19 ぼく対パパと家の者たち
ぼくの前にはジェグロヴァ公しゃく家首都の家の家令と執事長と侍女長がこわい表情で立ち、ぼくの両うではがっちりと、けいび隊の隊長と副隊長につかまれている。
なんてことだ、まさかポメ先ぱいのところへ行くのを家の者に止められるとは思わなかった。
「ジェグロヴァ公爵家の家政の一端を担う者として、坊っちゃんが敷地外……いえ、母屋から一歩でも出ることは許可できません」
家令が片眼鏡を直しながら言う。
ちょっとかしこそうだからってなんてえらそうなんだ。
ぼくはあと取り息子だぞ、なんで命令されるんだ。
「病院に詰めていらっしゃる御館様にも使いを遣りました、すぐこちらに来られるでしょう。
どうぞ、お部屋にお戻りください」
執事長が重々しく言うと、侍女長が深くうなずく。
「そんな! パパをよびもどすなんてぼくに対するいじめだ! いやがらせだ! 断固こうぎする!」
「……怒られそうなことはおわかりなんですね」
いつもよりずっと低い声で侍女長が言った。
こわい。
どのくらいこわいかって言うと遊んでて学校の三階のまどから落ちそうになったときと同じくらいこわい。
「お部屋へお連れして」
ぼくは、ムキムキの隊長と副隊長に持ち上げられて部屋にとじこめられた。
……ぼくをなめてもらっちゃこまるね。
ぼくはすぐにつくえに向かい、筆をとった。
第二王子セルゲイでん下へ親書を書くのさ。
これはとどけざるをえないし、皇子がむかえに来たら、家の者だって、きっとパパだって文句は言えない。
これならすぐにポメ先ぱいのところへ行けるだろう。
完ぺきな作戦だね、ぼくは天才だな。
『今見えてる光は、ポメ先ぱいが聖女に覚せいした光です。
行こうとしたら、家の者に全力で止められています。
助けてください、ぼくをむかえに来てください。
たぶんあなたといっしょなら、家の者もいいと言うと思うので、いっしょにポメ先ぱいのところに行きましょう。』
ぼくはドアを開けた。
けいび隊員が二人も立っててぼくをじろっと見て「だめです!」と言った。
「この手紙を、セルゲイ皇子にとどけて‼」
ちゃんとふうとうに『親てん』『し急』って書いたから完ぺきだ。
けいび隊員は変な顔をして受け取って、「承知しました」と言った。
あとは皇子がむかえに来るのを待つだけだから、ぼくはすぐに外出できるように待機している。
すると乳母がやってきた。
どうしたのかと思ったらとつ然歌い始めた。
なんて美しい子守歌なんだ。
ぼくは思わずその声に耳をかたむ……
気がついたら朝だった。
なんてことだ、ポメ先ぱいはどうなった。
急いでベッドを出てまどの外を見ると、光はなくなっていた。
すぐに侍女がやってきて、ぼくの身支度を整える。
「朝食のご用意ができております。
御館様もご一緒です」
……パパが来ちゃった。
おこられる、これはぜったいおこられる。
ぼくはこのとき断罪される『あくやくれいじょうイネッサ』の気持ちをちょっとだけ理解した気分になった。
ちょっとだけ。
重々しい、パパと二人だけの朝食だった。
いっつもだったら、いっしょに食べられるのすごくうれしいのに。
パパがぜんぜんにこっとしてくれない。
しーんとする中、食器がふれる音がする。
「――レオ」
パパがぼくをよんで、ぼくはびくっとした。
おそるおそるパパを見て、「はい」と返事する。
パパはお姉ちゃんと同じ、金に黒が入ったかみの色をしている。
でもまゆげは真っ黒なんだ、ふしぎだよね。
目はぼくと同じ茶色で、その目で真っ直ぐにぼくを見た。
「昨日の、光の柱は私も病院から見た。
おまえはそこに行こうとしたと報告が来ている」
「はい……」
「理由を聞こうか」
まずい、とてもまずい。
パパがすごくおこっている。
まさかこんなことを聞かれると思わなかったから、なんて答えるかなんて考えていなかった。
