23.エルエル、歩く
獣車が容易にすれ違える幅の整備された街道を歩く。
人間が使う獣車は、街道の幅に合わせて作られているのではないかというのがエルフの見解で、というのも、大きさが揃って来たのはわりと最近だからである。
獣車がぶつかって喧嘩になって、という事件が多発し、それによる害を避けるためではないかと考えられている。
「獣車がすれ違う時は道の左側に寄ること、って決められてるから気をつけてな」
などという話を聞いて、そんな冗談が事実ではないかとエルエルは思った。
「人間同士でも、避けようとして同じ側に動いてお見合いになったりするだろ」
あるのだろうか、とエルエルはクーニャを見た。
「人が多いとこだとたまに見かけるにゃ」
そうらしい。
「獣車は後ろに下がるのは難しいからそうなったら面倒なんで、決まりを作ったんじゃないかな」
「なるほど」
掟で行動を縛ることは、悪いことばかりではないのだと理解した。
「まあ訳が分からん決まりや、特権を作るためだけの決まりもある。知らないで破っても捕まるときは捕まるから、新しい場所に行くときは人に聞いておかないとだめだぞ」
悪いこともあると理解した。
国や領地で決まりごとが違うこともあるらしい。
一つの場所に留まるならいいが、旅をするならその違いについて情報を集めながら移動しないといけない。
キノコはそう教える。
エルエルは五十年以上は見聞するつもりだが、その期間中ずっとザッカーの街にとどまり続ける予定ではない。
重要な助言だと心に留めておくことにしたのだった。
晴天の中を、周囲を確認しながら歩く。
エルエルが左、キノコが右、クーニャは道を担当だ。
お日様が高くなってくると、騎乗者や獣車、人とすれ違うようになる。
「みんな朝出発するから、すれ違う時間帯は移動手段によって同じくらいになるのにゃ?」
「そうそう。変な時間に近寄ってくるのは緊急の知らせや盗賊の可能性があるから特に気を配るんだ」
緊急の使いの行動を妨げるのは極刑らしい。
街道を高速で移動するものは避けておけ、と冒険者に伝わる対処だとキノコは言う。
「もちろん盗賊側もそういうのわかってて対策してくるからどこでだって気を付けるべきなんだけどな」
「もう森の中を移動するべきなのでは」
「森の中のほうが快適なのはエルフだけにゃ」
「そうか……」
人間が便利に使うために作ったのが道である。
盗賊も人間なので、それを便利に使うのは仕方ないのかもしれない。
「ところで、街道で狩りをしてもいい?」
「ああ、人が近くにいるときは駄目だ。盗賊扱いされる。でも、街道に寄ってきたら追い散らさないといけない。可能ならしっかりとどめをさして処理までしてくれ」
「ややこしいな」
狩りをしてはいけないのに寄ってきたら殺せと言うのは難しい。
もっとも、理由はわかる。
「なんでにゃ?」
「獣が街道を安全だと思って集まってくると困るからだ」
矢を放つ。
鳥が落ちてくる。
小さな獣でも、それを食べる獣が寄ってきて、さらにそれを食べるより大型の獣が、と連鎖していき魔獣やらが出るようになればせっかく作った街道が使えなくなるだろう。
とはいえ、完全に遮断するなんてことは不可能なことだ。
それこそ石の壁で囲うくらいは最低限必要だろう。
定住して見張り、排除し続ければといったところ。
それでも農場は野生の獣に狙われていることを考えると、いや、食料がなければ大丈夫かもしれない?
「野営地で食い残しとか放置してそれ目当てに寄ってきたりするんだと」
「それはいけない」
「どうしたらいいのにゃ?」
「まず穴掘って埋めることだな。他には焼くとか。寄ってきても与えないとか。餌付けなんてもってのほかだ」
人間の食べ物はうまい、と獣が覚えてしまっては大変なことになるだろう。
別にうまくないものもあるが、餌場だと認識されれば寄ってくるのが獣だ。うまければますます寄ってくるというだけで。
鳥の血を流して血を抜いて、土を流して地の底に埋める。
「便利だな、エルフの魔法か?」
「うん。羽根をむしらないと」
「それなら任せてくれ」
「どうするにゃ?」
「鳥の羽根をむしる魔法を使う」
「鳥の羽根をむしる魔法!」
「そんなニッチな魔法を覚えてるのにゃ!?」
鳥の羽根をむしるのは一仕事だ。
それを魔法でやってしまえると大変楽だろう。
「キノコはすごい魔法使いだったのか」
「いや、カネで買った。高かったぜ。あと皮を剥ぐ魔法も」
「そんな」
そんなことが。
そんなものが。
簡単な魔法をお金で買って修得できると確かに聞いたが、これは簡単な魔法なのだろうか。
だとすると、人間の魔法技術は思っていたよりも進んでいるようだ。
「血を抜く魔法や肉を冷やす魔法も欲しいから、カネがいくらあっても足りねえ」
「もっと色々使える魔法のほうがよくないかにゃ?」
「そういうのはもっと高いからな」
鳥はキノコが持っていた袋に入れられ、魔法で羽根をむしられて奇麗な身体になった。
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