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16.エルエル、まわる

 硬い木がぶつかる音が続く。


 驚くべきことに。

 クーニャの剣の腕はエルエルとどっこいどっこいだった。

 つまり、三十年訓練したのと同じくらい。

 エルエルに剣の才能がないのか、クーニャに才能があるのか。

 エルエルはこれまで比較対象が年上ばかりだったのでそのあたりの見極めはまったくわからない。

 ただ、剣の腕が同じくらいであれば、ほかの要素が重要になってくる。


 剣の届く範囲。

 手足は若干エルエルが長く、剣も同様にエルエルのほうが長いものを使っている。

 同じ短剣と分類されるものだが、エルエルのものは肘から先くらい。クーニャのものは刃渡りが半分くらい。

 この点はエルエルが有利と言える。

 射程とは戦いでもっとも大事なことだと剣を教えてくれたエルフが言っていた。


 しかし、クーニャには手数の有利があった。

 両手にそれぞれ剣を持っている。

 クーニャの攻撃範囲はエルエルよりも狭いが、踏み込まれてしまえばクーニャのほうが有利だ。


 接近を狙うクーニャの動きを嫌ってエルエルが右手に持った剣を振り牽制するがクーニャは避けずに左手の剣で受けて踏み込んでくると同時に右手の剣を突き出す。狙いは首。容赦ない。目を狙わないだけ加減しているか。

 エルエルは空いている左腕を引く。半身になる。そのまま、受け止められている剣を支点に回転するようにすれ違おうとして右手をひいて右後方にさがる。クーニャの右手が、エルエルが剣を握る右手首を狙っていた。躱せたのは間一髪。

クーニャは尻尾を振りながら進行方向を変え、エルエルを追ってきた。

 と思ったらエルエルの左手側に飛び込んだ。速い。


 クーニャにもう一つ有利な点は、瞬発力と反応速度である。二つだった。

 クーニャの持つそれを活用すれば、エルエルと正面から撃ち合う必要はないのだ。

 エルエルが右手に剣を持つ以上、左手側が手薄になる。

 こうして左後方に飛び込みながら、すれ違いざまの攻撃。これはついでなのでさほど鋭くはない。躱す。視界から消える。振り向かなければならない。


 クーニャは一部の獣が持つような柔軟性があり、また、視界から外れると動きを察知しにくくなる妙な気配の薄さを発揮した。発揮、はおかしいような気がするがいったん置いておく。とにかく、次にどう動いているのかわかりにくいのだ。

 これが猫人の種族特性によるものか、クーニャ個人のものかはやはりわからない。

 ただ、後ろに回り込まれているという、一対一ではそうそうなさそうな状況に陥っているのでとても厳しい。


 とはいえ、それだけクーニャのほうが大きく動かなければならない。

 この点がエルエルにとって有利なところだ。

 振り向きざまに剣を振る。

 また止められるだろう、と思いきや。


 クーニャがいない。また後ろか。違う。


「下」


 低い姿勢から足を狙って剣が突き出される。

 エルエルは下がってかわす。

 樹上で生活するエルフの体幹はくるりと回って飛び退るくらいは平気でこなせる。

 だが、クーニャも追随してくる。

 そこでエルエルは前に出た。正確にはやや左方向。

 すれ違いざまに剣を振る。今はクーニャのほうが姿勢がよくない。当たりそう。当たらない。

 クーニャは剣の柄で地面をたたいた反動でエルエルの軌道から外れた。

 二人の距離が離れる。ここで攻めたいところだが、クーニャはすぐに姿勢を立て直してしまう。

 仕切り直しだ。




 というような、戦いが続く。

 くるくる回るエルエルと、エルエルの周りを駆け回るクーニャ。

 防戦を強いられもどかしい。

 そして結局、決着はつかなかった。


「眠くなってきたからそろそろ終わるにゃ」

「わかった」


 なぜか静まり返っていた中庭を、エルエルはクーニャについて出て行った。

 しばらくしてなにやら騒ぐ声が聞こえた。











「おなかすいてもあんまりおいしくない」

「うにゃー。すぴー」


 あんまりおいしくないお粥はやはりあんまりおいしくなかった。

 クーニャは卓に突っ伏して寝ている。


「塩を振ったらマシになるよ」

「塩を」

「塩はそっちの物販で売ってる」

「塩なら持ってる」


 かけられた声に、荷物から岩塩を取り出し、削ってお粥に振りかけた。


「少しよくなった」

「でもね、お金払って食べたほうがおいしいのよ」

「お金をかけておいしくなかったらひどい」


 あんまりおいしくないお粥。

 今回は待機で生活費を稼げない見習いに無料で提供されている。

 普段は格安で提供されているらしい。おかわりも三回まで無料。味に目をつむれば大変良心的。

 見習いでも、まじめに働いていれば、冒険者ギルド提携の宿に泊まって、これで食いつなぐことができるらしい。


 そんなことを教えてくれたのは、冒険者ギルド敷設の食堂(夜は酒場)の給仕として勤めている女性だ。どっしりと力強い。みんなオバチャンと呼んでいた。


「わたしたちもね、おいしいもの食べてほしいのよ」

「私もおいしいものを食べたい」

「でもね、見習い向けの予算は限られているのね」

「よさん?」

「つかえるお金」

「お金に限りがある」

「そう。だからね、優秀な子ははやく見習い卒業してほしいわけなの」

「自分のお金でいい宿とおいしいご飯を食べられるようになれと」

「そうそう。そうなったらみんな幸せ」

「みんな、というと?」

「エルエルちゃんは、おいしいものを食べられて幸せ。料理人はおいしく作ったものを食べてもらえて幸せ。料理の素材が売れて商人も喜ぶ。仕事で稼いでくれればギルドも幸せ、お仕事頼みに来た人も幸せ」

「すごいな」

「そ。すごいのよぉ。だから頑張ってね」


 オバチャンはそういって、エルエルの肩を叩いて仕事に戻った。

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