二人の間を隔てるものは…… ③
――それからわたしたちは、都内の桜スポットをあちこち見て回った。
途中のカジュアルなイタリアンレストランでランチにして(「わたしがご馳走する」と言ったけれど彼が拒んだので割り勘になった)、桜並木を歩きながら写真を撮って……。
ちょうどお花見シーズンで、土曜日だったこともあってどこも人でごった返していたけれど。わたしたちも屋台グルメを楽しんだり、近くにあったカフェでスイーツを食べたりして(思い返せば、わたしたち食べてばっかりだ)楽しい時間を過ごすことができたと思う。
日が暮れかけて薄暗くなってきた頃、どちらからともなくそろそろ帰ろうかということになった。
「――絢乃さん。夕方になってちょっと冷えてきましたけど、寒くないですか?」
帰りの車の中で、彼が心配そうに訊ねてきた。
「もう春になったから」と車内のヒーターは切られていて、わたしがジャケットの下に着ていたのが透け感のあるトップスだったからだろうか。
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがと。――今日は楽しかったね。写真もいっぱい撮れたし。この写真、里歩に送ってもいい?」
「はい、いいですよ。その代わり――」
「〝SNSには載せないように釘を刺せ〟でしょ? 大丈夫よぉ、里歩はそんなことするようなコじゃないもん。――ハイ、送信完了っと♪」
わたしは写真に簡単なコメントをつけて、メッセージアプリで彼女に送信した。
「あ、返事来た☆ 『どれもいい写真だね』だって」
「それはよかったです。……そういえば、ネックレスの写真は送って差し上げなくていいんですか? というか撮ってませんでしたよね」
「………あ、忘れてた! そうだ、どこかで車止めて貢が撮ってよ」
わたしはプレゼントをもらったこと自体に満足しすぎて、里歩に送るための写真を撮ることをすっかり失念していたのだ。……そもそも、わたしは元々自撮りがそんなに得意ではないので、最初から彼に撮影してもらうことをアテにしていたのだけれど。
「別にいいですけど……。さては絢乃さん、最初から僕に撮ってもらうつもりだったんですね?」
「あら、バレてたか」
彼には思いっきりバレバレだったので、わたしはバツが悪くなってペロッと舌を出した。
「わたし、実は自撮り苦手で……。お願いできる?」
わたしは可愛く小首を傾げて彼におねだりしてみた。
「絢乃さん、そうやって何でも可愛くおねだりしたら、僕がやってくれると思わないで下さいね? ……まあ、撮らせてもらいますけど」
彼はぶつくさ文句を言いながらも、わたしからスマホを受け取った。
……結局やるんだ。そういうところが彼の〝お人好し〟たる所以なのかもしれない。だからわたしも、ついつい彼に甘えたくなってしまうのだ。
――彼が写真撮影をしてくれたのは、わたしの家のすぐ近くまで来てからだった。
なるべく顔は入らないカットで撮ってほしい、というわたしの希望も叶えてくれて、すごくいいショットを撮ってくれた。――後から知った話だけれど、写真を撮ることも彼の趣味のひとつなのだそう。
「――貢、今日すごく楽しかったわ。付き合ってくれてありがとね。あと、プレゼントもありがと。貴方のおかげで最高の誕生日になったわ」
家のゲート前で車が止まると、わたしは降りる前に彼にお礼を言った。
「いえ、僕もあなたと一緒にあちこち回れて楽しかったです。お礼を申し上げるのは僕の方ですよ、絢乃さん」
……貢ってば、また謙遜してる。――わたしは苦笑いした。でも、彼がわたしとの初デートを心から楽しんでくれたことが分かって嬉しかった。
「明日、気をつけて行ってきて下さいね。明後日のお迎えは……、終業式の日と同じ時間でよろしいですか?」
「うん、大丈夫。お願いします。じゃあ、また明日連絡するね」
「はい。では、連絡お待ちしてます」
う~ん、なんか堅苦しいし事務的な別れ方。これじゃ、会社帰りと変わらないしあんまりデートらしくない! もうちょっとカップルらしい別れ方っていうのがあるんじゃない?
