調達班、出動!
私たちは、食料調達班と共に近くの大きな建物跡地に赴いていた。前に探索した大型ショッピングモールには劣るものの、それでも他の跡地に比べれば大きい方の分類に分けられるほどの大きさと広さを併せ持つ跡地であるのは間違いなかった。
「それでは、今回の探索について説明する!」
食料調達班のリーダーと思しき大柄な男が今回の作戦について話を切り出した。
「今回探索する跡地は、三階構造となっており、今回は三階からの侵入となる。そして、食料の置かれている地点は一階フロアだ。下に進んでいくほどに辺りは暗くなるだろうから、明かりを確保しながら進んでいく!そして今回の探索では、最近噂となっている奴らが同行してくれることになった」
「おいおいそれって〈守護者〉の奴らが崇拝してるっていう…!」
「最適解を瞬時に見いだし〈守護者〉の奴らをまとめ上げたっていうあいつのことか…!」
「それもその連中の中には、進化体とタメでやりあったいかれた奴もいるとかなんとか」
辺りでは私たちについてあることないこと囁かれていた。というか一昨日の話であるのに変な噂が広まる速度が尋常ではない。噂というのは末恐ろしいものである…。
「な、なんか…こ、誇張されすぎな気がするんだけど…」
満は、小さな声でそう呟いた。それには私も同意見である。私もその意見に賛同するように相槌を打った。すると、横から澪がその通りだと言わんばかりに満の言葉に続く。
「そうよね。私、いかれてないし!」
澪は、膨れっ面をし不機嫌そうに腕を組んだ。
そこではないんですよ、澪。そこの部分も重要かもしれませんが、そこではないんです。最もこの変な噂に置いて懸念する点は、もっと身近なところにあると思うんです。そう、それは――。
「その前にどうして私の噂はないのでしょうか?不服です!」
私はむすっとした表情で澪と同じように腕を組んだ。
「え、えぇ…」
隣では、満が驚いた様子で目を大きく見開き、後ろに一歩後ずさる姿が見えた。
何かおかしなことでも言ったかな…?全く自覚はないけど…うん。気にしないことにしよう。そうしよう。
「それなら今回の探索はスムーズにいきそうだな」
「だな。今回の探索が終わったら、久々に焼き肉でも食べようぜ!」
「ははは、保存されてるのがあればいいけどな!」
もう祝勝会気分である調達班メンバーを一瞥し、私は小さく溜息を吐いた。それって死亡フラグなのでは…?と内心で思いつつも何事も起きないことをただ願うことにした。
◇◇◇
大きく開けた天井から差し込む光に照らされたコンクリートの床を私たちは進んでいた。所々で鉄筋が剝き出しになっており、気を付けて進まなければ怪我をしてしまうほどには危険な場所である。それでも、昼間ということもあり跡地内は想像していたよりもずっと明るかった。
「だめだな…使えたもんじゃない」
先ほど皆の前で話していたこの班のリーダーらしき男性が呟いた。
「食料調達班でも使えそうなものがあれば持って帰ってくれ。だが、最優先は食料だからな」
「分かった」
透は、小さく頷きその指示に反応する。
この調達班は、警備兵の方たちのように統一された組織のように動くのではなく、各々が自由に跡地内を散策し、一階ずつゆっくりと散策しながら進んでいく形をとっていた。といってもそこまで離れて探索するわけではなく、班のリーダーが見える範囲での話である。
「よし…この階はこんなもんか。それじゃあ、お前ら!下の階に降りるぞ」
下の階に降りると、先ほどよりも辺りは大分暗さを増した。それでも、上の階の下に抜けた穴から差し込む光は、若干二階フロアを照らしていた。
私たち食料調達班は、光源となる小さな使い捨てライトを床に置いていき、明るさを確保しながら散策し始めた。すると、散策が始まって間もなくミュータントと思われる呻き声が暗がりの向こうから聞こえてきた。
