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わたしと彼の決意 ①

 ――父はその()容態が悪化し、年の瀬も押し迫った十二月二十九日からはほとんど意識のない状態が続いていた。

 後藤先生はちょうど病院の外来診察がお正月休みに入ったこともあり、毎日家まで往診に来て下さっていた。


「――後藤先生、どうなんですか? 夫の病状は」


 普段は()(ぜん)としている母も、いよいよ父が危ないとなった時には弱気な表情で主治医(せんせい)に訊ねていた。


「残念ですが……、今の状態では年を越せればまだいい方かと」


「そんな……!」


 ()(もん)の表情でそう告げた後藤医師の前で、わたしは膝からくずおれた。後から聞いた母の話によると、その時わたしは顔面蒼白になっていたらしい。父の命が尽きる日がいよいよ現実に迫ってきて、喪失感に襲われていたようだ。



 ――イブに「また連絡をくれる」と約束してくれた貢は、それから毎晩電話で父やわたしの様子を心配してくれていた。


『――絢乃さん、お父さまのご様子はいかがですか?』


 後藤医師から父が危ないと告げられた日にも、彼は優しく気遣ってくれた。「吊り橋効果」ではないけれど、心が弱っている時にかけられる優しさほど強い誘惑はないと思う。ついつい甘えて泣き言を言ってしまいたくなるから。


「……今日ね、主治医の先生に言われたの。『年を越せたらまだいい方だ』って。桐島さん、これってどういう意味だか分かる?」


『はい……。多分、もう最悪の事態も覚悟しておいてほしい、ということでしょうね』


「やっぱり……」


 これだけの会話を、平常心で交わせていたかどうかはわたし自身にも分からない。ただ、わたしにもプライドはあるので、泣き言だけは言わなかったつもりだけれど……。


『――ところで、絢乃さんの方は大丈夫なんですか?』


「……えっ?」


『お父さまのことが心配なのは、よく分かりますが……。僕にはあなたの方が心配です。だいぶお疲れというか、(しょう)(すい)していらっしゃるようなので。ごムリなさっているんじゃないかと』


 ……思いっきり図星だった。声だけで、彼にそこまで見抜かれていたなんて。


『ご自身が「しっかりしていなければ」と思われるのは、立派なお心がけだと思いますが。本当につらい時には泣いてもいいんですよ? 僕でよければ、泣き言くらいいくらでもお聞きしますから』


 これには、精一杯突っ張っていたわたしの心もさすがにぐらついた。……けれど。


「ありがとう、桐島さん。気持ちはすごく嬉しいんだけど、今は泣く時じゃないから。その時が来るまでは、涙は取っておきたいの」


 母から教わった昭和のアイドルソングの歌詞みたいな言い訳をして、わたしは彼の厚意をやんわりと断った。イブの夜に大号泣したことは、今でも彼には秘密にしているけれど。


『そう……ですか。絢乃さん、あまり思いつめないで下さいね? 僕も今日から正月休みに入りましたので、夜といわずいつでもご連絡下さい。常に繋がるようにしておきますから』


「……うん、ありがとう。じゃあまた。おやすみなさい」


『おやすみなさい。失礼します』


 通話が終わると、何だか心にポッカリと穴が開いたような気がした。父を亡くすことで感じるものとは別の意味での喪失感、というのか……。


 その時までは気づいていなかっただけなのかもしれない。わたしという人間は、こんなにも(もろ)かったのだという事実(こと)に。誰かに側にいてほしいなんて、彼を好きになるまでは思ったことがなかったから――。



