クトゥルフの呼び声 02
「こんぺい、みんな…」全身を苛む激痛に顔を曇らせる紫苑が式神たちに声を掛ける。
「参ったね…姐さんから巫力をもらって、若葉ちゃんの祟りと巫力を使っても…これかよ…」
身体に創傷はみえないが、その声にはいつもの様な余裕が無いこんぺい。
「無理矢理引き裂かれたんだ…魂にも相当のダメージが入っている。無理はするな…」
夢見が心配そうに声を掛ける。
「も、申し訳、ありません……」
「ぷう……」
ボロボロの体でも紫苑の為にと身を寄せる式神たち。その様子を上空から見下ろしながら甲高い笑い声をあげているラヴクラフト。
「このまま踏み潰せばエンディングを迎えられるのだが、それでは読者も納得出来まい!もっと劇的に!圧倒的な絶望を与えねばな!」
するとクトゥルフが膝を曲げその場にしゃがみ込んだ。僅かに足を動かした所為で海が大きくざぶりと揺さぶられ、小さな津波が紫苑達の立つビルを打ち付ける。
「何をする気だ…!」
不安げに夢見が尋ねる。
「さぁな――だが、覚悟はしておいた方が良いだろうな」
巨大なクトゥルフの下腹部が紫苑達の頭上に降りてきた。それを成す術無く見守っていると、クトゥルフの下腹部に縦に亀裂が入り、その内側がべろりと捲れ上がった。
「若葉さん!」
そこには、まるで船首像のように四肢をクトゥルフの胎内に埋めたまま、異常に奇怪に醜悪に膨らんだその腹部を誇張するかのように胴体を突き出した若葉の姿があった。
「若葉ちゃんっ!」
「ママッ!」
若葉の肩は荒く浅い息遣いで小刻みに震え、虚ろな目は焦点の合わぬまま宙を漂い、口元は力なく緩み黄色い液体が糸を引いている。
「彼女が狙いなのだろう?――仲間である彼女を殺し、神の降臨を阻止する事。それが君たちが出来る唯一の足掻きなのだろう?ならば見せてやろう!お前らが仲間と!母と呼ぶ女が!世界の絶望を産み落とすその瞬間を!」
その声に呼応するかのように、異常に膨らんだ若葉の腹が――まるで胎を引き裂こうとするかのように内側からぼこりと外に膨らんだ。
「がああああっ!」
「若葉ちゃん!」
「ママ!」
「お母ちゃん!」
内側から胎内を、それも尋常ではない程に突きあげられる苦しみに若葉が悲鳴を上げている。
「さぁ産まれるがよい!狂気と混沌の現人神よ!」
「あゃああああああああああああああああぁぁああ!!」
異常に膨らんだ若葉の腹。中に居るモノの――10本指の手形がくっきりと見える。胎の内側から何かが腕を突き出している。若葉の腹部がさらに伸びる
「相志!!場所は分かるか?!」
紫苑が叫ぶ。
「はいっ!あの世で詫びます!若葉さん!!」
持てる力を振り絞り、常人とは思えぬ速度で若葉目掛けて太刀を投げ付ける相志。
しかし太刀は髪の毛数本を切り落とし、若葉の首のすぐ隣を掠め、クトゥルフの皮膚に傷ひとつ付けられず、そのまま海中へと没した。
「神の身じろぎひとつに一喜一憂するその姿!これぞまさしく人間という種よ!」
耳を劈く凶鳥のような笑い声をあげるラヴクラフト。
「見るがよい!恐怖と混沌がこの次元の理となるその瞬間を!讃えよ!複数の次元を内在する新たな唯一神が産まれるその瞬間を!」
「ああああああああああああああっ――!」
若葉の絶叫が闇を裂く。異常なほどに胎の内側から突きあげられ、今まさに若葉の腹が内側から切り裂かれ、新たなる支配神が生まれ出る――
その瞬間だった。
「主の生命を守るのは私の務めなので御座います」
闇夜に桜の花弁を散らしながら疾走する朱き影が紫苑達の脇を掠め、邪神――いや若葉へと一直線に飛翔した。
「羽黒!?」
異常を察知したラヴクラフトが朱き影に目を凝らす。そして、羽黒を見ると有り得ないといった表情で大きく動揺を見せた。
「き、貴様はっ!?何故貴様までが存在しているのだ!――」
羽黒の白いヴェールが吹き飛び結い上げた髪が解け、長い黒髪と唇だけの無貌の顔が顕わになる。
「ナイアーラトテップ!」




