4.エルエルとキノコうめえ
「キノコや植物の見分けは街の人間には難しい。俺もエルフの顔の見分けはなかなかつかないし、貴族の衣装がいちいち持ってるらしい意味も分からん」
森からの帰り道。
道沿いにあった、焚火跡のある小さな広場。
キノコが手際よく火をおこし、どこからか取り出した金網にキノコをのせて炙り始める。石突だけ取ったものや薄く切り分けたものなどキノコの中に流儀があるのがわかる。
なお、人が出入りする浅い森で、時間も短かったので肉は獲れなかった。
「エルフの顔の見分けがつかないのか? キノコはエルフを知っている人間だろう」
これまで感じたところによると、キノコはエルエルとは別のエルフを知っているはずだ。
「わかるか?」
「わかる。エルフの魔法を見ても驚かなかっただろう」
聞くところによると、エルフの魔法は人間の魔法とは系統が違うらしい。珍しいから使ってみせたら喜ばれると教わっていた。
だがキノコは当然のことのように、特に反応を見せなかった。
「なるほど。俺の地元は藍の森の近くなんだ。村にエルフが訪れることもあったんでね」
「藍の森か」
「そう言えば、朱の森って近くじゃないよな。どっち方面だっけ。なんでザッカーに?」
「朱の森は日の出る方向にずっと行った先にある。朱の森を出るついでに藍の森への伝令を頼まれたのだ」
「納得」
藍の森とは、エルエルの故郷とは別のエルフの森だ。
ザッカーの街は藍の森から一番近い大きな街だと教わった。
伝令のお役目が終わったらまっすぐやってきたというわけだ。
「エルエル、もしかしたら怒るかもしれないが、まじめな話なので落ち着いて聞いてくれ。悪くすれば死人が出るような重要なことだ」
キノコがキノコを焼きながら真面目な顔でエルエルを見つめてくる。
エルエルは、少し身構えて答えた。
「まじめな助言に怒るわけがないだろう。必要なことならぜひ教えてほしい」
「そうか。あのな……」
よほど言いにくいことなのか、いちいち区切るキノコ。
エルエルは早く言えよと言いたくなるのをこらえて言葉を待った。
「エルフは人間にとって超絶美形に見える。でも子作りに関する文化がエルフと人間で違うんだ。いや、人間の中でも結構幅があるんだが、街の人間は――」
「こ、子作り?」
エルエルは大変驚いた。
もしかすると顔に出てしまったかもしれない。
顔が赤くなっていないだろうか。こういう話で顔が赤くなるエルフだと思われることも恥ずかしい気がした。
「ああ、子作り。町の人間は、基本的に、そう基本的にな、一対一の男女で生涯をともにするという文化と制度がある。子育ても、この二人が中心になって行う」
基本的に、という言葉をキノコは時折口にするなあと思いつつ。
エルエルは知らない話に興味はあったが、内容がそれなのであまり興味がある様子を見せたくないと思った。
なので努めて冷静に返す。
「えー、エルフは共同で子を育てる」
「朱の森もそうなんだな。藍の森のエルフに聞いたのと同じなら、やはりちゃんと認識してもらわないとまずそうだ」
「ど、どういうことだ?」
キノコが言いたいことがよくわからない。
「ええとそうだな、その男女を恋人、社会的に契約を結んで認められると夫婦と呼ぶんだが」
「うん」
「異なる相手と子作りすることは忌避されるわけだ」
「なるほど」
やはりエルフとは文化が違うようだ。
朱の森では特定の相手だけ、というのはなかった。母たちに教わったことではあるが。
その、行為は一対一だが、一生特定の相手に執着するようなことはない、らしい。
エルエルの生母は五百年で十人子を産んだが、種で分類すると四組に分けられるし、父らしい男も三百年で六人の女と子を作っているはず。自己申告だが多分合ってる、と聞かされている。
だからといって大っぴらに行為をするのではなく、夜中にこっそり逢瀬を行うのが作法であるとか。
エルエルは朱の森では最近まで末っ子で、遺憾ながら子供扱いされていたので実体験したことはないのだけれど。
だが、人間の、お互いの合意のもとでひとりを想い続けるというのはなかなか素敵な関係なのではないだろうか。
「で、ここからが問題なんだが、あ、キノコ焼けたぞ、食え食え」
火が通って傘の中に露がしみ出したキノコ。
大変おいしい時機を逃さず勧めてくるキノコ。
やるじゃないかと褒めてやりたいところだが、今は話の続きが気になったので、エルエルはむしゃりとキノコにかみついた。
熱い。うまい。ごくん。
「うん、それで?」
「うまそうに食うなあ。今日一表情が動いたぜ」
「それはいいから」
キノコに食いしん坊だと揶揄されたようで恥ずかしい。
エルエルは余計なことを口にするキノコを睨みつけた。
「おう。恋人や夫婦の有無にかかわらず、子作りしようとするやつが居るんだ」
「うん?」
「その結果人死にが出るような事態に発展することも珍しくない」
「どういうことだ」
意味が解らない。
エルエルの理解を超えていた。
「一対一の文化で、掟まであるのだろう?」
「基本的にな」
「なんで?」
「わからん。多分人間が年中発情してて、それを我慢してるからじゃないのか」
「年中発情しているのか!? キノコもか?」
エルエルはちょっと引いた。いや、結構引いたかもしれない。
物理的にも引いた。
そんなエルエルを見て、キノコは苦笑いしている。
「もしかして冗談なのか?」
「いや、冗談じゃない。本題はここからだ。エルエルは人間にとって超絶美形に見える。さっき言ったな?」
「あ、ああ」
エルエルは前髪の先をいじりながら答えた。なんだかとても気まずい。ような気分になっていた。
「美形はモテる。言い寄られることが日常になるかもしれない。だが、その相手が恋人や夫婦が居るやつだったりすると……どうなるかわかるか?」
「ど、どうなるんだ?」
「相手の相方が刃物持って怒鳴り込んできて刃傷沙汰、という事例が結構ある」
「こわい」
なんてことだ。
人間の街は恐ろしい場所だったのだ。
エスエルの奴め。今度会ったらとっちめてやらなければ。
「逆にエルエルを取り合って殺し合いになるようなことも考えられる」
「ひぃ」
森に帰りたい。
「ど、どうすればいいの? エルエルは、どうするべきだ?」
「お、おう?」
だが、今更朱の森に帰るなんてできない。一時帰還ならともかく、五十年は見聞を広めるべきだ。外界の見聞は、エルエルに任された大事なお役目だ。
そうだ、仲間を頼れと、わからないことは聞けと言った。
助けてキノコ。
「慣れるまで信用できる相手と一緒にいて、助けてもらえ。当面は俺が面倒見ることになるが、その間に知り合いを増やして信用できそうなやつを見つけるんだな」
「わ、わかった。ありがとう。キノコはいいやつだな」
「脅かしすぎたかな……」
エルエルは一安心した。何も解決していないのだけれども。
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