   * * * *



 ――父は一月三日の朝、自宅の寝室で眠ったまま息を引き取った。本当に穏やかで、安らかな表情で。

 病院嫌いだった父は、最後の最後まで入院を拒み続け、「最期は家で迎えたい」とワガママを通した。最後までダダっ子のような人だった。


「――一月三日、八時十七分。ご(りん)(じゅう)です」


 前日の夜から泊まり込みで往診に来て下さっていた後藤先生にそう告げられても、しばらくは茫然(ぼうぜん)として泣くことができずにいた。


「私は、井上(いのうえ)に何もしてやれなかったなあ……。主治医だったのに……。加奈子さん、絢乃ちゃん、何の役にも立てなくて申し訳ない」


 父の旧姓を呼んだ後藤先生は、自分の無力さを悔やみながらわたしと母に頭を下げた。


「先生、頭を上げて下さい。先生は夫のために精一杯のことをして下さったわ。私もこの子も……いえ、誰も先生のことを責めたりしませんよ。……ね、絢乃?」


 先生の憔悴しきった様子に心を痛めたらしい母は、懸命に彼を{慰}(なぐさ)めていた。


「先生、父は幸せだったはずです。お友だちの後藤先生に治療してもらえて、愛する家族に最期を看取(みと)られて。だから……きっと、これでよかったんだと思います」


 わたしは自分自身にそう言い聞かせるように言うことで、やっと泣くことができた。

 悲しくないわけがなかったけれど、悲しんでいたって父はもう生き返らない。だからせめてもの(はなむけ)に、涙を流してあげることができてよかった。


「……そうだね。もし二人に恨まれたらどうしようかと心配になったんだ。でも、絢乃ちゃんの言葉で救われたよ。ありがとう」


「……いえ。こちらこそ、父を治療して下さってありがとうございました」


 わたしは後藤先生に感謝の言葉を述べた。先生に感謝こそすれ、恨むなんてとんでもない話だった。


「――パパ……、今までお疲れさま。楽しい思い出をいっぱいありがとう。後のことはわたしやママに任せて、天国でゆっくり休んでね……」


 わたしは父の亡骸(なきがら)に、泣きながらそう語りかけた。「さよなら」は悲しすぎるので言えなかった。


 母はその後、先生や一緒に往診に来ていた看護師さんにお礼を言い、お通夜や葬儀の手配、親族や弁護士さんへの連絡などで忙しそうにしていた。お通夜の席で、父の遺言状が開封されることになっていたからだ。

 わたしは()()()()()がしながらも、自室へ戻った。


 アメリカに住む伯父には父の()(ほう)をパソコンからメールで知らせ、里歩と彼にも電話で伝えた。こんな時でも彼への電話で泣くのは(はばか)られて、里歩を相手に遠慮なく大泣きしたのだった。



   * * * *



 ――父の葬儀はその二日後、都内にある(さい)(じょう)の最も大きなホールで(いとな)まれた。おおよそ〝しめやか〟とは言い(がた)い式で、式場には殺伐(さつばつ)とした空気が流れていた。


 葬儀は一応、篠沢商事総務課が取り仕切る〝社葬〟という形が取られていたけれど、会社とは関係ない、わたし個人の関係者である里歩もご両親と一緒ではなく一人で参列してくれた。


「絢乃……、大変だったね。大丈夫?」


 ダークグレーのコートの下に、同系色の大人っぽいワンピースを着た里歩は、わたしの顔を見るなり親友らしく気遣ってくれた。


「わたしは大丈夫。里歩、ありがとね」


 黒のフォーマルワンピースで彼女を出迎えたわたしは、泣かずに作り笑顔で答えた。

 涙なんてもう()れてしまっていたし、その時のわたしは泣いている場合ではなかったのだ。


「受付にいるの、桐島さんでしょ? あたしさっき、挨拶してきたよ。お香典預けるついでに」


「あ、里歩も気がついた? 今日がね、彼の総務課(いまのぶしょ)での最後の仕事なんだって。わたしはまだ彼と話せてないんだけど」


 里歩と二人で式場に入る途中に受付をチラリと見ると、彼もわたしの視線に気づいたのか目礼を返してくれた。


「里歩、式の間、隣に座っててくれる?」


「もちろんいいよ。――ウチの両親がさ、絢乃とおばさまにくれぐれもよろしく、って言ってた。お気落としのないように、って」


「うん、ありがと。ママにも伝えとく。パパもきっと喜んでくれてるんじゃないかな」


 父と里歩のお父さまとは、仕事上で親しくしていた。もちろん、家族ぐるみでも親交があったのだけれど。


「……アンタさ、ホントに大丈夫?」


「えっ、大丈夫だってば。……どうして?」


「あたしにごまかしが通用すると思った? 一昨日(おととい)あんだけ大泣きしたからって、たったの二日やそこらで立ち直れるワケないじゃん。自分の親が死んだんだよ? ショックじゃないワケないじゃん! そうやって強がるの、小さい頃からアンタの悪いクセだよね」


 里歩の指摘は的を射ていた。彼にも同じようなことを言われた。でも、わたしはその場で泣けない理由があったのだ。


「そんなこと、わたしがいちばんよく分かってるよ。でもね、ママの気持ち考えたら泣くわけにいかないし、パパの期待を裏切るわけにもいかないから」


 前日に遺言状が開封された時点で、わたしが正式に父の後継者となったのだけれど。案の定、それを認められない〈兼孝派〉との間でひと悶着あり、火葬中の振舞いの席で話し合いの第二ラウンドが行われることになっていたのだ。

 だからこそ、()に弱みを見せるわけにはいかない。父の期待に応えるためにも、強く、堂々としていなければと気を張っていたのである。


「あたし、昔っから思ってたんだけど。アンタはいいコすぎるの! もっとワガママになったり、泣いたりしていいんだよ。まだ子供なんだからさ」


 里歩はまるで姉のように、わたしのことを諭してくれた。

 十七歳まではまだ子供だから、父親の死を悲しんで泣いていても許されるはず。……確かに彼女の言ったとおりなのだけれど。わたし自身、自分はそういう立場ではないことを分かっていた。


「里歩の言ってること、正論だとは思う。でもわたしは、ただの女の子じゃないの。大財閥の大黒柱になる人間がドッシリ構えてないと、この先わたしについてきてくれる人たちが不安になるから。泣くわけにいかないの」


