229話 施された封印
翌日、オロチと戦った現地。
昨日の大集合や戦闘が嘘だったかのように、山は静かにたたずんでいる。
違いがあるとすれば、黒い煙のような魔力を、わずかに光沢を放つ透明な結界が封じてるくらいか。
「で、用って何だ?」
ここまで呼び出してきた相手、ソウクロウに問う。
「あれから事後処理を進めていたのだが、これはお前が決めるべきだと思ってな。」
そう言いソウクロウが指し示したのは、小さな祠だった。
汚れも経年劣化も全く無い新品の祠というものは、なんだか妙な目新しさがある。
「決めるって何を…っていうかこれは?」
「見ての通り祠だ。新たな守神を創るためのな。」
「えっと…最初から説明してくれない?」
「昨日、確かにオロチの再封印には成功した。龍脈の異常も収まり、ただちにオロチの脅威が蘇る事は無いだろう。
だが、全ての問題が終結を迎えた訳でもない。その最たるものが、ここに残された妖力だ。
もちろんこれを解放し流出させる訳にもいかぬ。しかし現状を維持し続ければ、再びオロチが蘇るのを早めるリスクに繋がる。」
「…そもそもオロチを封印せず討伐、って訳にはいかなかったのか?」
「確かにあの顕現体を消失させれば、一時的には完全に脅威は去っただろう。
しかし顕現体はあくまで物理的に顕現する為の器、怪異の根幹は伝承や噂話にある。顕現体を討伐しても『いつ復活してもおかしくない状況』を作るだけだ。
故に、あえて顕現体を消失はさせずに封印する必要があった、という次第だ。」
少しの間ののち、ソウクロウが言葉を続ける。
「この滞留する妖力が、再びオロチに還らぬようにする手段。
それが、この地の妖力に別の主を用意する事だ。」
「その主っていうのが『新たな守神』って事か?」
「あぁ。そしてこの妖力は、オロチを喰らった貴様の召喚体、それが散った後の残滓だ。
故に、最もこの地に影響を与えやすいのも、貴様なのだ。」
実感とまでは至らないものの、やんわりと事情は分かった。
「それで、俺は何を決めればいいんだ?」
「この地の守神は、貴様の召喚体になぞらえて狼の像として祀る事にした。
その存在を確固とするため、その守神の名を決めてほしい。」
木の格子の向こう、佇む狼の石像。
唐突な話で考える時間を要したが、ひとつの案にたどり着いた。
「…『レノ』。『呪』だった『ロロ』から派生した存在。
漢字が必要なら当て字は任せる…っていうのはダメか?」
「分かった。助力感謝する。
それと、無事守神と成り立てば、貴様のその呪いと近い存在でありつつも、陽に属する存在となる。
その力を以てすれば、解呪する事もできるかもしれん。期待していい程かは断言できぬが。」
…おそらく善意からの話だろうし、呪いを受けた最初の頃なら乗りたかった話だろう。けど。
「いや、それは別にいい。
もうロロは呪いじゃない。俺はそう思ってる。」