血戦 09
血の円陣から吹き上げる炎が勢いを増す。その中へと『辻神』達が飛び込んでゆく。
紫苑が袖口から古書『今昔百鬼拾遺』を取り出すとその中から無造作に一枚破り取った。そこには――
霊峰を寝床に蜷局を巻く人頭の龍が居る
長く伸びたる顎髭は谷より深い知識と峰より高い功徳の象徴
首を擡げて見据えるは やがて来る瑞兆の光明か災厄の未来か
紫苑がそれを宙に放り投げるとこんぺいがそれを咥える。
「行くぞ!センパーファーイ!」
「行きますっ!」
「ぷぷーっ!」
そしてこんぺいを先頭に式神たちが炎渦巻く円陣の中へと飛び込んでいった。
「怪威招来――燭陰!」
轟音と共に血の召喚円が渦巻く炎の柱を吐き出した。それは遥か天高くを衝き、風を纏う様にうねり、雲に座するようにとぐろを巻き――やがて炎の翼を備えた、空に座するが如く赤い四つ目の龍と化した。
それを見た夢見が感嘆の声を上げる。
「燭陰ですか!――目を開けば昼となり閉じれば夜となる。息を吸えば夏になり、吐けば冬になるという、太陽を神格化した龍!確かにこれならクトゥルフとも対抗できましょう…がしかし…ディテールが些かオリジナリティ満載のような?」
「若葉の血を使い、3体の式神をひとつにしたからな」
「なるほど、確かにこんぺいの一つ目とサンの三つ目、赤い龍の胴体はこんぺいだし、あの炎の翼はサンか…でもあと一匹…あのカワウソ君は?」
「…あれのようだ」
「手がドリル…」
「尻尾もだぞ」
「何故ドリル?」
「若葉によると『ドリルはロマン』らしい」
「…分かってあげたいけど難しいなぁ!」
海が禍々しい巫力に満ちている。海面がぼこりと盛り上がった。
大質量の何かが海の底から恐ろしい勢いで浮上してきているのだ。
やがてそれは海に穴を開け、決して只人が見てはいけないとされてきたモノを解き放った。
恐怖の対象としての憧れと、生理的嫌悪の蔑み。その2つが混在した、幾人もの読者達が想像してきたその姿――それが目の前に現れた。
太く弛んで締まりの無い様に見えるその身体は常に気泡のようなモノが浮かんでは破裂して消えている。
三本指に太い鉤爪。背中にはその身に似合わぬ蝙蝠のそれに似た翼。そして――常に粘液を垂れ流している蛸型の頭部。
「この地球上で神の姿を見たのは貴様が初めてであろう!葛葉よ!」
愚かな葛葉よ膝を屈し畏れ崇めよ、と歓喜のうちにラヴクラフトが叫んでいる。
紫苑は神殿より解放された旧支配者の姿を某と見ていたが、やがて静かに俯き、わなわなと肩を震わせ始めた。
「何という…近隣の海域がすべて禍々しい巫力に満たされています…!」
地球の旧支配者にして“神”の名を戴くに相応しき莫大な巫力を感じ取り、魂が凍てつくような錯覚を覚える夢見。紫苑は暫くの間クトゥルフを眺め続けた後、カクンと俯いて肩をプルプルと震わせ続けていた。
「…らん…」
紫苑の様子を畏怖とみたラヴクラフトが声を上げる。
「どうしたあまりの恐怖に直視も出来ないか!」
しかし紫苑はガバリと顔を上げ、キッとラヴクラフトを見据えるとクトゥルフを指差し、なんと怒りの形相で一喝した。
「何だこのツマラン姿はぁ!」
「な、なんだとっ!?」
「見るだけで発狂というからどんなものかと期待していたのだ!私に深淵の淵を覗かせて背中を押すに等しい姿なのかと!この私が恐怖を覚える程の姿なのであろうかと!期待!して!いたのだぞ!」
「えぇぇ……」
「今は西暦二千年なのだぞ!何だこの1950年代のイカサマSFから飛び出てきたロートルなデザインはっ!これならギーガーの昼寝の夢を現実化させた方がよっぽどマシだ!」
そして紫苑はズビシとクトゥルフを指差して命令を下した。
「砕け!燭陰!」
ホルンのような雄叫びを轟かせ、燭陰がその尾をぐるんと振り、先端のドリルをクトゥルフ目掛け突き出した。しかし分厚い皮の間に隠れる目をギラリと赤く輝かせ、クトゥルフがその太い左手一本で燭陰の尾をあっさりと掴み止める。
しかし、ここで燭陰が尾の先端のドリルを回転させ始めた。
高速で回転を始めたドリルはクトゥルフの指を一瞬で砕き、そのまま左の肩口を大きく抉り取った。
「何だとぉ――!」
想定外の結果にラヴクラフトが叫び声をあげる。
「ドリル馬鹿にしてスイマセン!」
紫苑の腰で夢見が平謝りしていた。
「なんだその巫山戯た武装は!そんなの邪道ではないのか!?」
「知るか!この私を失望させた罪は万死に値する!」
「それは只の私怨であろう!?私は読者たちの願いを叶えるという大望を以てこの戦いに臨んでいる!」
「戦いの根源はなべて私怨よ!大仰な理想を掲げるのなら外見も見合ったものにしておくのだな!テキサスの田舎者め!」
「私はロードアイランドだっ!!ゆけクトゥルフ!この逆境からチャイニーズドラゴンを屠ってこそ読者も歓喜するというものっ!」
「死んでから売れた二流作家がほざけ!」
クトゥルフの頭上に陣取り、尾のドリルを雨のように繰り出す燭陰。
海に立ち、それを右腕と触手で捌くクトゥルフ。ドリルを直接掴む事はせず、自らの分厚い皮膚と粘液を上手く使い、ドリルの軌道をそらす事に成功していた。だがダメージは受けているようで、その右手を振るう度に、恐らくは血液であろう青い液体を辺りに撒き散らしている。
燭陰が押している――だがラヴクラフトは余裕の表情を浮かべていた。
砂浜、岩壁に飛び散ったクトゥルフの青い血液が次第に盛り上がり、やがて歪な人型となり、何処かで見た巨大な魚人のような姿を形成し始めていたのだ。
「神の血は眷属を産むぞ!護衛の騎士も失い守護天使も投入し尽くした陰陽師め!己が無力を嘆いて死ね!」
いつの間にやら紫苑の眼前には数十にも及ぶ歪な『ダゴン』達が立ち塞がっていた。
「はっ!憎しみを湛えたいい眼だ!!ドラゴンを呼び戻さねば貴様が死ぬぞ?陰陽師ぃ!」




