきた。」
「息子は出てっきりだよ。今度は誰だい?」
家の奥から背中を丸めた老婆が出てきた。
「本物だ。突然帰ってきたと思ったら、お客さんかい。あら、あんたら。」
「あ!タニシ汁。」
サタンとベルゼブブは慌てて消えた。
「母さん知り合いだったの?」
「見覚えがあると思ったんじゃが、気のせいかな。で、突然どうしたんだい。」
「母さん、一人ぼっちにしておいて、親不孝な息子で御免な。」
「なんだよ。こうやって元気な顔が見れたのが何よりの親孝行だよ。ちょうどお前の好きなタニシ汁ができたことろだ。飲んでいきな。」