19.エルエル、知る
会議が続く。
しかし先ほどまでとは違うものがあった。
お茶と茶菓子というものだ。
ギルドマスター、ビーズが急にわざとらしい大声で、
「ああ、喉が渇いてきたな。おい、人数分の茶と茶菓子を」
と、職員に指示を出し、しばらくの間をおいて出てきた。
茶は、エルエルにも覚えがある植物の香りがする。おそらく乾燥させて煮出したものだろう。
エルフも嗜む伝統的なお茶である。森でも取れるし、人間が栽培しているとも聞いていた。
そして茶菓子というもの。これはエルエルが見たことがないもので、エルエルは非常に興味をそそられた。
まず白い。表面の半分ほどは白いものが覆い、さらに上にも乗っている。ともしびのような形を作っている。
そして三角。正確には円を切り取ったような形状。実際に丸いものから切り出したのだろう。同じものがほかの者たちにも配られていたので、組み合わせれば丸いものになる。
大きさは手の上に乗る程度。高さは指を横にして四本分ほどか。
断面は層状になっており、小麦の香る黄色い層、果物と白いものを和えたものの層が交互に、積み重ねられている。
「満足堂のケーキだわ!」
「ケーキ?」
「この街の名産、砂糖をふんだんに使った菓子だ。まずは食べてみるといい」
剣の風の女性陣が喜びの声を上げ、男たちの顔も緩んでいる。
そしてビーズが食べ方の手本を見せるかのように、添えられた先が三又に分かれた銀の器具(フォークと言うらしい)を手に取ってケーキから一口分を切り分け、口に運んだ。その瞬間、しわと髭が特徴的な男の顔が、デレっと蕩けた。デレっと。人間の表情の動きを見慣れていないエルエルでもわかるほどはっきりと。
エルエルはつばを飲み込んだ。
これはそれほどのものなのか。
横から「ん~~~~!」だの「はああああああ」だのという声が上がる。
エルエルは、フォークを手に取った。
断面側の頂点から切りだしていく。
柔らかい。
見た目からして固いとは思っていなかったが予想以上に柔らかい。
慎重に一口分を切り分けていく。
黄色い層はパンかと思ったがこれも似て非なるもの。刃がついているわけでもないフォークによって容易に切り分けることができた。
慎重に口に運ぶ。
衝撃。
まず感じたのは乳と小麦、そして卵の風味。
そして圧倒的な甘さ。
甘さ!
甘さ!!
甘さ!!!
ケーキなるものが、口の中でとけていく。
口いっぱいに広がる優しくも強烈で衝撃的な甘さ。
そして気が付けば、余韻を残して口の中から消えていた。
「なんてことだ」
エルエルは再度フォークをケーキに向けた。
果物や小麦、乳の甘さだけでは説明がつかない圧倒的な甘味の奔流。
しかしそれだけではない。
ただ甘いだけではない。
乳も小麦も卵も果物も。いずれもその甘さを引き立て、また、甘さに引き立てられていた。
白い部分、乳の風味と強い甘さと蕩ける触感で構成されるものはそれだけでも強力に引きつけられる。
だが、果物や、小麦の層と合わさるとさらに高みに引き上げられている。
組み合わせの妙?
その程度では言い表すことができない。
甘さだけでもない、それぞれの素材もまた、絡み合ってその価値を高めていた。
エルエルは、語彙が足りないことがもどかしく思えたのは幼いころ以来だと思う。
そうしているうちに、エルエルの前のケーキは消えていた。
「なんてことだ」
誰がエルエルのケーキを?
決まっている。エルエルだ。
エルエルが食べてしまったのだ。
全部。
夢中になって。
気づかないくらい。
せめて最後の一口はじっくり味わいたかった。
エルエルは悲しくなった。
「それ一切れで銀貨で三枚くらいするんだぜ」
隣でキノコが美味そうにケーキを味わいながら告げる。
気が付くと、会議室にいる者たち全員が、エルエルを見ていた。
「なるほど、人間は時に素晴らしいものを生み出すと聞いていた。そしてこの街ではおいしいものが名産だとも聞かされていた。察するにこの強力な甘さの源が名産の砂糖なのだろう。これはとてもとても優れたものだとおもう。だがそれを踏まえて、一つの食材として活用して作られたこのケーキというものはさらに素晴らしい。ただ一緒に出すだけではなく、互いに組み合わせ、重ね合わせることで素材を越えて新しい一つのものになっている。にもかかわらず、素材の、例えば果物の酸味。これも甘さに負けず全体を引き立てる役割を果たしている。超えながら本来もっているよさを生かしているというのは本当に素晴らしいことだと思う。銀貨三枚。そうか。銀貨三枚。それだけの価値はあるのだろう。いや、本当に驚いた。うん、人間は素晴らしいのだとよくわかった」
「急にすごい喋るなあ、エルエル」
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