エピローグ ~永遠の愛~
「――そういえば、衣装選びの時は大変だったよね。わたしのドレスはすんなり決まったのに、貢の衣装がなかなか決まんなくて。『黒のタキシードは着たくないから』って、式場の人を困らせて」
「…………まだ言いますか、それ」
わたしが笑いながら話すと、彼は子供みたいに膨れっ面をした。
「貴方の気持ちは分かるよ。黒は死者を悼む色だから、おめでたい席では着たくないって。でも、わたしは見てみたかったなぁ。黒もきっとステキだったと思うよ。もちろん、その白いタキシードも決まってるけど」
「そうですか? じゃあ、それはまたの機会にということで」
貢は少し機嫌を直したようで、わたしのウェディングドレス姿をまじまじと眺めていた。
「そのドレス、絢乃さんによくお似合いです。ベアトップにして正解でしたね。絢乃さんはデコルテがキレイなんで」
「やめてよもう、そんなあからさまに言わないで。わたしたち、そういう関係になってまだそんなに経ってないんだから」
ちょっと生々しいコメントに、わたしの頬がかぁっと熱くなった。
彼はG.W.明けから我が家で同居している。一緒に住むようになってからは二人一緒の寝室になり、当然ながら行為に及ぶ夜もある。でも、二人ともまだその状況には慣れていなくて、まだちょっと恥じらいもあったりなんかして。
「そう……ですよね。すみません」
彼が真面目くさって縮こまったので、わたしはまた笑った。
「ねえ貢、そのブルーのタイはもしかして、〝サムシング・ブルー〟になぞらえてるの? でもあれって、花嫁側の慣わしなんじゃ……」
わたしは衣装選びの時から、彼がやたらブルーのタイに拘っていたことを不思議に思っていた。
花嫁であるわたしも、イヤリングや髪飾りにブルーをさりげなく取り入れているのだけれど。
「普通はそうなんでしょうね。でも、僕たちの場合は立場が逆なんで。僕がブルーを身に着けるべきなのかな、と」
「う~ん……、まあ貴方がそうしたいって言うならいいんじゃない?」
別に花婿がブルーを身に着けちゃいけないという決まりもなし、似合っているならいいかとわたしは納得することにした。
「――で、最終確認なんですけど。絢乃さん、本っっ当に僕でいいんですね? 僕と結婚して後悔しませんよね?」
「まだ言うか、それ。もういい加減クドいよ、貢」
プロポーズをしたのは彼の方だというのに、婚約してからもずっとこんなことを言い続けているので、わたしもいい加減ウンザリしてきていた。
「わたしには貴方しかいません。貴方以外にいい人も絶対に現れません。分かった?」
「…………はい」
小さい子供に言い聞かせるみたいにそう言うと、彼は叱られた子供みたいにシュンとなった。
「わたしね、結婚っていうのは永遠に続く恋愛だと思ってるの。この先子供ができても、お互いに年を重ねていってもずっと変わらずにお互いを好きでいられる、そんな夫婦になっていこうね」
「はい!」
結婚式でも新郎新婦の宣誓はするけれど、わたしたち二人だけで一足先に夫婦としての誓いを立てた。
わたしの父と母、そして貢のご両親がそうであるように。わたしたち二人もそんな夫婦であり続けたい。……まあ、未亡人である母はこの先再婚の可能性もあるわけだけれど。
〝夫婦〟といえば、悠さんは今年一月授かり婚をしたそうだ。お相手は社員に登用された職場のアルバイトの女性で、貢の一歳上。現在、妊娠五ヶ月らしい。
四月に我が家で両家顔合わせをした時に初めて、悠さんが奥さま――栞さんを紹介してくれた。ひとりっ子だったわたしに、一度に義理の兄と姉ができたのだ。
ぜひとも幸せになって、元気なお子さんを産んでもらいたいなと思う。そして次はわたしたちの番かな……なんて。
「――そういえば絢乃さんはご存じでした? お義父さまが生前、僕にあなたのことを託されていたのを。あれは多分、こういうことだったんじゃないかって僕は思ってるんです」
「えっ? うん、何となくは……。じゃあ、わたしたちの結婚ってパパに仕組まれてたってことなの?」
衝撃の事実を今になって明かされた気がして、わたしは茫然となった。ということは、この結婚は一種の政略結婚だったってこと?