「……そういうもんなんだ? なんかよく分かんないけど、名家の跡取りって大変だね」


 わたしが後継者としての覚悟を語ると、里歩はしみじみとそんなコメントをした。


「でも、あんまり肩肘(かたひじ)はってたら疲れちゃうよ。見てるこっちも痛々しいし、たまにはガス抜きくらいしなよね」


「うん、分かった。ありがと」


 グチを聞いてくれる人が、わたしには少なくとも三人はいる。母、里歩、そして彼。

 大きな組織を背負うことは本当に大変で、悩みや困難、壁にぶつかることも多い。孤独(こどく)だったらきっとそんなの務まらなかったと思う。

 だからわたしは、すごく恵まれているのだ。


「――にしても、仰々(ぎょうぎょう)しいお葬式だねぇ。参列者の顔ぶれだけでもスゴそう。なんか、アンタとおばさまのことめちゃめちゃ(にら)んでる人たちもいるみたいだし。あれ何なの?」


 里歩は式場内をぐるりと見回すと、〈兼孝派〉が固まっている一画へ向けて不快感を(あら)わにして露骨に眉をひそめた。

 そんな彼女に、わたしは前夜の出来事も含めて〈篠沢グループ〉の内情を話した。


「…………ふむふむ、なるほど。そりゃあ、アンタは泣いてられないわ」


「でしょ?」


 彼女がようやく納得してくれたようなので、わたしは肩をすくめて見せた。

 この二時間ほど後、わたしは〈兼孝派〉の魑魅魍魎(ちみもうりょう)たち……もとい人たちと(たい)()しなければならなかった。

 味方が多いに越したことはなかったのだけれど、里歩を巻き込むつもりはなかった。彼女にあんな修羅(しゅら)()を見せるのはゴメンだったのだ。


 井上の伯父は残念ながら帰国できず、アメリカからお悔やみのメールが届いた。となると、わたしが縋れる相手は母を除いて彼だけだったけれど……。まだ恋人でもなかった彼に寄りかかる勇気はなく、わたしはその衝動をどうにか(おさ)えていた。


 ――父の葬儀は仏教式ではなく、もちろんキリスト教式でもない、いわゆる一般的な献花式だった。

 祭壇には父の遺影、そして真っ白な花々が飾られていて、(ひつぎ)の前に大きな献花台が設けられた。参列者はそこに一輪ずつ、白い花を手向(たむ)けていくという形式だった。


 まず、この社葬を取り仕切っていた貢を含む総務課の人たちから献花が始まり、グループの関係者、親族、そしてわたしと喪主である母――。わたしの前には里歩も父に花を手向けてくれた。無言だった人もいれば、遺影に言葉をかけた人も、すすり泣いていた人もいた。

 わたしは無言で父の遺影を見上げていた。決意表明も別れの言葉も、もうかけた後だったから。


 母が最後に献花を終え、喪主の挨拶も済ませると、いよいよ出棺となった。


「――ゴメン、絢乃。あたしはここまでで退散するよ」


「えっ、一緒に火葬場まで行かないの?」


 申し訳なさそうに「帰る」と宣言した里歩に、わたしは首を傾げた。正直、ついてきてほしい気持ちはあったけれど、ついてこない方がいいかも、とも思っていた。


「うん……。だってあたし、はっきり言って思いっきり部外者じゃん? 振舞いの席に加わるのもアレだし、遠慮させてもらおうかなー……、って」


「……そっか。その方がいいかもね。分かった。今日はありがとね」


 彼女には彼女なりの、セレブな世界への憧れみたいなものがあったのだろう。

 けれど、身内同士のゴタゴタとか骨肉の争いのような(みにく)い部分もあるのだという現実を知って、少なからずショックだったのかもしれない。


「じゃね、絢乃。家に着いたら連絡するわ」


「うん。今日寒いから、気をつけてね」


 里歩は母にもペコリと頭を下げて、斎場を出ていった。



「――絢乃さん、奥さま。火葬場までの送迎は僕が担当させて頂きます」


 火葬場へ向かう黒塗りの社用車の側に控えていたのは、なんと彼だった。


「桐島くん、『奥さま』はよして。私はもう未亡人よ」


 母は悲しそうに訂正した。


「そうですよね……。では、改めて」


 彼はコホン、と一つ軽く咳をしてから言い直した。


「――絢乃さん、加奈子さん。火葬場まではこの桐島が、責任を持って送迎致します」


「桐島さん、よろしくお願いします」


 正直言うと、わたしは送迎を担当してくれたのが彼だったことにホッとしていた。


 わたしと母は後部座席に乗り込み、彼が外側からドアを閉めてくれて、社用車は霊柩(れいきゅう)車の後ろについて走り出した。

 ふと後ろを振り返ると、同じような社用車やリムジン、ハイヤーがズラズラと列をなして走っていて、その光景は壮観(そうかん)というより何だか異様だった。

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