『か、数は三体。れ、冷静に対処して』
満の声が耳に取り付けた無線機越しに聞こえた。現在、満には車の中で待機してもらい私たちが動きやすいように跡地内の内部構造に加え、近くに潜む敵の情報も分析してもらっている。何かあれば、真っ先に無線機越しに満が状況を教えてくれることになっていた。このことについては、この班のリーダーにも伝えており、探索に直接的に参加する必要はないと了承も得ている。
私たちは銃を構え、敵の頭部に照準を合わせて引き金を引く。そして呻き声の原因でもあった三体のミュータントの排除に成功する。
この二階フロアには一階フロアに比べて辺りが薄暗いこともあり、ミュータントの数も比例して多いように感じた。それでも、そこまで多くの数が一斉に襲ってくるわけでもなく、こちらには澪もいたので探索は順調に進んでいった。
それに加え、所々に使えそうな物品もいくらか見つかり、これだけでも一度の探索では十分すぎるほどの収穫があった。だが、この調達班は食料がメインなので引き続き一階フロアに下り、探索をするつもりのようだ。
「ここいらで休憩するぞぉ~」
班のリーダーは、広く散策を行っていた班のメンバー全員に聞こえるような声の大きさで呼びかけた。そして、ぞろぞろとメンバーがリーダーの近くに集まり、談笑をし始めた。休憩の時間は、思ったよりも長く取るらしく、間食をとる者もいれば仮眠をとる者もいた。調達班のメンバーは、各々自由に休憩をとるようであった。
「結衣、少し話があるんだけどいい?」
調達班のメンバーの様子を伺っていた私に澪は深刻そうな面もちで声を掛けてきた。私は、その澪の翳りのある表情にどこか引っ掛かりを感じながらも頷いた。
そして私たちは、ちょうど目の前に見えるコンクリートの柱の付近に腰かけた。
私は、澪が話し始めるのを静かに待った。だが、澪はしばらくの間話始めることなく、ただ下を向き自分の腿を見つめていた。そして、ようやく口を開いた。
「あの時は、ありがとう…」
私は澪のその言葉に一瞬キョトンとした。その言葉が何に対しての言葉だったのかすぐには判断できなかったからだ。そして、今までのことに思いを巡らせ、ようやく犬型の進化ミュータントの戦いの時のものだと理解する。
「ううん、あの時は私も必死でしたし…それに、あれは偶々私の撃った弾が敵の弱点に当たっただけですから」
「それでもね、あの時…結衣言ったでしょ。私だって澪の仲間なんだって。私ね…。あの言葉を言われた時…すごい嬉しかったんだ…。言うのが遅くなっちゃったけど、でも伝えられてよかった…」
澪は、弱弱しくはにかんだ。その表情を見て、私はどこか寂しさのようなものを感じた。
どうして助けてもらったことに対する感謝をされ嬉しいはずなのに澪に対して寂しさを感じたのかはよく分からない。けれど、先ほど澪のしていた深刻そうな表情には合わない気がしたのだ。もっと何か、感謝ではない何かを話そうと思って私を呼んだのではないか?そんな気がしてならなかった。
「そんな寂しそうな表情しないでよ。でも、そっかぁ。私、顔に出てたのかな…。うん、そうだよ。結衣の考えてる通り、私が結衣を呼んだのは感謝をするためだけじゃない。私は、結衣のことを仲間として信頼してる。だから、私の旅の目的について話そうと思ったんだ」
「旅の目的…」
それは、澪がどうして旅をしているのか、どうしてあんな危険な思いをしてもなお諦めることなくここまで進み続けたのか。それは、その根底にある目的によって駆り立てられたからであろうというのは理解できる。でも、その目的についてはこれまで全く触れてこなかった。だからこそ、私は興味を持ってしまった。澪をそこまで駆り立てる旅の目的がどのようなものであるのかを。
「聞いてくれる?」
「はい…。聞かせてください。澪の話を――」