7.エルエル、にゃ
「おーいクーニャ、起きてるか? 飯行こうぜ」
「うにゃー」
宿というのは大きな建屋の中を壁で小さく区切って多数の小部屋としているようだ。
朱の森でも、藍の森でも、一つの建物は一つの空間として使っていた。
冒険者ギルドもそうだったが、どうやら人間の住処もエルフのそれとは傾向が違うらしい。
人間が多いからか、建屋が大きいので支柱が必要だからか、木の上に作らないからか。突き詰めて調べるべきだろうか。
ただ、今考えるべきはそのことではないかもしれない、とエルエルは思い直した。
木製の扉の向こうでごそごそと動く気配。
クーニャと呼ばれている人物のものだろう。
少し待った後、扉が開いて小柄な娘が顔を出した。
まず目についたのは耳である。
エルフや人間のように顔の横ではなく、頭上についていて、毛でおおわれている。髪色と同じ枯葉色で、濃淡がある。
オオカミとは少し形が違うように思えた。
「うにゃっ? 誰にゃっ!?」
一度部屋から出てこようとしたクーニャ(仮)は、キノコを見た後、その向こうのエルエルに気づいて扉の後ろに隠れてしまう。
「ギルドの新人だよ。俺らが見ることになったから。クーニャが良ければ相部屋できないかと思って」
「女の子にゃ?」
「……男ならこっちで引き取ってるよ」
キノコがちらりとエルエルを見たので、エルエルはここだ、と思い、名乗りを上げた。
「私はエルエル。朱の森のエルフ。エルオーの系譜、エルエムの子、エルエルだ」
そしてフードを取っていないことを思い出し、慌てて下す。
「ああ、これはご丁寧にゃ。猫人のクーニャにゃ」
「クーニャニャ、よろしく」
「クーニャ、にゃ」
「あ、ごめん。クーニャ」
「うにゃ」
いつの間にか姿を現して、エルエルの前で腕を組んでうにゃうにゃと頷いているクーニャ。耳と合わせてエルエルと身長は同じくらい。耳だけでなく尻尾も生えていて、枯葉のような色とその陰のような色の縞々がゆらゆらと揺れていた。
外見上は、耳と尻尾以外、人間と変わらないように見える。
ということはエルフともそう変わらない。
「ケイ、女将さんに伝えるにゃ。あちしはエルエルに部屋の説明するにゃ」
「お、わかった。荷物置いたら飯と風呂だ。宿の前に集合で」
「風呂にゃ~?」
「俺にはできないことだから、頼む」
「しょうがないにゃあ」
エルエルを抜きにしてとんとん拍子に話が進む。
ところでケイとは。
あ、キノコのことか。
キノコのキノコのことをエルエルが考えていたらいつの間にかキノコはいなくなり、クーニャに手を取られていた。
おなかが減っているのかもしれない。
「こっちにゃ」
クーニャに手を引かれて入った扉の内側には、入ってすぐに木の台が二つ。天板はなく平たく加工した木を網目状に組んでいる。片方には乱れた毛布が乗っていた。
他にやたら重厚な、エルエルの身長よりも高い箱が木の台の左右に一つずつ。
「これベッドにゃ。そっちがエルエル。こっちはクーニャ。毛布は女将さんに言ってもらってくるにゃ。お風呂から帰った後でいいにゃ。荷物はそっちのクローゼットに入れるにゃ。部屋の鍵よりはマシな鍵がついてるにゃ」
「鍵」
「鍵にゃ。使い方わかるにゃ?」
「初めて見る」
「ならクーニャがやって見せるにゃ」
よくみておぼえるにゃ、と実践で教えてくれるクーニャ。
よく喋る。
五つある鍵のそれぞれの使い方を一つずつ教えてくれる間も、クーニャの口は止まらなかった。
おかげでこの鍵のうち一つがクーニャの“クローゼット”のものより少し硬いことと、クローゼットを開けるときに少し引っかかるが上に押しながら開ける感じで滑らかに開くことが分かった。
「風呂に行くなら大事なものはここにしまっていくにゃ。あっちの荷物置き場よりこっちのほうがマシだからにゃ」
「弓矢とマントも置いていく方がいいか?」
「風呂に持ち込めないからにゃ」
「胸当てもか」
「防具をつけたまま水浴びするかにゃ?」
「しない」
「あと手ぬぐいは持っていくにゃ。お金はケイに払わせるからおいていくにゃ」
「わかった」
エルエルは荷物を雑に放り込んだ。そしてマントを外してぽいとこれも放り込む。さらに、胸当てを外す。
「あーあー! ぐちゃぐちゃにしちゃだめにゃ! うわ、エルエルおっぱいでけーのにゃ!? っていうかエルフってホントに美人さんだにゃー」
横でエルエルの作業を見ながら騒ぐクーニャだったが、ついにエルエルの深き森のマントを取り上げてクローゼットの中にあった器具に器用にひっかけて、さらに内部にあった棒にひっかけた。
よく見るとクローゼットの中もいくつかの空間に分けられている。
「こっちの右側に長物を置くにゃ。弓と矢筒にゃ。上着はハンガーにかけてこう。胸当てもにゃ。鞄は下。短剣はどうするにゃ? 持っていくかにゃ?」
「持っていってもいいのか?」
「どうせ中までは持ち込めないにゃ。でも移動中不安なら持っていってもいいにゃ」
「大丈夫だ」
「じゃあ鞄にしまっとくにゃ」
「うん」
一通りエルエルの荷物を収納し終えて、クーニャは一仕事した、というように額の汗をぬぐうようなしぐさをする。
しかし、そのあとエルエルを舐めるように観察して、首を傾げた。
「うーん、薄着だと目立ちすぎるかにゃあ」
「まずいだろうか」
「野郎どもには目の毒かもにゃ。撃退出来るにゃ?」
「わからない」
キノコに注意されたので気にはしているが、具体的にどう対策すればいいかわかっていないのだ。
慣れるまで誰かに頼れと言われたが、そう言ったキノコはいない。
「クーニャに頼っていいだろうか」
「うにゃ!?」
キノコの仲間のクーニャ。キノコが紹介したのだし、同室になるよう手配したわけだから、クーニャに頼れということではないか。
エルエルはキノコの意図にたどり着いた。そうに違いない。
「まあしょうがないにゃ。先輩のクーニャが面倒見てやるにゃ」
尻尾をくねらせながら胸を張るクーニャ。
視界の隅で動かれると気になるなあとエルエルは思った。
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