第4話 死なない女
「あなたは自身でわかっておられるでしょうが、このスタントで死にます。ですが、われわれと契約すれば成功を手にすることができます。」
崖の上から見下ろす女に向かってサタンがささやく。
「スタントで有名になれるなら、悪魔だってなんだって契約してあげる。」
新人スタントウーマンだった彼女は、このスタントで一躍有名になった。
悪魔が全面バックアップしているので、彼女はどんなスタントでも死なない。まあ多少の怪我は大目にみてくれ。
「死なない女」
そんな異名がついた。
「なかなか、有名になりませんね。」
ベルゼブブがしびれを切らせて愚痴る。女優と違ってスタントは名前が表にでない。いくら難しい仕事をこなしても、世界的に有名かといえばまだまだだ。
「しかたないだろ。われわれはスタントを成功させることはできても仕事を決めることはできないんだから。」
「大変です。契約者が軍に召集されました。」
彼女の国は最近、隣国からの進攻にさらされていた。
「まずい。戦地で死なれたら魂は手に入らないぞ。」
「死なない女」という名前があだとなって、彼女はまっさきに最前線に送られた。
案の定、ほどなく敵に捕まる。一応有名人だ。すぐに殺されることはない。
「われわれの指示通り、わが軍のすばらしさを宣伝してくれれば、すぐにでも自由にしてやろう。」
相手は取引を申し出るが、断り続ける彼女についに死刑を宣告した。
「死なないやつはいない。それを夜明けともに証明してやろう。」
「逃げますよ。」
サタンは彼女の前に現れた。
「仮死状態にします。外に出たら、すぐに隠れて。」
打ち合わせを終えると、サタンは彼女の心臓を掴んだ。
「おい、人質が死んでるぞ。」
見回りに来た兵士が異変に気付く。重要な人質が死んだとあっては、ただでは済まない。
「すぐに、医者に。」
兵士たちは、彼女を担架にのせると、急いで外のジープに押し込んだ。意識を取り戻した女性は静かに後ろのジープの下に潜り込む。
二台の車はすぐさま病院に向けて出発した。彼女の仕事はスタントだ。ジープの底に張り付いくなどはお手の物だった。やがて後ろの車が止まった。
「パンクです。先に病院に向かってください。」
後方の運転手はスペアタイアとの交換を始めた。彼は背後から首を絞められて落ちた。ジープには牽引用のロープやフックが常備してある。彼女はそのフックを使ってパンクさせ、兵士をロープで縛って、車に乗せた。
「ほどけ。」
兵士が気付いた。
「どこへ行く気だ。」
「わが軍のいるところまでだ。そこでお前は捕虜となる。」
「なら、すぐにほどけ。」
「俺は、この戦争に反対した。その結果、最前線に送られた。」
「なぜ、逃げない。」
「逃げれば、殺される。やつらは四六時中俺たちを監視しているんだ。」
「信じられんな。」
「まあいい。国境を超えたければ俺の言う通りにしろ。」
「敵の言うことを信用するとでも。」
女は鼻で笑った。
「国境には検問がある。たとえ軍人でも許可証がなきゃ通過できない。」
「お前はそいつを持っているのか?」
「いや、反逆者の下っ端が持てるわけ無いだろ。俺達には仲間がいる。すでに何人もの反体制の人間を逃がしている。」
「信用できるのか?」
「できるかどうかじゃない。大事なのは君が信用するかどうかだ。」
「で、どこの国境へ向かう。」
「今日は日が悪い。向かうのは国境じゃない。中央だ。」
「わざわざ捕まりにいけってか。」
「違う。明日、前線の激励のために軍の列車が国境を越える。それに紛れて逃げる計画がある。」
国境に向かう道をすすむとすぐに大掛かりな検問にぶつかった。
「早くないか?」
「お前のじゃない。列車の警備のためだ。どこの街道も国境付近では厳重な警備がしかれている。その分、中央は手薄になっている。」
「その仲間のところに無事ついたら解いてやる。」
列車はすでに駅にいた。客車以外に、いくつもの貨物がついている。
「あれに隠れるのか?」
「あれは、警備の兵士が隠れている貨車だ。」
「じゃあ、どこに。」
「われわれはクルーとして乗り込む。」
「目立つじゃないか。」
「だから、誰も逃亡する連中だとは思わない。そのための教育もしてある。お前は顔バレしているから、接客は無理だ。列車の運転の経験は?」
「この手の列車ならスタントで扱ったことがある。」
「なら、運転助手として乗り込め。俺はコックとして厨房にいる。自己紹介がまだだったな。俺はボンザ。」
「私はリナ。」
運転手は時折さぼってタバコをふかすために、運転をリナに任せた。列車は順調に国境までやってきた。運転手は急いで降りると、近づいてきた警備隊と話し始めた。揉めているのか話が長い。その間に隊員が列車の周囲に集まりはじめた。
「リナ、運転手が裏切った。動かせるか?」
コック姿のボンザが運転室に飛び込んできた。リナはすぐに運転席に座った。
「護衛の兵士がすぐにくるぞ。」
「うしろの貨車は出発前に鍵をかけておいた。すぐに仲間が切り離す。」
現実は映画ではない。その後列車は何事も無く、リナの仲間たちの元に到着した。かくして彼女は祖国の英雄となった。彼女達の逃走劇はやがて映画にもなった。スタントなしでといったがさすがに許可されなかった。そしてボンザと結婚し、幸せな日々を暮らしていた。
「すっかり有名になりましたね。」
サタンが彼女の前に現れた。
「忘れてたわ。契約通り、魂を取りにきたのね。」
「それが少々番狂わせなことが起きまして。」
彼女の望みはスタントで有名になることだった。その望みは叶っていない。
「あなたは、敵地からの脱出で、パートナーを信じた。それが第一の想定外。次に、多くの人の命を救った。これにより、あなたの人生目標が変わってしまった。ですから、われわれは手出しができなくなったのです。天使の加護を受けた命を奪うことはできません。契約は破棄させていただきます。」