彼ともっと距離を縮めたいと思い立ったわたしは、シートベルトを外すと運転席の方まで乗り出して自分から彼にキスをした。
「………ぅえっ!? ああ絢乃さん、何をっ」
「うふふっ♡ こないだのお返しよ」
慌てふためく彼に、わたしは不敵に笑ってこう返した。
あの時、彼だって不意討ちを仕掛けてきたのだから、わたしにだって同じことをする権利はあったはずでしょう?
「~~~~~~~~っ!」
「じゃあ、今日はこのまま自分で降りるね。仕事じゃないんだし、見送りいらないから。バイバ~イ♪」
茹でダコみたいに真赤な顔になっている貢をよそに、わたしはクスクス笑いながら自分で助手席のドアを開けて車外へ出た。
彼との初デートでわたしが得たものは、シンプルだけど可愛いネックレスとキレイな桜の風景と、彼が上手く撮ってくれたスマホ写真と、優しい彼と過ごせた楽しい時間だった。
わたしはこの時点ですでに、彼との結婚というものをぼんやりと思い浮かべ始めていた。だからこれからもずっと、こんな素敵な時間を彼と二人で積み重ねていけたらいいな。わたしはそう思っていたのに……。
* * * *
――それから一ヶ月が過ぎ、G.W.の終盤。わたしは貢の愛車で、豊洲にある大型商業施設に来ていた。
目的は四月に交わした約束どおり、彼への誕生日プレゼント選びとカレーの材料やケーキ購入のためだ。
「――靴も腕時計も、いいものが買えてよかったですね。ありがとうございます、絢乃さん」
彼はすごく嬉しそうな様子で声を弾ませてわたしにお礼を言い、休憩場所に立ち寄ったカフェで美味しそうにアイスコーヒーをすすっていた。
実は彼が女性のものを選ぶセンスに自信がなかったように、わたしも若い男性へのプレゼントを選ぶのは初めてだったので(父へのプレゼントなら選んだことはあったけれど)、自分のセンスにあまり自信がなかったのだ。だから、彼に喜んでもらえてホッとしていた。
「本当にいいものすぎて、僕にはもったいない気もしますけど……。あんなに高価なもの」
「そんなに遠慮しないでよ。わたしの秘書なんだから、あれくらい上質なものを身に着けてもバチは当たらないのよ。わたしの気持ちだから、堂々と受け取っておいて」
わたしも謙虚すぎる彼に苦笑いしながら、アイスラテをストローで飲んだ。
ちなみに、彼が恐縮していたのにはもう一つ理由があった。わたしがこの日の支払いをすべて自分名義のブラックカードで行っていたからだ。
「それにしても、絢乃さんがクレジットカードを作られたことはお聞きしましたけど、まさかそれがブラックカードだったとは……。本当にビックリしましたよ」
「ゴメンね、驚かせちゃって。申し込みの時、わたしは普通のカードでいいと思ったのよ。よくてゴールドかな、くらいだったんだけど。クレジット会社の人が、『お嬢さんの収入でしたらブラックも申請できますよー』って猛プッシュするもんだから、ママまでホイホイ乗せられちゃって」
母はけっこうおだてに乗りやすいタイプの人なので、娘のわたしも時々手を焼いているのだ。そういうわたし自身も、そういうところは母に似ていないこともない……かも。
「そうだったんですか。あれ? 確かブラックカードって、月会費だったか年会費だったかが三十万くらいかかるんじゃありませんでしたっけ? ……ああ、絢乃さんの収入なら問題ないか」
「そうなのよー。女子高生の身分でカードの会費それだけ取られるってどうなの、って思わない? ホンっっト、ママには困ったもんだわ」
わたしはあっけらかんと肩をすくめただけだったけれど、貢はこの話だけでかなり落ち込んでいた。
「………どしたの貢? 元気ないじゃない」
「………………いえ、別に何でもないです」
彼がヘコんだ理由を、わたしは後に知ることとなる。――彼は三十万円というカードの会費を何の問題もなく払えてしまうわたしと自分との間に、大きな経済格差を感じていたのだと。




