クトゥルフの呼び声 03
ラヴクラフトが叫んだその瞬間、上下左右から次元を超え、黒い雷が羽黒へと幾条も降り注いだ。落雷、放電を繰り返すその異形に、クトゥルフが一歩後退る。
「これは、混沌の雷?!まさか、本当に!?」
ラヴクラフトが大きく後退する。
「あっははははははははははははははっはははぁっ!!!」
雷が止み、煙とオゾン臭の立ち込める中から、男とも女ともつかない甲高いような低い、大勢のような独りの笑い声が辺りに響いた。
「羽黒にな、何が……」
紫苑、相志、そして夢見と式神たちが見上げる中、そこに居たのは――
真紅の振袖は所々裂け、襟も裾も乱れ、ヴェールで隠していた足まで届く長い黒髪は帯電している所為なのか黒い翼のように広がっていた。
そして指先には真紅の鉤爪。
白い肌に唯一浮かぶ真紅の唇には歓喜とも嘲笑とも取れる笑み。
「若葉様、今尾田助巣ruの出御座い枡」
羽黒は一瞬でクトゥルフに呑まれた若葉の許まで辿り着くと、若葉とクトゥルフの繋ぎ目に手をあて、力任せにぶちぶちとクトゥルフから若葉をちぎり取り始めた。
「うわああああっあああああああ!」
肉を、骨を引き裂かれる若葉の悲鳴が闇夜に響く。
「何をしているっ!羽黒!?やめなさい!」
紫苑が羽黒に向かって叫ぶ。だが羽黒は聞く耳持たぬと言った様子で若葉の手足を切り裂き千切り取ろうとしている。何故か若葉の右腕だけがすぽんと抜け、残念そうな様子をみせると、今度は両脚を抜き取取ろうとして諦め、再びザクザクと切り取りにかかっていた。
「相志!教えてくれ!羽黒とは何だ!奴は一体何者だ!?」
訳が分からない夢見が相志に聞いた。
「若葉さんの『隠れ里の番人』である妖怪『お歯黒べったり』です!ですが、奴にそこまでの力があるとは…」
見えずとも感覚で状況を把握しようと務めていた相志がそれに答える。
「お歯黒べったり…そうかっ!顔の無い!そういう事かっ!」
合点がいっ手思わず声を上げた夢見に紫苑が尋ねる。
「どういう事なのです?!」
「はい…いえ、本来なら有り得ない事なのですが――」
その時、右手以外の手足を引き千切られ、血をだらだらと垂れ流した若葉が紫苑達の前に優しく横たえられた。
「若葉さんっ!?羽黒貴様!」
紫苑が羽黒に対し、今まで見せた事の無い程の激昂をみせた。
「生き手さえ衣れば後から胴にでもなりmascle。麻ずは奴から引き剥瓦斯ことを最優先to舌ので御座います」
だがそんな紫苑など関係無いけれど一応礼儀だけはみせますよ、といった様子の羽黒。
「口調がやっと落ち着い適増し太。降りてきた馬鹿りですから仕方がありません鐘」
紫苑の話を全く聞かず、横たえた若葉を見下ろして、
「魂まで同化され中ったのはそいつの所為ですか。全くどこでそんな神くずを拾われたのですか?」
まるで“何勝手な事をしている”とでも言いたげな口調で若葉の右腕――弁財天が化身した組紐を睨み付ける羽黒。猫のように細く鋭い爪を組紐に通し――
「若葉様をお守りするのは私だけで十分なので御座います」
ぶつりと弁財天が化身した組紐をあっさり断ち切り、泥と化した海へと放った。
「これで若葉さまを尾間守できるのは私岳なので御座います」
無貌で無表情の筈なのに、陶酔している様子が見て取れる羽黒。
だがその様子も若葉が悲鳴を上げる事で掻き消えた。
「あああああああああああああっ――!!」
手足は引き裂かれたが、お腹はまだ無事――胎の中の『神の子』はそのままなのだ。今この時も10本の指を伸ばし、腹を切り裂いて外に出ようとその内側に爪を立てている。
もはや自らの腹が切り裂かれ、死を迎える運命しか見えない若葉。それを羽黒は、
「せっかく父親から引き剥がしたのに、子袋の中身はまだ母親の腹を突き破ろうとしているのですか。なんと罪深く――なんと羨ましい」
そう言ってがばりと四つん這いになって、苦しむ若葉の足元にカサカサ回り込むと、
「失礼致しますので御座います」
そう言ってがばりと大きな口を開き、深海魚のようにその頭部を遥かに超えて口を開くと――
「いただきます」
ぼりん
若葉の腹部を食い千切った。