「おまえは、私の息子で、ジェグロヴァ公爵家の次期当主だ。
そのことを理解しているだろうか」
「……はい」
「それには責任も伴うし、おまえは自分を大事にしなければならないということを教えてきたつもりだったが、意味がなかったか」
「そんなことは! ないです!」
「では、なぜ、危険な場所へ近づこうとした」
「それは……」
ぼくはフォークを置いて、パパの方を向く。
ちゃんと言っておかなくちゃいけないと思う。
ポメ先ぱいが聖女になったことで、きっとジェグロヴァ家もいろいろ動かなきゃいけないことがあるはずだ。
「あれは、キケンな光ではなくて、ポメ先ぱい……ぼくの学校の先ぱいが、聖女になった光なんです」
「……おまえは何を言っているんだ」
パパがまったく本気にしてくれなかった。
「本当です! ポメ先ぱいがちゃんと聖女になったのを確にんするために行こうとしたんです! そしたら、お姉ちゃんだって治してもらえるから!」
「それはなんだ? 最近流行っている小説か戯曲か? 首都には娯楽が多いからな。
多少なら許すが、夜半に飛び出そうとするような悪影響があるならば、それも考えなければなるまい」
「本当ですってば!」
なんて説明すればわかってもらえるんだろう。
たしかに、聖女なんておとぎ話にしか出てこない人が、今この時代に生まれたって言われても信じられないかもしれないけど。
ぼくがしばらくいろいろ考えてると、パパは食事を下げさせて、デザートとお茶を持ってこさせた。
『前』のことを言ってしまおうかと思ったけれど、ほとんど覚えていないから、言っても意味がない。
すっと執事長がパパに耳打ちした。
パパはぼくをじろっと見た。
「――昨夜、セルゲイ殿下に親書を送ったそうだな?」
「はい」
「返事が届いたとのことだ。
今、ここで確認しなさい」
執事長から渡されて、ぼくは手紙を開いた。
『親愛なる我が義弟、レオニート・ジェグロヴァ君
手紙をありがとう。
君からもらった情報のお陰でいくらか冷静になれたし、状況を前向きに考えることもできた。
そして、二人でポフメルキナ嬢のところへ行こうとの申し出もありがとう。
先方に確認したところ、君が言うように『聖女に覚醒した』状態とのことだった。
それがどういうことなのか、判断をつけかねる。
そして、ポフメルキナ嬢も私たちに相談したいことがあるらしい。
よって、君の言う通り二人で訪問して良いか尋ねてみたところ、すぐにでも来てほしいとのことだ。
しかし、まだ安全であることを担保できないポフメルキナ家で会うというのは、私の立場上難しくてね。
それは君も同じではないだろうか。
父の提案により、皇都マメルーシ北東部にある国営の会議ホールを用いるのはどうか、とのことだ。
あそこなら我々の警護もしやすいし、外からの襲撃なども把握しやすい。
私はすぐにでも応じられるので、あとは君の都合を尋ねたい。
要件のみで失礼。
セルゲイ』
名前のあとに、セルゲイ皇子のなんかかっこいい鳥とお花の印かんがおしてある。
なんだよ、今までお手紙のお返事にこんなのおさなかったくせに。
ちょっとわからない単語があったから、こっそり執事に聞こうと思ったら、パパが「私に見せなさい」と言った。
手にとってパパはちょっと固まった。
「……第二皇子の印章入り親署か。
なるほど、『聖女』とやらの正体を確認しなくては収まらぬのか」
「行っていいですよね? ……行きます」
ぼくがはっきりと言って立ち上がると、ものすごく深いため息をついてから、パパはぼくを見た。
「どうしても行く気か」
「もちろんです」
「……では――日時は明日、正午。
ジェグロヴァ家からも警備の者を配備すると返信を書け。
また、おまえにもジェグロヴァ家からの護衛兵をつける。
書いた後に私に見せろ、内容を確認する」





