弁財天の社 01
「さて、別の手を考えようとは言ったけど…どうしよ。段ボールでも被って潜入する?」
海岸線から数キロ離れたコンビニの駐車場。車の外に出て背伸びをしながら小鳥遊が若葉に聞いた。夏の夜だというのに吐息が白い。灯りに群がる虫の姿も見えない。
「どこの伝説の傭兵ですか。それより式を飛ばして偵察させます」
「サンちゃん飛ばすの?」
「いえ、偵察くらいその辺の精霊で事足ります」
「若葉ちゃん、そんな事も出来たんだ!?」
「本気で驚いてません?私だって普通の陰陽師が使う術くらい扱えるんですよ」
バッグの中から分厚くなったクリアファイルを取り出し、その中から人の形に切り抜かれた紙、形代を一束取り出す若葉。
「紫苑さんには『怪異招来』って、祟りのやり方しか習っていないんですけど、紫苑さんの先生だった方に他の術式は一通り習ってますから……この位あれば足りるかな」
左手に形代の束、右手は中指と人差指で手刀を立て、指先で形代に向けて呪文を書き込む。
「…召命憑目、救急如律令」
そして形代に軽く息をふっと吹きかけ頭上に放り投げると、形代の束は音もなく上空に飛びあがり、ぱっと広がったと思うと均等に整列しながら若葉たちの頭上を旋回し続けている。その数、およそ20枚以上。
「おぉー普通に陰陽師っぽい」
「っぽいじゃなくて陰陽師です」
「でも量、多くね?」
頭上を仰ぎ見て小鳥遊が感想を述べた。
「市内全域を調べようっていうんですから、この位は必要かなーって」
若葉が顔を上げて頭上の式へと声を掛ける。
「じゃあ、円を描いて拡大しながら市内を探査して、穢れが溜まっていたり異常が在ったら教えてね。お願いっ!」
若葉がそう言って手をパンッと叩くと、形代の式たちが打ち上げ花火が夜空に拡散するように方々へと散っていった。
「…とりあえずどっか暖かいところで待ちません?」
肩を竦めて寒そうに若葉が言う。
「そうだね。夏とは言え東北ナメてたわ。ホテルのロビー戻ろっか」
「小腹も空いてきましたし」
「ならそこの牛丼屋はどう?」
「あっ、それ賛成です」
「うっし。じゃ移動しよっか」
運転席に座る小鳥遊。しかし若葉が助手席に座ろうとしたところで足を停めた。
「ん?」
「ん?どしたの。夜マックに変更?」
「これ…神社?」
眉間に指をあて、何かに集中するように目を瞑る若葉。
「なになに」
「海岸線の出島?的な所に神社があるんですけど、そこが『深きもの』に包囲されているんです。でも社殿が……これ焼け落ちてるの?」
「神様がモンスターに襲われてるって事?ヤバくない?」
「うわ―このまま機銃掃射しちゃいたいです。お露さん、物部さんに頼んでA-10借りて貰えません?」
「そんな性格だったっけ若葉ちゃん?というかA-10って何?ガンダム?」
「ボケてる場合じゃないですって。これちょっと今すぐ向かわないとヤバそうです」
「ボケたつもりじゃないんだけど」
言葉に真剣さが宿る若葉の声に応じ、張り切る可愛い声が聞こえた。
「ボク達の出番ですね!」
サンが待ってましたと尻尾を振って喜んでいる。
「ぷー達はガンダムより強いのでぷ」
小鳥遊の肩の上で2本足で立って、短い前脚でシャドーボクシングをする天色。
「式に先導させます!お露さん!運転お願いします!」
ポケットから一枚形代を取り出して軽くキスすると車の前に投げ付ける若葉。小さな形代は車の前で停止し淡い光を放ち始めた。
「お、ナビ付き!ありがとっ!」
急ぎ車に乗り込む若葉と小鳥遊。
「飛ばすよっ!」
キュルキュルとタイヤを鳴らし勢いよく飛び出す小鳥遊。淡く光る式を先導に目標の神社へと車を走らせた。