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雨降れば…… ②

「だと思いますよ。本当の気持ちは桐島くん本人に確かめないと何とも言えませんけどね」


 小川さんはそう答えて肩をすくめた。


「だったら、彼とじっくり話してみたらいいんじゃない?」


「……え?」


 戸惑うわたしに、母が一通の封筒を差し出した。ちょっと高級そうな紙質の洋封筒。


「これ、絢乃宛てに来てたのよ。先に中を確かめさせてもらったけど、東京中の経営者が集まる交流会の招待状みたいね」


「ちょっとママ、わたし宛ての郵便、勝手に開けたの!?」


「まあまあ、そういう細かいことは気にしないの! 親子なんだからいいじゃない」


 母の常識外れな行動を咎めたら、思いっきり軽くあしらわれた。


「それはともかく、このパーティーは同伴者を連れて行ってもいいみたいだから、彼を引っぱって行ったらどう?」


「…………」


 母の提案に、わたしは返事をためらった。 これを「業務命令だ」と言えば、立派なパワハラに該当するかもしれない。彼に無理強いはできないし、したくもなかった。けれど――。


「まあ、まだ日にちはあるみたいだし、あとはあなたたち二人でじっくり話し合って決めなさい。――じゃあ、寺田が駐車場(した)で待ってるからママは帰るわね。小川さん、あとはよろしく」


「はい、かしこまりました。お疲れさまでした」


「あ、うん。ママ、お疲れさま」


 ――母が帰ってから、わたしは母から手渡された開封済みの封筒の中身を改めた。

 そこに入っていたのは二つ折りにされた真っ白なカードで、丁寧な挨拶文の下にパーティーの日時と場所、ドレスコードなどがパソコン書きされていた。会場は、都内有数のシティホテルのバンケットルームだった。


「――小川さん、貴女も大変ね。社長秘書のお仕事もあるでしょうに、ピンチヒッターなんて。桐島さんに代わってお詫びするわ」


 招待状から顔を上げ、わたしは貢の代わりに秘書席に着いていた彼女に声をかけた。


「いえいえ! 私なら大丈夫ですから。ああでも、社長からお呼びがかかったらちょっとだけ抜けさせて頂きますけど」


「了解。その時はわたしに遠慮しないで行ってきて。わたしはひとりでも大丈夫だから」


「はい。――あ、コーヒー淹れてきましょうか? 桐島くんほどうまくないかもしれませんけど」


「うん、ありがと。お願いします」


 貢が普段そうしているように、彼女も例の通路から給湯室へと消えていった。


 ――しばらく一人になったわたしは、彼に電話してみようと思い立った。

 他社さんの見学に行っていたので繋がるかどうか分からないし、まだ見学中かもしれないと思いつつも、わたしからの電話なら出てくれるだろうという期待もあった。


『――はい、桐島です。会長、どうされました?』


 スマホの向こうから、彼のうろたえている声が聞こえてきた。彼もどうやら、引き抜き話の件をわたしに黙っていたことを気にしていたようだ。


『あの…………、もしかして小川先輩からお聞きになりました? 僕のヘッドハンティングの話。お話ししていなくて申し訳ありません』


「うん、聞いたよ。その話はまたゆっくり聞かせてもらうとして、今日は別件で電話したの。――今話して大丈夫?」


 用件に入る前に、まず彼の都合を確かめるべきだったと反省し、わたしはおずおずと訊ねた。


『はい、大丈夫です。見学はもう終わってますんで、今から帰宅するところでしたから。ちなみに今日は電車です。ちょうど駅に向かっているところで。――で、別件というのは?』


「そう、よかった。あのね、来週の土曜日の夜、都内の経営者が集まる交流会があるらしくて、わたしにも招待状が来てるの。それでね、そのパーティーに貴方も同伴してほしくて。……どうかな?」


