Blood 09
「そんな事が…」
腕を組み俯く相志。小鳥遊は相志から紅茶を淹れてもらっていたが未だに手を付けず、俯いたままだ。
「俺の若葉ちゃんに目を付けるとは流石CIAと言うべきか」
「いつから若葉さんはお前のものになったんだ」
真面目な顔と声で砕けた事を云うこんぺい。だが顔を綻ばせる余裕は誰も持っていなかった。
「…て…なの」
「ん?どうしたお露」
「どう…してなの?」
小鳥遊が。絞り出すような苦しそうな声で呟いた。
「どうして…どうして若葉ちゃんがこんな目に遭わなきゃならないの?」
誰とは無しのその問いは、瀕死の蟲が通り過ぎるような時間を奪っていったが、それに漸く答えたのはこんぺいだった。
「運命、としか言い様が無ぇな」
「運命だなんて、そんな簡単に!」
若葉の不幸を簡単に言い切るこんぺいに小鳥遊が声を上げる。
「若葉ちゃんはガキ共に弄ばれてボロボロにされて、それで“怨み”を持って『タタリアン』へと辿り着き、その時に服用した“夕鈴見の粉”を飲んだ事で、巫力に目覚めた――お露もここまでは知ってるだろ」
こんぺいの問いかけに静かに頷く小鳥遊。
「…こっから先は大人のナイショ話だ」
その様子にこんぺいが続ける。小鳥遊も静かに頷く。
「巫力に目覚めた女の子はヒヨコどころかティラノサウルスだったのさ」
「ティラノ…」
「若葉ちゃんはその辺の陰陽師を圧倒的に凌駕する程のとんでもない巫力を持っていたんだよ。伊勢神宮で奉られてるお方と同格っていやぁ想像つくか?うちの姐さんですら足元にも及ばねぇ化け物みてぇな力だったんだよ。そんな桁外れもいいとこな巫力を持つ一般人なんて神や悪魔から見りゃあサマージャンボの一等が束になって道端に落ちてるようなもんだ。だから俺達ぁ若葉ちゃんを葛葉に招き入れ、陰陽師として鍛え害意ある者共から身を守る方法を教え込みながら…密かに物部の祝祷術で若葉ちゃんの巫力に“リミッター”を掛けた。全ては――」
若葉ちゃんを守る為だ。だが、
「リミッターを掛けても姐さん並の巫力だったのには参ったがな」
そこまで言うと、こんぺいはひとつ大きな溜息を吐き、
「――ここまでは良かったんだ。ここまではな」
と言い、
「だがな、あの娘はいい子過ぎた」
更に話を続けた。
「あの百鬼夜行の夜だ。若葉ちゃんは俺達を助けるために“リミッター”を外して『宝船』を呼び出しちまった。あれだって本来は姐さんが5人は居なきゃ呼び出せねぇ様な代物だ。そんな派手な事をしでかしちゃあもう隠しようが無ぇ。神に悪魔に野心まみれの宗教家が涎を垂らしてやってくる。だから神ですら干渉できない“隠れ里”を与え、護衛として気心の知れた相手でもあるお露、お前さんを身近に置けるようにと考えていたんだが…よりにもよってカウボーイがバンジョー掻き鳴らして来やがった」
「それがアメリカ…ダーレスって事ね」
小鳥遊の問いにこんぺいが頷く。そして、
「そして俺達はまんまと騙されたって訳だ。まぁカウボーイ本人も騙されてたみてぇだが――後は姐さんと俺達に任せておきな。立ち塞がる奴ぁ全て捩じ伏せて、鼻歌交じりで若葉ちゃんを連れ帰ってやるからよ」
と言ったその時だ。店の奥から夕闇の女王が現れた。薄紫色の狩衣――葛葉紫苑だ。
紫苑は相志とこんぺいの横をするりと通り抜け、テーブルについた小鳥遊とサン、天色のところまで来ると、
「サン、天色、そしてお露さん。この一件は」
そして『タタリアン』の床に膝を折り、
「狼藉者の本当の狙いを読み切れなかったこの私の失態です」
申し訳御座いませんと頭を下げていた。
「し、しし紫苑さんっ!守りきれなかった私が悪いんだから!頭を上げて下さい!」
大慌てで椅子から降りて紫苑に取り付く小鳥遊。サンと天色もそれぞれが「ごめんなさい」と泣いて紫苑に謝っている。
「若葉さんはこの私が必ず取り戻すと葛葉の名に懸けて誓いましょう」
ですので――
静かに炎を燃やす美しい瞳が2匹の式神へと向いていた。
「サン、天色。力を貸して下さいますね」
「勿論です紫苑様!」
「もちろんだっぷ!」
紫苑に飛び付く2匹。紫苑はゆっくりと立ち上がり、
「親を置いて逃げ戻らねばならない――辛い経験でしたね」
そう声を掛けると、肩の上でボロボロと泣きだし始めたサンと天色をそれぞれ撫でる。
「若葉さんから血を頂いたのですね。よくやりました」
そうして2匹を撫でながら、
「相志――」
厳しく冷たい声で己が方相氏を呼んだ。
「はい」
静かに。力強く相志が答える。
「街ひとつ潰します。よろしいですね」
街を潰す――相志のような方相氏が答えられる問題では無い。ならばこれは相志以外――凌王を介しこの場を視ている四方院の首領、物部へと向けられたもの。あえてその名を出さぬのは『町をひとつ壊滅させる許可を物部が出した』という、後に起こるであろう批判から物部を守るためだろうか。
「仰せのままに。紫苑様」
相志は紫苑に向け、軽く頭を下げた。
そして紫苑は若葉の消えた海――北を睨みながら拳を強く握りしめた。
「我が愛弟子を掻っ攫うとはいい度胸よ――もの書き風情が」




