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資産家の秘宝  作者: 目262
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 高速を降りたカイエンは、平野を真っ直ぐ伸びる片側三車線の大通りを10分程進み、その道路に面した屋敷の門をくぐって、大きな玄関の前にある広い駐車場に入った。既に停まっているフェラーリとマセラティの横につける。

 アミの実家は歴史を感じさせる大きな日本家屋で、その周辺では一際広い敷地だった。彼女の話では代々の地主で、武家ではないが昔から裕福だったらしい。戦前に土地持ちの農家ならばそれだけでも相当なものだが、100年前の当主ゼンスケが兼業で始めた商売に成功して富を得た。戦後の農地改革で多くの土地を失ったが、祖父の代で地元に新幹線が開通して近くに駅が造られると、残った土地を売って再び巨万とも言える富を手にした。その後は農家から不動産を中心とした実業家に転身して、高度経済成長期からバブル景気の頃には大儲けしたという。代々東京の集合住宅暮らしの教授には羨ましい限りだ。

 出迎えたアミの両親に、長い廊下の先にある奥座敷へ案内された教授は座卓を挟んで2人から件の日記を見せられた。それはゼンスケが当時の大学ノートに書いたもので、付箋が付けられたページには次のように記されている。

『明治四十三年九月某日、子孫のために宝を残すことにした。隣家と相談の上、そこの庭に埋める。将来の危機に際し役立ててくれることを望む』

 これだけである。つまり宝はこの屋敷内ではなく、隣の家の庭に埋められているのだ。屋敷の右隣は畑になっており、数十本の栗の木が植えられている。隣家とは左隣にある民家しかない。

「先週、隣に事情を話して庭の隅々を掘り返してみたんですが、何も見つかりませんでした。でも、先祖がわざわざ日記に残してあるんだから宝は絶対にあるんですよ。隣の家は何度か建て替えているから、きっとあいつらはその時に、先に宝を掘り出してしまったんです。そのことを口にしたら連中怒り出して。そんな宝なんて知らない、泥棒扱いするなと」

 アミと同様にハイブランドの服や時計で身を包んだ父親と母親が交互に話す。

「今じゃすっかり仲が悪くなってしまって。でも、宝は私たちの物でもあるんです。こういう場合、裁判を起こしても勝てるでしょうか?」

 教授は法律の専門家ではないので、そのような質問を受けても答えられない。困惑する彼を庇うようにアミが口を開いた。

「そういうことは弁護士に相談してよ。無理を言って来てもらったんだから、今日はゆっくり休んでもらいましょう」

 アミは立ち上がり、停まり用のホテルに行くために教授を連れて屋敷を出ようとする。玄関に戻る際、背後からアミの父親の声が漏れてきた。

「割りと普通のオッサンだな……」

 聞こえないふりをしながら、教授はゼンスケの日記を全部見せて欲しいとアミに言った。あの一冊だけではないだろうから、それ以前のものも見たいと伝える。不思議そうな表情で彼女は両親の元に引き返していく。

 靴を履いて玄関を出た教授は、夕陽が隣家の向こうに沈んでいくのを見つめていた。しばらくすると数十冊のノートを抱えたアミがやって来る。教授は彼女に、屋敷の回りを歩いてみたいと伝えた。ノートをカイエンの車内に置いて、2人は屋敷の外に出ていく。

 アミの屋敷は広いので、隣の家までは歩いて数分はかかった。その間、教授は思っていることをアミに聞いてみた。

 大層な資産家に見えるのに、100年以上も昔に埋められた宝とやらを懸命に探しているのは何故か?本当にあるとは限らないのに?

 教授の問いにアミはややうつ向いて答えた。

「父が祖父から事業を受け継いだのはバブル景気が終わった頃でした。それまでのやり方が通用しなくなって、父は随分失敗を繰り返したそうです。そのせいで我が家は多くの資産を失って、幾つかの事業を手離してしまいました。でも、長年の贅沢を止められずに、今も浪費は続いています。かくいう私も両親と同様です。借金こそしていませんが、このままではいずれ……」

 2人は隣家との境にたどり着いた。隣と言っても完全に隣接している訳ではなく、一方通行の狭い道路がそこにあり、西に向かって真っ直ぐ伸びている。

「両親は先祖の残した宝で一発逆転を狙っているんだと思います。ゼンスケさんは、この辺では伝説の大立者で、郷土史にも名前が出てくる程の名士です。大学とかは出ていませんが、頭が良くて勉強家で、毎日色々な本や新聞を熱心に読んでいました。そして、事業を起こして大成功して、只の田畑しかなかったこの土地に産業をもたらしたんです。そのゼンスケさんが残した宝なら、今でも相当な価値があるはずです。父も母もゼンスケさんの血を引いていますから、あの人たちにとってゼンスケさんはそれ程偉大な存在なんです」

 バブル景気など、30年以上も昔のことだ。いまだに事業が上手くいっていないのは、単にアミの父親に商才がないのだろう。仮に宝とやらが手に入ったとしても、それで何かが変わる訳がない。教授はそう思ったが、さすがにアミに対して口にすることはできなかった。

 2人は屋敷に戻るとカイエンに乗ってそのまま大通りを走り、新幹線の駅前に立つ、アミの父親が所有するホテルに向かった。アミがマネージャーに話をすると、ホテルマンは最上階のスイートルームに教授を案内する。豪華な内装に驚く教授にゼンスケの日記を手渡したアミは神妙な面持ちで一礼すると、カイエンで帰っていった。

 残された教授はフロントにコーヒーを頼むと、備え付けのデスクに置かれた日記の山に向き合い、驚くべき早さでそれを読み込んでいった。

 翌日の早朝、アミは教授の携帯電話から連絡を受けた。宝の在りかがわかったので、迎えに来てくれとのことだった。急いでホテルに駆けつけたアミのカイエンに乗り込み、教授は再び彼女の屋敷に行った。

 たった1日で宝の所在を突き止めたという教授に、アミの両親は驚きを隠さなかった。奥座敷に集まった3人に対して、教授はゼンスケの日記を座卓に広げて口を開いた。

「それでは説明を始めます」

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