8.エルエル、食べる
「語尾ににゃをつけると人間どもはホンワカするのにゃ。ホンワカすると気持ち好意的になるのにゃ。猫人の知恵にゃ」
「私も何かつけたほうがいいだろうか」
「うーん、エルフはエルフの流儀があると思うのにゃ。でも試してみる心は大事なことにゃ」
「わかったエル」
「待たせたにゃ」
「待たせたエル」
「なに言ってんだエルエル?」
キノコに珍妙なものを見るような目で見られたので、エルエルは語尾をつけるのはやめにした。
ザッカーにいくつかある広場の一角。
卓と椅子が並べられており、日が暮れたのにも関わらず、多くの人間が、光源の魔法で照らされながら、飲み食いしている。
周囲には食堂や食べ物、飲み物を売る屋台。水売りが客を求めて声を上げている。
食料を提供する側も、食事する側も楽しそうだ。いや、泣いている者や慰めている者もいる。
にぎやかな人々の日常が広がっていた。
夜になっても人間の街は止まらないらしい。
暗いだけでものが見えなくなる種族であるのに、明るくするというずいぶんな力業で解決している。
数の力が必要だが恩恵を受ける数も多い。
侮れないのは人間という種族だろう。
だが、そんなことより。
「肉を焼くにおいはいい」
「うんうん、わかるにゃ」
「俺たちはこっち」
キノコがごちそうしてくれるというのでエルエルとクーニャはこの広場にやってきたのだ。
そして、連れられてきたのは広場に面する窓を利用して商売をしている店だった。
「おばちゃん三つ」
「ケイさん。よく来たね。あいよ」
銀貨が3枚支払われて、木の器に入った煮込みと匙が手渡された。
「熱いにゃー」
「早い、安い、値段のわりに味はいい。あっちで食おうぜ」
受け取った3人は卓を一つ囲んで座る。
「安い? 銀貨は一日分では?」
「食器返せば銅貨になって帰ってくるのにゃ。あちしは串肉買ってくるにゃ」
クーニャが器を置いたまま席を立つ。
エルエルもお肉を食べたかったが、お金を持ってきていなかった。クーニャが要らないと言ったから。クーニャずるいと思った。
気を紛らわせるために器を見る。
両手を合わせたよりも大きな器。これだけだと少し物足りないかなあと言う量。
中にはトロトロになるまで煮込まれた野菜と。
「キノコだ」
「俺が冒険者ギルドに納品したキノコの一部はあの店に運ばれてるんだぜ」
「そういうことか」
キノコの汁はおいしい。森では常識である。
お肉が入っていればなおよかったのだが、なくても最低限の保証があると思うと安心できる。
ザッカーの街特有の美味しい食べ物というものはまたの機会になりそうだが、ひとまず今日の食事に困らずに済んだといったところだろうか。
「待たせたにゃ」
と。
目の前に木の串に刺され、じゅうじゅうという音を上げている肉が出現した。
「これは」
「焼きたてにゃ。器だすにゃ」
串肉を持ってきたクーニャは、匙を器用に使って串から肉を外し三人の器に投入。
キノコと野菜の煮込みが肉入りになった。
「クーニャ」
「こうして食べるのが通にゃ」
「お前ここ来るの二回目だろう」
心なしか、煮込みが輝いているように見える。
肉が入っただけでこうも変わるのか。
やはり肉。
この肉は猪かその近縁種のものと見受けられる。
さらに塩と、乾燥させて砕いた植物の葉が振りかけてある。
肉に塩は、単純だがハズレのない組み合わせだろう。
植物の方は薬草として使われているものだろう。多少風味があって、子供がおなか痛いときに煎じて飲まされる、それだけで飲むと辛苦いものだ。
「そのままでもいいが、よく混ぜて食べるともっといいぞ」
「わかった」
すでにクーニャが器の中を混ぜ混ぜしている。しかし、なぜか口をつけていない。エルエルも一緒になって混ぜる。どれだけ混ぜればいいのだろうか。
「あちしは冷めるの待ってるのにゃ。エルエルは食べていいにゃ」
「うん」
早速肉を掬って口に運んだ。
もう一口。
もう一口。
肉が無くなった。キノコと野菜を掬う。
「キノコと野菜から染み出た味に塩味と肉の油が混ざって肉が無くなっても肉感がある。肉の味も落ち着いているような気がする」
「急によくしゃべるにゃ~」
「うまいか?」
「うん」
いや、エルフの食事も負けてはいない。特に保存栄養食は比べ物にならないくらい美味しい。
しかし、それはあまり口にできるものではない。
普段の食事と比べるとこの肉入りキノコ野菜煮込みのほうが手が込んでいると思うし、素材の質に比べて味がいいように思った。
「ちなみにこの料理はこの街の名産とは関係ない」
「あれ高いのにゃ」
「そうなのか」
食べ物とはなかなか奥が深くお金がかかるらしい。
エルエルは改めて心に刻みこんだ。