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初めての大仕事 ⑤

 翌日、翌々日と土日にも家庭訪問をこなし、わたしはすべての退職者・休職者たちの証言を集めることができた。  

 と当時に、全員に「会社に戻りませんか?」と声をかけ、何人かからは色よい返事をもらうこともできた。


「――僕のICレコーダーが会長のお役に立ててよかったです」


「まったくもってそのとおりだわ。桐島さんがレコーダー持ってたなんて、わたしもビックリ」


 もちろん、それらの証言は証拠として残す必要があったので、録音しなくてはならなかったのだけれど。なんと、貢が自前のICレコーダーを常備していたのだ。「秘書の必需品だ」とか何とかいう理由で。


 ――それはさておき。

 そこに山崎さんの聞き取り調査の結果も合わせ、三月二十九日にはほぼ公表するための準備が整っていた。残すはこの問題を起こした張本人・島谷さんの処遇を決めるのみ。

 とはいえ、被害者全員の証言が集まった時点で、彼の処分は退職勧告ということでわたしを含めた社のトップ四人の意見はすでに一致していたのだけれど。


「――さて、桐島さん。島谷さんをお呼びしてくれる?」


「……はい、かしこまりました」


 わたしの指示に、貢は少し困ったような表情を浮かべた。――わたしは自分が鬼になってしまったような気持ちで、彼に申し訳なくなった。


「ゴメンね、桐島さん。ホントはもうあの人の顔を見るのもイヤだよね。でも――」


「分かっています、会長。これも秘書の仕事ですもんね。僕なら大丈夫ですから、謝らないで下さい」


 眉を八の字にして詫びたわたしに笑いかけ、彼は総務課(ふるす)へ下りて行った。

 彼はもう、()()()()を乗り越えているのかもしれない。……少し強くなった彼の背中を見送り、わたしもホッとしていた。



   * * * *



「――島谷さんですね。今日、貴方をお呼びした理由はお分かりですか?」


 会長室の応接スペースで初めて(たい)()した島谷さんは、小柄で小太りで髪が薄くなっている、いわゆる〝昭和の中年サラリーマン〟の典型という感じの人だった。

 村上さんや山崎さんとお歳は近いはずなのに、スタイリッシュな彼らとは真逆な風貌。一体何が違うのかしら?


「…………いえ、私には心当たりがないのですが」


「本当に、思い当たるフシはありませんか? ご自分の胸に手を当てて、よぉーーく考えてみて下さいね。わたしは何の用もないのに、社員を呼びつけるようなことはしませんよ」


 オドオドしながら、彼は首を捻った。こういう反応をするということは、(やま)しいところがあると認めたようなものなのだ。


「島谷課長、()()()()大変お世話になりました。僕にしてきたことも憶えていらっしゃいませんか?」


「…………!」


 貢が皮肉を込めた口調で言ったのを耳にして、島谷さんの顔がサッと青ざめた。


「桐島さん、ここはわたしに任せてくれない?」 


 わたしは静かに彼をたしなめ、視線だけ「これ以上は言っちゃダメ」と制した。

 彼の気持ちはわたしにもよく分かった。かつての上司に対して言いたいことはたくさんあっただろう。でも、彼にその場で島谷さんを口汚く罵るようなことは()()()()してほしくないと思ったのだ。……彼自身のためにも。


「……分りました」


「ありがと、桐島さん。――実は、『貴方からパワハラを受けていた』という陳情があったんです。それも、貴方の部下だった社員さんのほぼ全員から。もちろん、ここにいる彼からも訴えがありました。……ここまで聞いても、お心当たりはありませんか?」


 わたしはここでもう一度、島谷さんの反応を窺った。……顔色ひとつ変えなかったり、逆に激昂するようならこの人は人間としてすでに終わっている。

 彼の顔はすっかり青ざめていたので、まだ人としての良心は生きているように感じた。


「それは……あの、全員から話を聞かれたのでしょうか? 退職した部下からも?」


「ええ、全員から。土日も返上して、わざわざ自宅を訪ねて証言を集めました。社に残っている人たちからは、人事部の山崎さんが話を聞いてくれていましたよ」


「はぁ、……そうですか。では、私もこれ以上シラを切りとおすことはできませんね」


 島谷さんは観念したようにガックリとうなだれた。


「では、お認めになるんですね? ご自身がなさってきたことを」


「……はい。申し訳ございませんでした。桐島君にも申し訳ないことをしたね。このとおりだ。許してくれ」


「……いえ、僕は別に」


「彼はもう赦していますよ、貴方のこと。ね、桐島さん?」


 (かれ)がもう島谷さんのことを恨んでいなかったことを知っていたわたしは、貢の代わりにそのことを伝えた。


「……そうなのか? 桐島君」


「…………はい。会長のおかげで、あなたを恨む気持ちなんてすっかりなくなりました」


 彼(貢の方だ。あ~もう、ややこしい!)が肯定したので、わたしも()が人として一回りも二回りも成長したことを実感した。


「――私は、クビになるのでしょうか?」


「いえ、解雇処分にはしませんよ。世間的にはそれが妥当なんでしょうけど……」


 すっかり腹を括ったらしい島谷さんに首を振り、わたしは貢に合図を送った。――わたしのデスクから、退職届の書類を取ってきてほしい、と。


「――貴方への処分は、自主退職です。社会人として初心に帰り、別の会社で新しくスタートを切ってほしいと思っています」


 貢に持ってきてもらった申請用紙をローテーブルの上に置くと、わたしは島谷さんに処分を言い渡した。

 退職金のことや、再就職先が見つからなければわたしもツテを当たってみるからと伝えると、彼は安心したように「分かりました」と頷いてその場で書類に必要事項を記入し始めた。



   * * * *



 ――島谷さんが退出すると、わたしは人事部で待機してくれていた村上社長の携帯に連絡を入れた。


「――村上さん、篠沢です。島谷さんの退職届を受理したので、記者会見の準備をお願いします。――ええ。明日の午後、謝罪会見を開きます。よろしく」


「――いよいよですね、会長」


 電話を終えたわたしに、貢が言った。


「うん。わたしにとっての初めての大仕事は、明日が本番なんだから!」

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