血戦 02
厭世の魂に永遠の夢を与える葛葉一門の陰陽師であり、紫苑の師とも言える男。
そして紫苑を愛してしまったが故に紫苑の両親を暗殺した男。
夢見を仇と知らず復讐に燃える紫苑が命を賭して準備した奥義『百鬼夜行』を逆手に取り、紫苑諸共『百鬼の妖怪』となる事で永遠を生きようとした男。
そして『宝船』に浄化され、人として死んだ男。
相志を殺した男――夢見憂の魂を呼び出したのだ。
「これは紫苑様、相も変わらずお美しい――」
紫苑の声に気が付き、大袈裟に膝をついて胸に手をあて礼をする夢見。
「――ところで何故、私を冥府から呼び出されたので?」
だがこの男は若葉に陰陽師としての様々な術を教え込んだ知恵者でもある上、自分の野望を止められる鍵を若葉に託すような男でもあった。
「若葉が拉致された」
多くは語らず、要点だけを述べる紫苑。
「…相手は?」
多くは聞かず、必要な事だけを聞く夢見。
「H・P・ラヴクラフト」
すると夢見はほんの少し首を傾げながら答えた。
「ラヴクラフト?ずいぶん昔のホラー作家ですね。熱心なファンが教団を立ち上げたと聞いてはいましたが、“黄泉返った”とすると…なら背後にCIAでも居るのでしょうか」
「話が早くて助かる。若葉は巨大なタコ足に吸収され海の向こうに連れて行かれたらしい」
「タコ…クトゥルフですね。ルルイエから日本まで腕を伸ばせるとは流石です」
「ラヴクラフトは若葉に“神の子”を受胎させようとしている」
「それはそれは。地獄が随分賑やかになりそうです」
不敵な笑みを浮かべ楽しげな様子を見せる夢見。その答えに眉一つ動かさない紫苑。
「…奴は何処に居る」
厳しく、冷たい声。紫苑が夢見に問う。
「――答えると思いますか?」
だが夢見は顔を反らし見下すような視線を紫苑へと向けた。
「これでも結構根に持つ方なんです。俺の愛を否定した相手に情けを掛けられる程の度量を持ち合わせているとでも?それに…」
そこまで言うと紫苑の脇に控える相志をギロリと睨み付け、
「貴様だ相志ぃ!俺が殺した筈の男が何故生きているぅ!?」
相志を見つけると目と口から鬼炎を噴きだし叫んだ。
「相志は一度死んだ。お前に心臓を貫かれてな。だが『宝船』の弁財天が“運命に書き添えた”お陰で辛うじて生き延びた。怨むなら七福神を呼び出した若葉であろうな」
1ミリも動じない紫苑が淡々と話す。それを聞いた夢見、怨みの鬼炎をあげるどころか一転穏やかな、誇らしげな表情を浮かべて口にした。
「宝船にはそこまでの力がありましたか…周囲の運命すらも変えてしまう…流石は若葉ちゃんだ…よくやったと褒めてあげたいところですが、彼女には怨まれてるんでしょうね…」
そして弟子に怨まれているだろうと次第に萎れ土気色の表情になる。だが――
「若葉はお前がやった事を知らぬ」
紫苑の言葉に驚き顔を上げる夢見。
「――ど、どうして」
「知らなくても良い事ならそのままでいい。若葉の中でお前は『師匠』のままだ」
それを聞き、夢見はひとつ大きな溜息を吐くと小さく自嘲気味に笑い、
「まったく…これでは『愛する素敵な師匠』で居続けるしかないじゃないですか」
「愛してるとも素敵とも言っていなかったぞ」
おどける夢見に応じる紫苑。僅かながら楽しそうにも見える。
「分かりました。この夢見憂、可愛い弟子を救う為、助太刀致しましょう」
そう言ってすい、と指を1本立てた。
「ただし条件が一つあります」
「この期に及んで!条件など言える立場でないと知れ!」
相志が反発を見せる。だが紫苑は素直に応じた。
「聞こう」
「紫苑様っ!」
「夢見を地獄に返すのは容易い。だが奴はそれを全て承知で試しておる。若葉を救うため、一度牙を剥いた男の要求を受け入れられるのか、とな」
「そういう事。俺っちはもう臣下でも何でもないからね。一度死んでるし、二度目なら怖いものも無いからね~」
そう言って相志を煽る様にヒラヒラと手を振る夢見。
「で、なにが望みだ?」
すると夢見は地面に膝をつくと、深々と頭を下げた。
「では恐れながら願い奉ります――」
夢見も小鳥遊も前作の最初期に感想を頂けた方のお名前を利用させて頂いております。
今もご覧頂けているかは分かりませんが、あの時のお声を動力源として頑張っております。