10.エルエル、二日目
エルエルの長い一日が終わった。
同室のクーニャは寝台の上で丸くなって眠りについている。
しかし、森の獣のように眠りながらもこちらを意識している感覚があった。
エルフが野営するときと同じような休み方だ。
エルエルが激しい動きをしたらクーニャはすぐに目を覚ますだろう。
強固な石の壁の内側にいてなお、警戒しなければならないのか。
それとも、種族としてそういう生体が根付いているのか。
猫人がたくさん眠らなければならないというのはここに一因があるのではないだろうか。
それにしてもこの寝台はいいな。
木の床に布を敷いた上で寝るよりもここちよい。
木を編んで作ったものというのもよい。エルフに広まっていないのが不思議である。
見れば布と構造はよく似ている。
エルフも布を作るのに、これを考え付かなかったのか。あるいはどこかの森では作っているのかもしれない。
この寝台の構造は持ち帰って報告するべきだろう。
それからたべものとおにく……。
大人しく考え事をして居る間に、エルエルは眠りについていた。
周囲の部屋で人が動き出したので、エルエルは目を覚ました。
クーニャも耳をぴくぴくさせている。もう一押しあれば覚醒するだろう。
だが、どれくらいまで休むかということを、昨日考えていなかった。相談もしていない。
部屋の扉の向こう側を歩く音。
時間は、黎明。
森では皆起きて動き出す時間。
だが、クーニャはたくさん眠らなければならないし、さて、どうしたものか。
考えているうちに日は昇り、動く人の気配があまりいなくなった。
クーニャの寝息が心なしか安らかになっている。
さて、どちらに合わせるべきだったのか。
エルエルは心の中で首をひねった。
人間の街だ。人間に合わせるべき。
一緒に行動するクーニャに合わせるべき。
どちらも間違っていないように思えた。
わからないことは聞け。
そういえばそんなことを言われた覚えがある。
エルエルは身を起こした。
「クーニャ」
「うにゃ」
「今日、何をするか知っているか」
「ケイがなにか言ってくるまで待つにゃ。クーニャはギリギリまで寝るにゃ」
クーニャはそういうと、寝返りを打ってエルエルに背を向けた。
まだ予定は立っていないらしい。
昨日の内に決めておくべきことだったが、皆見落としていたのか、あえてそうしたのか。
「準備してていいか?」
「い~にゃ~」
許可を取ってから、エルエルは体をほぐし始めた。ギシギシいうので寝台から下りて狭い空間を使う。
いつもとそう変わらない準備をしたら、深き森のマントを被って弓と矢を背負った人物が完成する。
途中、鍵と格闘してカチャカチャと音が出たのでクーニャが耳をぴくぴくさせていた。エルエルはごめんと心の中で謝った。
準備が出来たら寝台に腰掛けて待機。
しばらくしてキノコがやってきて扉を叩いた。
「起きろー。仕事の時間だ」
「わかった。少し待ってくれ」
「早くしろよー」
キノコが部屋の前を去っていき、エルエルはクーニャに向き直りながら。
「猫の日は大丈夫か?」
と声をかけたが、そこには。
「今日は大丈夫にゃ。エルエル、鍵かけてくれれば部屋を出入りしてもいいからにゃ」
と、言う、急所や関節を守るように革の防具を身に着けたクーニャが居た。
「わかった。いつの間に準備を?」
「寝る時間のために準備は早くできるようになったのにゃ」
答えになっていなかったが、特に問題はないのでエルエルはすごいなと称賛してから立ち上がった。
「では行こう」
「ういにゃ」
「おう、あのくそ害獣どもブチころがしてくれや!」
「たのんだど!めにものみせたってや!」
と、興奮するのは街の近くで農場を営むおじさんたち。
本日のお仕事を冒険者ギルドに持ち込んだ方々。
「できるだけのことはやるんで、みててくださいや」
キノコがそういって、おじさんたちとバンバン肩をたたき合う。昨日とは感じが違うが、相手の調子に合わせているのだろう。
クーニャはそんな騒ぎを気にしてない様子で、地面を歩く鳥が虫をつついて食べるのを観察していた。この鳥は農場で飼っている飛べない鳥らしい。
ことの発端は昨日。
農場の柵の下を掘って獣が侵入。農作物を食い荒らして去って行った跡が発見された。
ブチ切れた農場主が冒険者ギルドに対処を依頼。
それをキノコが率いるエルエルたちパーティが引き受けることになったわけだ。
「見習いにやらせる仕事なのか?」
不思議に思ったエルエル。
昨日聞いた一般的な見習い、街生まれの若者では、近くを歩いて運よく見かけたら追い払うくらいしかできないのではないかと思う。
「クーニャもエルエルも普通の見習いじゃないからな。冒険者は上級のやつは有能だけど下級や見習いが必ず能力が低いとは限らない。ほかの経験を持っている奴はそこらも加味して仕事を振られる。どれくらいできるか見る意味もあるな」
「なるほど」
エルエルはもっともだと頷いた。
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