Blood 01
弁財天が教えてくれた水産加工場は港から500mも離れていないすぐ傍にあった。
街灯が破壊され、夜の黒と霧の白が溶けあう濃密な灰色の中に、覚束ない足取りの人影がぽつりぽつりと浮かんでは加工場の中へと消えてゆく。
若葉と小鳥遊は、加工場から少し離れた路上に車を停め、その中から式を飛ばして視界を2人で共有しながらその様子を窺っていた。
「これだけ堂々と出入りしてるって…隠そうという気は無いのかね」
式が見せる映像に集中するために左目を閉じた小鳥遊が運転席で口惜しそうに呟く。
「弁天様の仰っていた通り、海岸線沿いの一帯は『深きもの』の勢力下って事なんだと思います」
若葉が眉根を寄せながらそれに応えた。
「それに、あそこを歩いている人たちの殆どが危険なまでに穢れが蓄積しています。あれ以上穢れてしまったらどうなるのか見当もつきません」
若葉の目には、加工場へ入ってゆく人々はかなり危険な領域まで穢れが蓄積されているのが視えていた。これ以上穢れが蓄積されたらどうなってしまうのか。強力な陰陽師ではあるが経験が不足な若葉には予想もつかなかった。
「おっし。じゃあどうやって内部を探ろうか?今度こそダ」
「被りませんよ?」
「食い気味に言わなくてもいいじゃん」
「被りたいなら本業の方でやってください。今回も式を使います」
「つまんないなぁ」
「命懸けの仕事だって覚えてます?」
「若葉ちゃんが居るんだし、サンに天色も居るんだよ?大船どころか宇宙戦艦に乗った気ですが?」
小鳥遊のお世辞に満更でもない様子の若葉。頬を微かに緩ませて答える。
「……まぁ、そこまで言われちゃあ悪い気はしませんけど」
「じゃあ」
「被りません」
そう言って若葉は偵察に使っていた符を、加工場へと向かう一人の背中に張り付けた。
「このまま内部を探りましょう」