43.エルエル、ごはんの話をする
森の中にはゴブリンやオーク、オーガだけが住んでいるわけではない。
彼らの食を支えるだけの獣や魔物も住んでいる。
さらに、その獣や魔物も、植物や別の獣、魔物を食べている。
森の恵みが彼らを生かしているのだ。
彼らもまた森の恵みと呼ばれる一部である場合もある。
何が言いたいかというと、まず、森は広大であるということ。
人間の支配領域は世界全体から見ると限られているのだ。それでも十分以上にすごいことだけれど。
その広大な森を把握するのは大変だということ。
見通しが効かないので別の感覚も併用できなければ生き残れないだろう、獣は臭いや音にも敏感だし、魔力に敏感なものもいる。
それでも足りないほど広い。
そうでなければこれだけ様々な生き物を養えないので。森が小さくなれば自然と生き物の種類も減るだろう。
斥候を出して縄張り内に敵対するものがいないか常に調べ続ける必要がある。
それが出来なければ数を維持できないだろう。
斥候が報告してきたら、あるいは帰ってこなければ、何か異常が起きているということだ。
「つまり斥候は殺さない方がいい」
「ここに何かがいたとバレるか」
「やるなら怒り狂った猛獣を誘導するとか」
「原因が我々だとわからないように、ということですね」
「詳しく調べれば、二人が歩いた跡に気づかれるかもしれない」
「自分は大丈夫だと?」
「エルフがゴブリンやオークに痕跡を追われるなんて冗談が過ぎる」
「お、おお」
グーフゥとウィスタは目をぱちくりさせている。
三人の存在がオーガの道士に察知されてしまうとエルエルたちの目的が達成できる見込みは大きく減るだろう。
ゴブリンならいいかと思うかもしれないが、ゴブリンやオークに異常があれば警戒される恐れがある。
普通に考えれば問題ないところだが、今は普通の状況ではない。現時点では避けたほうがいいだろう。
一方で。
「食料が切れるな」
ザッカーから持ち込んだ食料には限りがあった。
果物と麦粉とバターと砂糖を練った生地を焼いて固めたものらしく、砂糖の甘味が強く、味の完成度はいくつか食べたお菓子とは比べるべくもない。
だが食べると疲れが取れる気がするいい携帯食だった。
果物の酸味が味を単調にしない程度に機能していて、喉が渇くのをなんとかできればもっといいとエルエルは思う。
まあ、水は出せるのでなんとかできるのでエルエル自身は問題ないと言える。
そんな携帯食がなくなりそうだ、という問題である。
広大な森だ。移動だけでも時間がかかる。
すでに森に入って五日が経過しているのだ。
ゴブリンの集落を調べていた時間もあるが、半日ほどのことで、迂回するために大回りするのにも時間がかかる。
なので、持ち込んだ食料も食べつくすし、食べなければ傷んでしまうだろう。傷まなくても食べるし。食べなければ傷むし。食べ物というのはそういうものだ。
だから。
「狩ればいい」
「生じゃ食えんぞ」
「焼けばいい」
現地調達すればいいのである。
それは、狩りというのは簡単なものではないし、移動が主目的の場合はうまく遭遇できないこともあるだろう。
獣や魔物も、外敵は警戒するので、積極的に探さないとなかなか出会えないものだ。
「三人分くらいなら大丈夫」
というのは未熟な狩人であれば、である。
エルエルも二十歳くらいまでは未熟だったので、森を移動しながら食料を調達するのは難しかった。
だが今は、朱の森から藍の森に一人で旅ができるくらいになったのだ。
食料も自力で調達しながらである。
だいたいの獲物は一人では食べきれない量であるわけで、逆に言えば三人くらいは賄える。
「処理や調理の時間や、痕跡を残さないでできるんですか?」
「うん」
煙と匂いの処理は魔法でできる。
痕跡は土の下に。
問題ないだろう。
「でしたら任せます」
「俺たちよりは達者なようだしな」
「任せて」
ここまで無駄な遭遇を避けてきたけれど、ここからは獲物を確保しながら移動に変更する。
どうしても余計な時間を取られることになるし、場所も選ぶ。ゴブリンやオークの領域からの距離も考えなければならない。
ちょっと考えることが多いがやりようである。
食べられる草やキノコを採取してもらえれば、いや、どうだろう。痕跡が見えてしまうかもしれない。
訊いてみた。
「わからないように植物を採れる?」
「エルエルさんの求める水準は満たせないと思います」
「すまんが任せる」
「大丈夫。私の仕事」
グーフゥを無事に連れて行くこと、ウィスタを首から上が働く形で連れて行くことがエルエルの今回の役目であると理解している。もちろん、ウィスタも無事に連れて行けるに越したことはない。
広大な森の中から、しっかりザッカーの街を狙って転移させている以上、ザッカーを明確に攻撃している。
精度が悪いのか、わざとやっているのか、被害は拡散しているが、一方でゴブリンとオークが協働して、人間側にバレないようになにかしている様子がある。
エルエルたちが失敗すると、二の矢、三の矢は放たれるだろうが、一度失敗すれば相手の警戒度が大きく上がるだろうことから、一番期待できるのは間違いなく初撃。
厳しいなら見つかる前に撤退するべきかもしれず。
その見極めはエルエルの偵察にかかっているのだ。
面白かった、続きが気になると思ったら、いいねと評価をお願いします。




