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二人の間を隔てるものは…… ①

 ――四月三日。篠沢商事でのパワハラ問題が無事収束して迎えたわたしの十八歳の誕生日は、よく晴れた土曜日だった。


「――おはようございます、絢乃さん。では行きましょうか」


「うん!」


 この日は当然、会社もお休み。学校も新学期を迎える二日前。というわけで、わたしは貢と二人でお花見も兼ねがねドライブデートをすることにしたのだ。

 篠沢邸(わたしのいえ)のゲート前で待ち合わせをして、迎えに来てくれた彼の愛車にわたしはいそいそと乗り込んだ。座席はもちろん助手席、いつもの指定席である。


「車をスタートさせる前に、まずは……。絢乃さん、十八歳のお誕生日おめでとうございます。これ、僕からのプレゼントです」


 わたしがシートベルトを締める前に、同じくまだシートベルトを外したままの彼が、カジュアルなバッグから細長い包みを取り出してわたしにスッと差し出した。

 それはパールピンクのペーパーでキレイにラッピングが(ほどこ)されていて、金色の細いリボンが掛けられていた。


「ありがとう。……開けていい?」


「ええ、どうぞ。一生懸命選んだので、喜んで頂けるといいんですけど……」


「うん。じゃあ遠慮なく」


 わたしはドキドキしながらリボンを解き、包装紙を丁寧に()がし始めた。

 箱の形状と、数日前に彼と交わした会話の内容から中身がアクセサリー、それも多分ネックレスかブレスレットだろうとは予想していたけれど。彼が一体どんなセンスを発揮して、どんなものを選んでくれたのかは包みを開けるまで楽しみで仕方がなかった。


「…………わぁ、可愛い! 貢、ありがとね!」


 ベルベットの布地が貼られた細長いジュエリーケースのフタを開くと、そこには銀色(といってもシルバーではなく、プラチナだった)のオープンハートのトップがついたゴールドのネックレスが収まっていた。


「これ……、ちなみにティファニーとかじゃないよね?」


 わたしはふと心配になって、彼に訊ねた。彼がわざわざ背伸びをして、ムリに高価なブランドものに手を伸ばしたのではないか、と。

 彼が実家を出てひとり暮らしをしていて、マイカーローンの返済やら車の維持費やらで出費が多いこともわたしは知っていたから。


「いえ、心配いりませんよ。そんなに高価なものじゃありませんから。というか、僕には手の出ない代物(シロモノ)ですし」


「…………そう? ならよかった」


 わたしはどこかホッとしていた。多分、彼が(名前どおりに)好きな女性にホイホイ貢ぐタイプの男性じゃなくてよかった、と安心していたのだと思う。


「――ねえ貢。ちょっとお願いがあるんだけど」


 男性、それも彼氏からプレゼントをもらったのはこれが初めてだったわたしは、調子に乗って彼に甘えてみた。


「お願い? いいですけど、何ですか?」


「これ、貴方に着けてもらいたいんだけど、いいかなぁ?」


 今にして思えば、これもわたしにしてはかなり大胆な頼みごとだったような気がする。彼と交際を始めてから、わたしはそれまでの自分自身からすれば信じられないくらい大胆というか積極的になったなと思う。


「……えっ、僕がですか!? 実はこういうシチュエーションってあまり慣れてないので、うまくできるかどうか分かりませんけど……。それでもいいですか?」


「うん、大丈夫。お願い」


 これはわたしが言い出したワガママなのだから、たとえ彼がうまくできなかったからって文句を言っていい立場じゃなかった。そこまでしてしまったら、わたしのは〝ワガママ〟を通り越して〝自己中(ジコチュー)〟になってしまうから。


