5 あたしはわりとかわいいと思う
新学年、新年度が始まる九月一日、『最初の始業の鐘』。
これは、スマホゲーム『皇都に咲く花』の『シナリオ』が始まる日。
下校時の校庭はお祭りみたいな賑やかさだった。
普通は初等科の一、二、三年生と中等科の七、八、九年生は午前の授業で、初等科四、五、六年生と高等科の十、十一年生は午後の授業で、全校生徒が集まるのは、こういう年中行事でだけ。
しかも、今日は新一年生の父兄もいるから、人で溢れかえってた。
「セルゲイ殿下、こんにちは!」
その中からセルゲイ殿下を探して、あたしは駆け寄った。
お迎えの馬車が来ているし、そろそろ皇宮に戻られるころかなーって思ってたんだ。
振り返るとちょっと目を細めてから微笑んでくれる。
ちょうイケメン、最高。
「こんにちは、ポフメルキナ嬢。
今日も元気ですばらしいことだ」
「殿下のお姿を見たら、元気になりました!」
「ありがとう、私も君から元気をもらっているよ」
あたしが声をかけるといつも笑顔で応対してくれるけど、それ以上は踏み込ませない、って決めてるみたいにあたしたちには一定の距離がある。
『前』のクラスメートや部活の先輩たちにするみたいに接していたら、それはいけないよ、と以前注意されたこともあって、もしかしたらまだ『ゲーム』の期間が始まる前だから、好感度を上げるような行動は取れないのかなと思って、言われた通りあたしはちょっと離れていた。
「セルゲイ殿下、やっと今日から同じ高等学年です! よろしくお願いいたします!」
「よろしく」
やっぱりにこっとしてくれたから、『ゲーム』の『シナリオ』をなぞるようにあたしは言った。
「殿下、あたし、お願いがあるんです」
ここから、主人公の物語が始まる。
「高等学年になったし……今度から、あたしのこと、ヤニーナって名前で呼んでくださいませんか? ポフメルキナ嬢って、家名じゃなくて」
セルゲイ殿下が固まった。
ちょっとしてから再起動して、いくらか申し訳なさそうに言う。
「ポフメルキナ嬢、君もクリユラシカ皇都学園に通う身として、衆目から手本とされるべき立場だ。
そろそろ淑女としてふさわしい行動を心がけるようにしなければな」
えっ、なにそれ?
「私もこの学園で勉学に費やせる時間もこの一年が最後だ。
お互い学生としての責務を全うすべく励もう。
君ならきっと国に専心を果たせる立派な淑女になれると確信している」
そう言うとやっぱりきれいな顔でふっと微笑んで、軽く礼をしあたしに背を向けて行ってしまった。
あたしは呆然とした。
「……なに……この反応……」
はああ? ヤニーナ、セルゲイと恋愛する予定なんですけど⁉
なんかおかしい、シナリオ通りの流れじゃない。
まずは攻略対象に、名前で呼んでもらえるようになるところから『ゲーム』が始まるはずなのに。
あたしが九年生のときからセルゲイに近づいてたから? いや、公式でも元々顔見知りだったはず、その設定利用して仲良くなったんだもん。
「どうしてだろう……」
……もしかしてこの『シナリオ』、あたしがスマホでやっていたノーマルモードじゃなかったりする? でも、実写版だとこんなもんなのかもしれないよね。
今後も、こういうズレは生じるかもって考えておこう。
とりあえず、好感度が低いわけじゃないみたいだし。
それにしても、自分で拾いに行かなきゃイベント発生しないの、実写のバグだわー。
ゲームだと、初手は攻略対象から話しかけに来てくれたのに。
他の三人の対象キャラとも遭遇してない。
ひとりは同じ学年の俺様キャラ、キール。
もうひとりはインテリ眼鏡枠の社会学教師、ヴァシリー。
最後は、甘えん坊年下ショタの八年生、アルノリト。
セルゲイを攻略で行くつもりだけど、全体的に好感度は上げておきたいんだよね。
ゲームクリア時の画像がそれで変わってくるんだ。
やっぱり、みんなでお祝いできるのが一番いいしねー。
実写だとどうなるんだろう? 楽しみー。
まあ、他の三人に会うのは今日じゃなくてもいいか、まだ始まったばっかりだし。
それよりも、セルゲイに名前を呼んでもらうためにどうしたらいいか考えなきゃ。
やっぱり、『悪役令嬢イネッサ』にがんばってもらうのが手っ取り早いよね。
彼女がいじめてくれたら、他のイベントでも好感度のアップ率がプラスになるし。
よし、イネッサ探しに行こう、まだ居るかな? ついでに顔合わせイベントやってこよう。
高等学年校舎の玄関に来た。
階段へ向かおうとしたら、下級生の印である赤スカーフを襟元に結んだ茶髪の男の子が入ってきた。
日本で言うところのランドセル、茶色い横型の学生カバンみたいなのを背負ってる。
なに? 迷子?
「どうしたの? ここは高等学年の入り口だよ? 迷った?」
あたしが声をかけると、男の子はちょっとびっくりしたような顔をして、それから突然怒り始めた。
「失礼ですね! ぼくは今日から六年生です! 迷子になるような年じゃありません! お姉ちゃんをむかえに来たんです!」
「あーっと、そうなんだ……ごめんね」
親切で声かけただけなのに……難しい年頃ね。
かまわずにイネッサの教室の方向へ行こうと階段を登り始めたら、なんだか弟くんがついてくる。
二階で左に曲がるとなぜかそれにも。
「……なんでついてくるの?」
「お姉ちゃんの教室に向かってるだけです」
「ああ、そう……」
十一年生は三クラスしかないんだけど。
この先イネッサのクラスなんだけど。
「……え? もしかして、お姉ちゃんってイネッサ……?」
「そうです、世界で一番かわいいイネッサ・ジェグロヴァ公しゃく令じょうです。
ぼくのお姉ちゃんです!」
マジ⁉ えーっ、『悪役令嬢イネッサ』に、弟がいる設定とかあったっけ? 記憶にない! まあ、とりあえず攻略対象ではないし(だったとしても、さすがに小学生は守備範囲外だわー)、好感度上げる必要もないから適当に「あっそー」とあたしは答えた。
「あたしもあなたのお姉ちゃんに会いに行くところ」と言いそうになったけど、やめた。
なんでってきかれたら、「イベント発生させるため」とは言えないし。
そしたらなんでか弟くん、あたしの隣に並んで歩いて、じっと顔を見てきた。
美少女だからね、しかたないか。
「……そんなに見惚れるくらいかわいい?」
「どう見てもお姉ちゃんのがかわいいです。
……もしかして、お姉さん『ヒロイン』ですか?」
むせた。
「えっ、えっ⁉」
立ち止まったあたしの前に立ちふさがるように、弟くんが腕を組んで仁王立ちする。
ちびっこだけどなんかこっちを威嚇するようなオーラがあった。
「やっぱり、『ヒロイン』ですね⁉ お姉ちゃんに近づかないでください! 第二皇子は持っていっていいので! ぼくがぜったいお姉ちゃんをいじめさせたりしませんからね!」
いやセルゲイ殿下持っていけって物じゃないんだから、いやいじめられるのはあたしだし、と考えがよぎって、そのどちらでもないことをあたしは叫んだ。
「……あんた、もしかして転生者⁉」