14.エルエル、働く
鉄のこすれる音が聞こえた。
「お願い」
エルエルは、流れる風に音を流してもらえるようにお願いし、動き出した。
森オーガを回り込み、進行方向をふさぐ位置、つまり森オーガの正面に。
「私はエルエル。朱の森のエルフ。エルオーの系譜、エルエムの子。森の鬼、ここでなにをしている」
声を張り、名乗り、誰何する。
森オーガはエルエルに気づいたようで、正面を睨み据えて答える。
「我は偉大なるオーガの道士マギの子。食を求めて流離うものだ。エルフは野菜のようにまずいと聞くが、事実かな?」
言葉が終わると同時に雄叫びを上げ、ちょうど手に持っていた、半ばで折られた木を投げつけた。
だが、来るとわかっている雄叫び。
エルエルは意志を強く持って衝撃をはねのけ、動き出す。
木々に阻まれながらもなぎ倒し、飛んでくる木を避けて矢を射る。
森オーガは頭を振って両目を避けた。額に当たり、はじかれる。
やはり弓で有効打を取るのは難しいらしい。
オーガと言えば強靭な肉体と聞いている。
ただでさえ、大型の相手に弓はあまり有効ではない。エルフや人間だって指のささくれや、縫い針が刺さった程度で死んだりしないだろう。痛いけど。
急所を狙えば話は変わるが敵が喜んで受けてくれるわけはない。
戦術か、技術か、魔法か。なにかを加えないと殺傷に至らない。
「オーガは面の皮が厚い」
「小動物がちょこまかと」
狙うのは目。鼻。口。耳。穴という穴。爪の隙間も狙うが、森オーガは拳を固めてしまった。
木々に紛れて移動しながら一方的に狙い続けると、森オーガはどんどんいら立ってくる。
巨体と膂力に任せて四肢で、体で、森ごとエルエルを叩き潰そうと暴れ回った。
だが、当然そんな雑な攻撃で、エルエルが――
「あ」
森オーガが木を引っこ抜いて根についた土砂を蹴り上げた。
大量の、石交じりの土がエルエルに叩きつけられる。
「ごめん」
叩きつけられなかった。
土砂は一筋の流れとなり、エルエルを避けていった。
エルエルは隙間に矢を通して動きを再開する。
脚を止めれば死ぬし、脚を止めなければ止めようとしてくる。当然のことだ。
「道士の子なのに魔法は使わないのか」
「ほざけ――!」
ますます熱くなる森オーガ。
だが。
銀の光がきらめいた。
「が……!」
森オーガの体が斜めにずれていく。
そして、地に倒れたオーガの向こう。
銀色の剣士が立っていた。
「冒険者見習い、エルエルか?」
フルフェイスの兜によりくぐもった声が、オーガの体の厚みよりも短そうに見える剣を構えつつ尋ねてくる。
エルエルも矢を番えたままであったが、向きを外して答えた。
「そうだ。私はエルエル。朱の森のエルフ。エルオーの系譜、エルエムの子にして、冒険者見習い、エルエルだ。助太刀感謝する」
「当然のことをしたまでだ。あなたが気を引いてくれたのでたっぷり準備ができた。私はエクス。B級冒険者。“剣の風”というパーティのエクスだ。あちらにいるのが仲間だ。よろしく」
全身金属の甲冑に身を包んだ剣士エクスは、剣を収めながらそう言った。
「エルエル、お帰りにゃ」
「無事でよかった」
「ただいま。強力な応援を呼んでくれて助かった」
農場に戻ると、クーニャが飛びついてきた。
オーガの皮を剥ぐついでに調査をすると言って剣の風は森に残り、エルエルは先に帰還した。
「オーガの皮は鉄よりも強靭というからな。強力な防具の材料になる。その代わりオーガにつけ狙われることになるらしいが」
「それは恐ろしいな」
エルエルも、エルフの皮を被った者がいたら腹を立てるだろう。
「あんなデカいのどうやって倒したのにゃ?」
「エクスが一刀両断した」
「うひゃあ、B級ってすげぇのにゃ!」
クーニャが大げさに騒ぐ。心配させてしまったのかもしれない。
「おい、冒険者、エルフ殿よ。オーガはここまで来ねえんだろうな?」
キノコたちと一緒にいた農場主が尋ねてくる。
しかしエルエルはその答えを持っていなかった。
「発見した個体は倒されたが、後続の有無はB級冒険者が調査中。確認次第報告があるだろう。それまでは警戒しておくべきかと思う」
「なんてこった。農夫どもが怯えちまって仕事にならんぞ」
農場主は頭を抱えているが、そんな場合ではないだろう。
「周囲の農場にも呼び掛けておくべきでは」
「ああ、そうだな。おい」
「へい!」
農場主が顎で支持すると、農夫たちは駆けだした。
「それと、イノブタがオーガに追い散らされたので、駆逐できなかった。すまない」
「ああ? ああ、いや。それどころじゃなくなったからよ。よく知らせてくれた」
農場主の顔から憂いの色は消えなかったが、ひとまず農場主はエルエルの仕事に満足したらしい。
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