「いえ、それは違うと思います。プロポーズをしたのは僕自身の意思ですし。……でも、お義父さまが望まれていたのは確かでしょうね」
「そっか……、パパは気づいてたんだね。わたしと貢が、あの頃からすでに想い合ってたこと。だからわたしにあんな遺言を……」
父が知っていたのは、わたし側の貢への気持ちだけだと思っていた。でも、彼の方の気持ちにも父は気づいていたのだ。わたしたちの結婚は、やっぱり父にも望まれていたわけだ。この人となら、わたしは父親を失った悲しみから立ち直って幸せを掴めるはずだと。
「じゃあわたしたち、絶対に幸せにならなきゃね!」
「そうですね。これからも末永く、よろしくお願いします」
なんかお得意さまへの挨拶みたいだなと思い、わたしたちは笑い合った。
「――小川先輩、今日は前田さんと一緒に出席して下さってるみたいですよ」
「そうなの? あの二人、上手くいってるみたいでよかった。ずっとパパのこと引きずったまんまじゃ彼女もつらいもんね」
小川さんは、秘書として父についた頃からずっと、父に不毛な恋心を抱き続けていたらしい。ただし父と不倫関係にあったわけではなくて、彼女の一方的な片想いだったらしく、彼女はそれでも構わないと思っていたのだそう。
そんな彼女のことを、入社当時からずっと想い続けていた男性がいた。篠沢商事営業二課の前田雄斗さん、彼女の同期である。
昨年夏、お二人はわたしたちのお膳立てでめでたくお付き合いを始めた。最初は友人から、ということだったらしいのだけど。
ちなみにわたしたちカップルはというと、その頃はすでに関係がギクシャクしていたのだけれど、それはさておき。
「先輩の気持ちには、僕も何となく気づいてましたけど。前田さんともいい感じだったんで、収まるところに収まったって感じですかね。僕たちの次はあの二人かなぁ」
「分かんないよ? ママが先に再婚するかもね。里歩と唯ちゃんはまだ早そうだし」
幸せはどんどん続いていった方がいい。そのお裾分けのために、今日はブーケトスを行うのだから。
今日の結婚式は大ゲサな式にしたくなかったので、招待客もあまり多くはない。限られた人数の社員や役員、里歩と唯ちゃん、桐島家の親族、アメリカに住んでいる父方の親族、そして篠沢家のメンバーはごく一部だけ。
当然ながら〈兼孝派〉の人たちは招待していない。こんなおめでたい席を引っかき回されて台無しにされたらたまったもんじゃないから。
「――絢乃さん。ふつつかな婿ですが、これからもよろしくお願いします」
「〝ふつつかな婿〟って……。うん、こちらこそよろしくね」
真面目な顔で改まった挨拶をした彼に、わたしはちょっと呆れつつも軽く頭を下げた。
「――新郎様、お写真撮影の準備ができております。先にフォトスタジオまでお越しください!」
新婦の控室からなかなか出てこない新郎を、式場スタッフの女性が廊下から呼んでいる。わたしはこの後、写真撮影のためにヘアメイクを少し手直ししてもらわないといけないのだ。
「はい、今行きます! ――それじゃ、僕は先にスタジオへ行ってますんで、失礼します」
「うん。長いおしゃべりに付き合ってもらっちゃってゴメンね。ありがと。じゃあまた後でね」
彼と入れ違いに、母がヘアメイク担当の女性スタッフさんと一緒に控室に入ってきた。
母は留袖ではなく、淡いパープルのフォーマルなパンツスーツ。父の代わりに、バージンロードでわたしをエスコートしてくれることになっている。
「――絢乃、とってもキレイよ。結婚おめでとう。パパもきっと天国で喜んでるわ」
手直しが完了したわたしに、母が言葉をかけてくれた。
「ありがと。わたしもそう思うよ、ママ」
「それじゃ、行きましょう。あなたの愛する貢くんが待ってるわよ」
「うん!」
わたしは母とともに、介添人の女性の案内でフォトスタジオへ向かう廊下をゆっくりと進んでいく。最愛の人、貢の元へと。
その途中、わたしは心の中で父に話しかけた。
――パパ、見てくれてますか? 貢はパパとの約束を守ってくれたよ。
わたし、彼となら幸せになれると思う。ううん! 絶対に幸せになるから!
だからね、パパ。わたしは彼と一緒に、これからの人生を歩んでいくよ。
パパがわたしを託してくれて、わたしが初めての恋をささげたあの人と――。
E N D




