短編 キッチン・異
明日は金曜日。同じお題でどこまで変なものが作れるか、アイデアの引き出しをスムーズに開けるための練習です。
この季節、キッチンは戦場と化す。
クーラーをいくら効かせようとIH調理器が配備されていないこのエリアは焦熱地獄となる。煮物や煮込み料理ともなれば熟練の兵士であったとしても逃げ出してしまうだろう。
しかし、私は糧食班のリーダーなのだ。既製品で済ませようものなら隊員達の士気はみるみる低下し、送り出した先で実力を発揮することが出来ない。
故に、今日も戦わなければならない。そして今日は宿敵である金曜日であった。
具材を切り刻みつつ装備を確認する。鍋には油を塗りこんでありいつでも戦闘できる状態にしてある。
短期決戦のため、にんじん・たまねぎ・じゃがいもは順不同で投入する。各員の健闘を祈る。
横に並べたフライパンへ豚肉を投下し、強火で炒めておく。弾丸の代わりに油が飛び交うが、円形の防護盾が全てを防ぐ。いささか乱暴な手順であったとしても、最後に勝ったものだけが笑う、それがこの戦場だ!
項から汗が滴る、わざわざ拭くのも煩わしい。フライパン部隊を鍋小隊へ合流させる。お玉を頭上高くへと掲げながらいつもの台詞を言い放つ。
「戦場ではその一瞬が」
「お母さん、何やってるの……」
見られた。壁掛け時計を見ると1605(ひとろくまるごー)を過ぎていた。作戦立案時にはこの襲来を予測する余裕が無かった。
仕方あるまい。
壁にかけた新品のフライパンを手に取る。そして――間合いを詰める。
過去に数回見たであろうこの太刀筋、避けるのも難しくはあるまい。しかしその判断にかけた時間こそが勝敗を分けるのだ。
顔を守るように上げた両手をくぐり抜け背面へ回ると、渾身の一撃を後頭部へと叩き込む。フローリングを噛んだ両足のバネを効かせて、振り抜いた。
底面とほぼ水平になるよう振られた攻撃は相手の意識を沈ませるのに十分であった。ぐらりとその上半身が揺れ、「なんで」と力なく呟く娘。まだまだ甘い。買い忘れたすりりんごジュースの如き甘さよ。
ぐったりと力なく倒れた娘をソファーへと運び、上から静かにタオルケットをかけてやる。おやすみ、夕飯の刻まで。
再び戦場へと戻り、今季三本目となる相棒をシンク下のスペースへと隠した。タイムロスはあったものの、旦那の帰還までには十分に間に合うペースだった。
「今日のカレーは……食えなくはないな」
久しぶりの勝利の二文字を高々と掲げながら、糧食班の一日は終わるのであった。
どんな機能なのか試してみたくって。後悔しかありません。