血戦 04
そして紫苑たち葛葉の陰陽師一行は、八戸市内を見下ろせる山の中腹に居た。
「まずはこの地の龍脈と紫苑様の巫力を繋ぎます。紫苑様はそこの地面に手をついて下さい。龍脈の操作と接続は俺が行います」
この夢見という男、巫力自体は少ないのだがとにかくその陰陽師としての知識と技術が超一級なのである。普通の陰陽師ならば、触れるだけで正気を失ってしまう大いなる力の奔流、龍脈の力をいとも容易く操作し、あっという間に紫苑の巫力と龍脈をリンクさせることに成功した。
夢見が言った通り、紫苑は自分の身体からずるりと巫力が減る感触に、首の後ろが粟立った。だがほんの少しでそれも収まった。そうして絶える事の無い充足感が足元から湧き上がる。
「おぉ…足元から力が漲るというのか――“繋がっている”のが分かるな」
「この術式により一時的に巫力の総量は落ちますが、この地の龍脈と繋がりを得られる事で紫苑様の巫力は龍脈から供給され続けます」
腰の夢見は満足そうに揺れていた。
「――で、次はどうするんです?」
夢見に策を求める相志。
「…目標である若葉さんを手中にした今、敵は地理的優位の安定を図ろうとするでしょう。恐らく市内には最早まともな人間の姿は無いと思われます。突撃して蹴散らすのもスッキリしますが、ここはひとつズルして楽しちゃいましょう」
「お?なにをするってんだ?」
夢見の悪戯っぽい口調にこんぺいがノッてくる。
「それは現地に着いてからのお楽しみですよ、こんぺい君」
キーホルダー姿では分からないが、この時夢見に人の顔があったのなら、間違いなく邪で楽しそうな笑みを浮かべていた。
それは勿論夢見の支配者である葛葉紫苑も同様ではあるのだが――
――そんな『タタリアン作戦会議』で夢見が想定した通りの状況が眼下の街並みに広がっている。人間の反応は悉く消え、穢れに侵され尽くした『深きもの』と『混血児』の穢れた反応しか存在していなかった。
「夢見の言った通りだ。奴等住民を『混血児』に変え終わっちまったみてぇだ。この町にまともな人間は俺達しかいねぇ」
上空から市内を偵察してきたこんぺいが告げる。
「で?何をやらかそうってんだ?夢見」
紫苑の腰で揺れる夢見が楽しげに言った。
「たしかクトゥルフが眠る“ルルイエ”があるとされる場所は南緯47度9分、西経126度43分。太平洋到達不能点に近い海域とされていますが…まぁ実際は八戸の沿岸に潜んでいる筈です」
「どうして断言できる?」
これには紫苑が疑問を投げかけた。
「神と言うものは人々の想いを糧に力を得ます。小説での設定がどうであれ“この世界”に居るのならばそれはクトゥルフも同様です。クトゥルフのクの字も知らない一般人がわざわざルルイエに眠るタコ頭を思い描いて殺される訳が無い。つまり奴が被害者の恐怖を喰らうには、現場のすぐ近くに居なければならないんですよ」
「なるほど…」
夢見の解説に頷く紫苑。
「そういえば昔、ルルイエに核ミサイルを打ち込もうとしたら爆撃機を触手に叩き落されたってぇネタが…小説だったかなぁ…あったような気がするんですよねぇ」
「今の時代であれば大陸間弾道ミサイルになるんでしょうね」
夢見の奇妙な思い出しにサンが応じた。
「ですね。けど一先ずここの近海に居るのなら、核よりもっとエコで効果的なものを使いましょう」
「で、何を使おうってんだ?そろそろ話せよ夢見ぃ」
こんぺいの催促に夢見の口調もどこかしら楽しげだ。そしてようやく明かした。
「山神の“兵主部”を失敬しちゃいましょう」
山神――四方院の一方“北の司”。物部や菅原とは違い、表舞台に出る事も無く、葛葉のように裏を統べる事も無くただ“山を鎮める”事だけに特化した陰陽師集団――と言われている。
「なるほど。“山の禍”を街に放つか」
理解を得たこんぺいがニヤリと笑う。
「はい。街に居るのは最早『深きもの』のみ。そして穢れによる肉体の変化は治療不可能とサンより聞いています。ならば――せめて殺してやるのが情けというものでしょ」
そうは言うものの、その“情け”など見当たらない口調の夢見。
「勿論、楽に死ねる訳ではありませんが、さすがにそこまでは贅沢というもの」
「なるほど。山神も在庫の処分が出来て嬉しかろう――で、どうやるのだ?」
紫苑はといえば『山神の兵主部』を見られる事の方が嬉しそうでついつい夢見を急かしている。
「では相志、そこら辺の木の枝で構いません。それを組み合わせて小さな明神系の鳥居を作って下さい。鳥居の上から2本目、貫が横に出た鳥居です」
夢見の指示に不満を漏らす事無く黙々と従う相志。
「できたぞ」
程なくして小枝で組み上げられた小さな鳥居が相志の掌に乗っている。
「ではそれを私達の背後の地面に刺して下さい…うんそうそう、上手。はなまるです。じゃあ皆さんは街を見るようにして、鳥居には背を向けていてください」
その場に居る全員が素直に従う。疑うものは誰も居ない。
「では私が“兵主部”を解放します。奴等は背後から来ますが決して振り向かない。決して目を合わせない。それだけに注意して下さい。目を合わせると、障りを貰って死にますよ。では――」
始めます。




