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クトゥルフの呼び声 04

「――――――――っ!」

口から血を吐き、悲鳴にすらならない声を上げる若葉。

 ぼりん ばりん ぼりん ばりん

 一口食われるごとにその身を震わせ、一口食われるごとに血を噴きだしながら――ものの数口で若葉の大きな腹は羽黒によって食べ尽くされてしまった。

 だが、生きながら腹も臓器も全て食い尽くされ、剥き出しになった腹腔からはとめどなく血が溢れ続け、当の若葉は生きているのが奇跡だといった状況だ。


「羽黒…どういう事ですか…」

あまりの凄惨さに紫苑ですら声が出せず、漸く声が掛けられたのは羽黒が若葉の腹部を喰らい尽くし、げっぷを一つ吐き出した時だった。

 そして羽黒はようやく丁寧な所作で優雅に頭を下げ、説明を始めたのであった。

「申し上げます。我があるじ若葉様は子宮におぞましき子を宿しておりました。現人神とされる種類の、上位次元に跨って存在する事の出来る忌み子です。その化け物に蝕まれた器官と胎児を完全に分離するのは困難でしたので、私が汚された臓物ごと喰い尽くしたので御座います」

「主人ごと――食ったというのか……」

「――おぉ、これは失敬!」

そして紫苑など眼中に無いといった様子で、さもようやく気付きましたと言わんリアクションを見せ、

「まったく…無駄な説明など求められるから治療が遅くなってしまったではありませんか」

そう言ってようやく、息が停まる寸前であった若葉の額に掌をそっと当てがった。すると若葉が失った臓器や手足の骨、筋肉がモコモコと再生されてゆく。そしてキズひとつ残らぬ新品同様、といった状態に復元されると羽黒はスッと立ち上がり、若葉を見下ろし、

「若葉様、これでお身体は文字通りスッキリ生まれ変わった様に新品なので御座い…」

そしてようやく、主人である若葉が意識を失っている事に気が付いた。

「あぁ、気絶していたので御座いますね。人というのはなんとも――」

脆いもので御座いましたねぇ。

 そして、嘲るようにその口を歪め、笑ったのだった。


「お前――羽黒()()じゃあないな?」

そこでようやく夢見が羽黒の名を呼んだ。その声は威厳に満ちていたが、一歩間違えたら()()()()という怯えが巧妙に隠されていた。

「はい。私は若葉様の忠実なる守護者にして意志の代行者。羽黒にして『ナイアーラトテップ』で御座います」

「どうしてそうなった」

「そこな男が私を()()()()()()()()()()()のです。それにより私は()()力を得るに至りました。ですがそれは本当にそうなのか、それより前からそうだったのかは判じかねる次第なので御座います」

「なぜ主人――若葉を傷付けるような真似をした」

「傷は私がいくらでも直せます。生命に係る件を最優先に処理しただけで御座います」

術者の命こそ最優先――方法こそ遥かに逸脱はしているが、隠れ里の番人の基本姿勢に逸れてはいない。

「そうか――では羽黒、貴様に問う」

「何なりと」

「貴様は誰だ」

「私は隠れ里の番人にして意志の代行者。羽黒で御座います」

「貴様が仕える唯一の存在は何だ」

「私が仕える方はただ一人。若葉様のみ。私は若葉様のお言葉によってのみ歩み、若葉様のご意思によってのみその爪を振り下ろす者。他の誰にも口出し――手出しはさせないので御座います」

そこまで聞くと夢見は安堵の溜息をひとつ大きく吐き、

「分かった――紫苑様、羽黒は大丈夫でしょう」

と紫苑に伝えた。

 「そうか…」

さすがの紫苑もほっと溜息を吐く。

「若葉様は先程まで宿されていた御子に巫力を吸い尽くされて出涸らしの煮干同然なので御座います。なので動かされませぬよう、お願いするので御座います」

若葉の血で染まった唇を、その長い舌でぺろりと舐めると、血に濡れた黒い歯を見せてにたりと嗤う羽黒。

「若葉様を取り戻し、愚かな作家の夢は砕きました野で御座います。後は――先輩がたは是非そこでお休みあそばしてくださるようお願いするので御座います」

そう言って、長い黒髪を翼の様に広げ、闇の空に飛翔した。


 

 クトゥルフを遥かに見下ろす上空まで飛び上がる羽黒。

 いつのまにか霧も晴れ、蒼白い月が空に浮かんでいた。

「私は『3月8日の道』の守護者にして知性無き神の代行者。無貌の従神――月に吠える者!」

月を背に羽黒が吠える。

「わが唯一の主人が為に力を振るえる――なんという愉悦で御座いましょうか!」

これから自らが行える残虐な復讐に。

「気怠げな管楽器の音に乗って!チクタクチクタク!瞬きの間の永遠!唯一無二の無数!聞いた事の無い名前が私に降り注いでくる!」

闇より更に暗い奥底から涌き出てくるその衝動と、それを叶える事が出来る力――

「いあ!いあ――」

はち切れんばかりのその欲望は――


「ないあるらとほてぷ!」


ことばでは形状しがたき心のザワめきであった。

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