1.エルエル、大地に立つ
よろしくお願いします。
エルエルは朱の森のエルフである。
朱の森の外界見聞の任を受け、森の外にやってきた。
森の外、とりわけ人間の街の情勢を調べるのだ。
エルフとしては若いエルエルは期待に胸を膨らませていた。
初めてやってきた人間の街。
巨大な石積みの壁に囲まれた大きな街。
大勢が行きかう大通り。
いちいち圧倒されながら、エルエルは目的の場所にたどり着く。
「すまない、ここは冒険者ギルドで合っているだろうか?」
剣と杖が交わる看板が冒険者ギルドの証であると、エルエルは知っていた。
しかし、その情報から時間が経っているのだから確認は必要だろうと、通りすがりの人間に尋ねてみる。
「おう、そうだぜ。用事があるのかい?」
ぼさぼさ髭で、故郷でしばしば現れる大熊のような雰囲気の大男が答えてくれる。
「この街で活動したいので、食い扶持を稼ぐ術を得たいのだ」
「なるほどな、おおい、新人だ!」
「はぁい!どうぞ!」
エルエルの答えを聞いた髭大男が入り口から大声で怒鳴ると、中から女性らしき声が返ってくる。
「中に入って正面のお姉ちゃんに話せば必要な手続きができるぜ。頑張んな」
「あ、ああ。ありがとう」
エルエルの頭をフードの上からぐりぐりと撫でて去っていく大男。
「街の人間は親切なのだな」
エルエルはそうつぶやいて建物の敷居をまたいだ。
中に踏み込むと、視線が集まっていた。思ったより大勢の人がいる。
髭大男が声をかけたせいだろうか。
エルエルは少しばかり意気をくじかれかけたが、胸を張って正面に進んだ。
正面にはインクの気配。右手には酒と肉の気配。左手には2階への階段。右手からの視線が多かった。
「ようこそ、ザッカー冒険者ギルドへ。ご登録でよろしいですか?」
髭大男に教えられた通り、正面の女性の前まで歩み寄ると、向こうから声をかけてきた。
なかなか鍛えていると見受けられるが、ニコニコして優しそうでもある。
だが登録というのはよくわからない。
「ここに来ればお金を稼げると聞いた」
お金というのは人間の社会の通貨と呼ばれるもののこと。
保管しやすく価値のあるものを共通の尺度として交換の助けにするのだ。人間もなかなか賢い。
エルフの文化では不要だが、外界との取引に使えるので朱の森にも保管されており、エルエルものその中からいくらか持たされている。
要するにものと交換するためのものだ。
「はい。ご登録いただきますと、冒険者ギルドでお仕事を受注できるようになります。お仕事をしていただくと、お金を支払います」
「なるほど」
何かをしてお礼をもらうというのはわかりやすい。
「その代わり、ほかのギルドへの登録はできなくなりますし、定期的にお仕事をしてもらう義務が発生します。また、一定期間内に見習いを卒業できないと登録解除していただくことになります」
「うん?」
急に話が複雑になってきた。
エルエルが困っていると、それを察したのか、女性は一つ一つ優しく説明してくれた。
やはり街の人間は親切らしい。
大まかに理解したところをまとめると。
人間の街ではいくつもギルドという組織があり、それぞれ異なる手段でお金を稼いでいるらしい。
人々はギルドに登録して働き、お金を得る。
ギルドたちは基本的に友好関係だがたまに対立するらしい。
だからどれか一つしか所属できないことになっている。登録ギルド同士が対立した時の扱いに困るからだ。
例外はあるらしいがそこは必要になるまで詳しく知らなくていいそうだ。
定期的にお仕事をしないといけないというのは、ギルドに所属している時点で仲間なので、一人がさぼるとよくないのだと。ギルドはみんなで協力しようねと言う組織なので、一方的に乗っかるのは駄目なのだと。
エルエルは、お金を稼ぐ必要があると教わっている以上、お仕事はするつもりだ。だからこの点は問題ないだろう。
見習いがどうこうというのは、どのギルドも大抵見習い期間を設けているらしい。能力や性格的に合わなかったら別のギルドに行きなさいということでやめさせられるのだそうだ。
特に冒険者ギルドは危険な仕事もあるので、向いていないものを積極的に外すようにしているそうだ。死んだらかわいそうだから。
「ということですが、改めて、冒険者ギルドに登録なさいますか?」
「冒険者ギルドでは弓の腕は生かせるだろうか」
エルエルの問いに、女性はエルエルが背負っている弓に視線を向けた後答えた。
「はい、そちらの弓を扱えるなら充分戦力になるかと思いますよ」
「ならする」
「ありがとうございます。ではこちらに記入をお願いします。文字は扱えますか?」
「練習してきた」
「はい、ではこちらに」
名前の記入欄が小さい。仕方ないのでエルエルとだけ書いた。
年齢。
「あら、40歳?」
「おかしいか?」
「あ、いえ。すみません、お顔を拝見しても?」
「うん」
エルエルはフードを被っていたことをすっかり忘れていた。
新たな仲間となる人たちに名乗っていないことも。
どうやらずいぶん緊張していたらしい、と自覚した。
エルエルはフードを下ろす。目の前の女性が息をのむ。
「私はエルエル。朱の森のエルフ。エルオーの系譜、エルエムの子、エルエルだ」
エルエルはそう告げてから周りを見回して。
「よろしくたのむ」
と頭を下げた。