『パーティー……ですか。それは業務命令ということでよろしいですか?』


「…………そうは言ってないでしょ。貴方がそう解釈するのは勝手だけど、これはあくまでわたしからのお願いだから」


 彼は妙な勘繰りをしたのか、イヤミったらしく(へりくだ)って訊き返してきた。いつからこんなにイヤミな人になったんだろう? とわたしもさすがにムカついた。


「……で、どうなの? 貴方が『業務命令なら同伴する』って言うなら、こっちもちゃんと休日手当て出すけど。わたしはただ、貴方の本心を確かめるために一緒に行きたいだけだから」


『いえ、そこまでして頂かなくても……。分かりました、同伴出席させて頂きます。仕事上ではなく、あくまで僕個人として』


「え……、ホントに? ありがと」


 彼からの意外な返事に、わたしは拍子抜けした。その頃のよそよそしかった彼の様子からして、〝仕事〟としてなら渋々承諾するだろうと思っていたのだ。


『そういえば僕たち、この夏からあまり本音で話せてませんでしたよね。僕自身もそれは気にしていたと言いますか、会長に申し訳ないなと思っていたので』 


「そう……だったんだ。じゃあ今度の週末、パーティー用の服選ぶのに一緒に銀座行こ! わたしが選んであげる!」


『いえ、本音でお答え下さってありがとうございます。僕自身、この話の返事をもう二ヶ月も引き延ばしているので……。先方さんからは「急いで考える必要はない」と言われたんですが、さすがにそろそろ返事をしないとマズいかな、と』


「…………」


『というか会長、今お仕事中ですよね? すみません、話が長くなってしまって』


 ……どうして貴方が謝るの? わたしはスマホを耳に当てたまま、ひとり首を傾げた。電話をかけたのはわたしの方からだったのに。


「ううん、電話したのはこっちだし。明日は出勤してくるんでしょ? 今日はアパートに帰ったらゆっくり休んで、パーティーについては明日会社で詳しく話しましょう。じゃあ切るね。時間取らせちゃってごめん」


 わたしが慌ただしく通話を終えた頃、トレーを携えた小川さんが戻ってきた。トレーにはわたし愛用のピンク色のカップの他にもう一つ、クリーム色のマグカップも載っていて、わたしは「あれ?」と思った。


「――会長、お待たせしちゃってすみません。インスタントなんですけどよかったらどうぞ」


「ありがとう。……そのマグカップは貴女の?」


「はい、私物です。私も一緒に休憩させて頂いても構いませんか?」


 彼女に訊ねてみると、肯定と一緒に無遠慮な申し出が。貢ならここで一歩引いて遠慮するんだろうな……とわたしは思った。


「うん、どうぞ。じゃあ応接に行きましょうか」


 二人して応接スペースまで移動し、女同士で隣り合ってソファーに腰を下ろした。




   * * * *


 


「いただきます。――ん、美味しい! これホントにインスタントなの?」


 彼女が淹れてくれたコーヒーは、インスタントコーヒーを使ったとは思えないくらい薫り豊かで、「ちゃんと豆から淹れました」と言っても誰も疑わないんじゃないかと思うくらい美味しかった。


「ええ、インスタントですよ。社長がこの銘柄をお好みなんです。でも淹れ方ひとつで全然味が違ってくるんです。桐島くんの請け売りですけど」


「桐島さんの?」


「ええ、給湯室で一緒になる時にいつも聞かされるんです。彼がコーヒー好きで、バリスタ志望だったことも私は大学時代から知ってましたし。なので特別ウザいとも思いませんでしたけど」


「そうなの」


 わたしは彼女の話にちょっとジェラシーを感じてしまった。

 彼女は貢と同じ秘書室の人間だし、大学も同じだった。親しいのも当然のことだし、給湯室で一緒になることもしょっちゅうだったろう。……と頭では理解できていても、彼女がわたしの知らない貢を知っていたことに思わず嫉妬していたのかもしれない。


「――ところで会長、つかぬことをお訊きしますけど」


「うん、なぁに?」


「会長って桐島くんとお付き合いしてますよね?」


「……………………ゴホッ!」


 思いっきり核心に迫られ、わたしはむせた。しばらく咳込んだあと、やっとのことで涙目になったまま彼女に訊ね返した。


「……どうして知ってるの? わたしたちの関係は会社のみんなに秘密にしてるのに」

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