「分かりました。じゃ、ちょっと後ろ向いて頂けますか?」


「はいは~い☆ ……あ、髪ジャマになるかな。じゃあ終わるまでこうしてるね」


 わたしは運転席の彼にクルリと背中を向けると、後ろに垂らしていたロングヘアーを右肩でまとめて前に垂らし直し、右手で押さえた。


 彼がケースからネックレスを取り出し、わたしの首元にそっと引っかけた。

 細くて華奢(きゃしゃ)なわたしの首に合わせてか、チェーンは短めのものを選んだらしい。ハート型のチャームが鎖骨の間にピッタリ収まった。

 金属のチェーンのヒンヤリとした感触が心地よくて、チェーンの留め具と格闘していたらしく、時々首筋に当たる彼の指先がちょっとくすぐったくて、わたしは自然と笑みを漏らしていた。


「……絢乃さんって、いつもいい香りしますよね。柑橘系のコロン……ですか?」


「うん。気づいてくれたんだね。このコロンね、わたしのお気に入りの香りなの。十六歳の誕生日にパパがプレゼントしてくれたんだ」


「そうなんですか」


「うん。実は、貴方に出会ったあのパーティーの日にもつけてたんだよ」


 このコロンはパーティーや会社の式典など、()()()日にしかつけない。

 貢と付き合い始めてからはデートのたびにつけるようになったので、使用頻度も高くなった。つまり、彼はわたしにとってそれだけ特別な存在だということだ。


「………はい、知ってました」


 貢がはにかんだような口調でボソリと答えた。


「そういえば、今日の絢乃さんのコーデっていつもより大人っぽいですよね。スカートなんか制服のよりも短くないですか?」


「貢……、その言い方オジサンみたいだよ」


 わたしはまた笑った。

 とはいえ、わたしは確かにこの日、ちょっと背伸びして大人っぽいコーディネートをしていた。デコルテが大胆に露出したトップスに、膝上丈のフレアースカート、ベージュのジャケットにフラットパンプス。大胆だけれど、露出過多になりすぎない清楚系を目指してみたのだ。


 そういえば、貢のこの日のコーデも年相応にカジュアルダウンしていた。

 彼の私服姿は我が家で開いたクリスマスパーティーの時にも目にしたけれど、わりとカッチリめかし込んでいたあの日よりもカジュアルで、ブラックデニムのパンツとインディゴブルーのデニムジャケットに白の襟付きシャツ、レザースニーカーという組み合わせが彼らしいなと思った。


「………まぁ、今日で十八歳ってことで、わたしも成人の仲間入りを果たしたわけだしね。それに初デートってことで、冒険してみたっていうのもあって。貴方をドキッとさせたくてね」


「…………そうですか。――はい、こんな感じですかね。できましたよ」


 彼は照れたように呟くと、ネックレスの留め具から指を離した。


「わぁい、ありがと~♡ ……うん、すごくステキ。貢、ホントにありがとね。すっごく嬉しい!」


 お礼を言ったわたしは前でまとめていた髪を後ろに払って彼に向き直ると、ルームミラーで出来栄えを確かめた。


「よかった……。僕、自分のセンスに自信なくて、これを選んだ時にも絢乃さんに喜んで頂けるか心配で……。喜んで頂けて本当によかったです」


 そう言った彼の表情が明らかにホッとした様子だったのが、わたしには気になった。昔の恋人、もしくは好きだった女性から一体どんな仕打ちを受けていたのだろう? ……それを知ったのは、この日から三ヶ月くらい後のことだったけれど。


「――では、改めて出発しましょうか。どのあたりまで行きます? 神宮(じんぐう)外苑か、千鳥ヶ淵か、上野公園か……。目黒川沿いも桜がキレイみたいですよ」


 貢は自分のスマホとにらめっこしながら、東京にある桜の名所を数ヶ所列挙していった。どうやら、前日の夜にネットで下調べまでしてくれていたらしい。


「そうだなぁ……、どうせなら全部回っちゃう? まだ午前中だし、夜までに帰ってくればママも心配しないだろうし」


 せっかく仕事抜きで、完全プライベートで彼と過ごせる機会だったので、わたしとしては一秒でも長く彼と一緒の時間を過ごしたかった。


「いいですね、それ。そうしましょう」


 彼も同意してくれて、わたしたちのドライブデートはスタートしたのだった。

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