陰陽師、北へ 02
人影の無い駅構内を早々に出ると、利用客をアテに停車しているタクシーが数台停まっていた。小鳥遊は停車するタクシーの列をさっと一瞥すると、その中の一台に近付いて助手席の窓をコンコンとノックした。
昼寝をしていた運転手が目を覚まし、反射的に助手席の窓を開ける。身をかがめて覗き込む小鳥遊の胸の谷間に釘付けになった後、ようやく夢ではないと気が付いて小鳥遊の顔へ目を遣った。
「私達観光で来たんですけど、観光客向けの美味しいものが食べられるいイイトコロ、何処かご存じありませんか?」
迫力の谷間と美女の微笑み。これに抵抗できる男性はいまい。
「だったら今朝水揚げされた海産物をその場で食べられるところがあるよ。ここからそう遠くない。メーター3つ位かな」
上機嫌で教えてくれる運転手。
「じゃ、お願いしまーす」
はいよと威勢の良い声にタクシーのドアが開く。
「ようこそ八戸へ」
乗り込む私達に運転手が声を掛けてくる。
「…と言いたいところだけど、最近はヤマセで霧が酷くってねぇ。ひと月近くもこの調子なんですよ」
そうなんですかと適当に相槌を打つ二人。
「そのせいか町の人達もねぇ。活気が無いってぇの?何かどんよりしちまっててね。観光客は近頃増えたんだけど…どこか変ってぇのかね。無気力な顔した人達ばっかりでさぁ。お客さん達みたいな元気な人は久しぶりだよ――っと、こんな事ぁお客さんに言う事じゃないよね」
と笑ってみせる運転手。話好きなのは確かなようだ。この運転手ならば市内の情報を聞き出すには最適だろう。そのまま他愛も無い会話を続けているうちに車が停まった。目的の市場に到着したようだ。
「すいません、私達この後も市内を回りたいんですけど、よろしければ…」
小鳥遊の誘いに対し食い気味に応じる運転手。
「あ!だったら私、そこの駐車場で一休みしてるから。もし良かったら声かけて!」
「本当ですか?じゃあ腹ごしらえしたら声かけさせてもらいますー」
「楽しんできてくださいねー」
わざわざ車を降りてホクホク顔で小さく手を振るタクシー運転手。
「話好きな運転手さんで良かったですね」
素直な感想を述べる若葉に得意げの小鳥遊が応じる。
「刑事の観察眼なめんなってのよ」
「あの一瞬で見抜いたんですか?会話好きな人だって。凄いですね」
「もっと褒めていいよ」
「遠慮しときまーす」
巨大な市場の中に入って先ず目に飛び込んだのは、巨大な魚。泡を吹くカニ。貝をパカパカさせる帆立。様々な海鮮達が二人を出迎えた。鑑賞するだけの水族館とは違い“これが食える”という食欲スイッチが二人の胃袋を刺激する。
「こういう所って初めてです…なんかテンション上がりますね」
その言葉とは裏腹に真剣な顔で海産物たちへと目を向ける若葉。
「おっ!七厘村だって!このエリアで焼いて食えるんだ!若葉ちゃんカニ探そ!カニ!おぉ!ご飯を買えば海鮮丼が自作出来るんだって!マグロ山盛りにしちゃる!」
新鮮な海産物を前に大はしゃぎの小鳥遊。
居並ぶ店々をぐるりと回り、金に物を言わせた豪華山盛り海鮮丼やら焼きたての海鮮を、その迫力ある美貌と豪快な食べっぷりで周囲を驚かせながら平らげる小鳥遊と若葉だった。
「さて、観光しながら怪しい場所でも聞き出しましょうかね」
大食いバトル会場跡地かと錯覚しそうなテーブルで小鳥遊が若葉に言った。
「聞き込み捜査は大丈夫ですよ。調べるべき場所の見当はつきましたから」
だが若葉は腰掛けたままでのんびりと自らの式神、サンの頭を撫でて寛いだままである。
「マジで。安楽椅子探偵みたいじゃん」
「調べるべきは海岸もしくは漁港、それに関連する施設だと思います」
「なんで?」
「ここの海鮮、ちょっとですけど全部穢れてましたから」
「マジ!?ちょっと早く言ってよ食べちゃったよ?!とんでもない量食べちゃったよ?」
「大丈夫ですよ。この程度の穢れなら、サンと天色が近付いただけで浄化されちゃいますから。何食べようかって回っているうちにこの施設内の食品も人も浄化し終わっています」
「…マジ?」
「お露が信じないでぷ」
二人の会話にツッコミを入れながら、天色が小鳥遊の肩をよじ登る。旅仕様なのかオレンジ色のポシェットを肩?から提げている。
「いやいや違うの。何か、本当に若葉ちゃんって陰陽師なんだなって思ったからさ」
「たしかにお露さんの前でそれっぽい事、してませんからね……って天色作ってあげてるじゃないですか」
「お露が忘れてるでぷ」
さらに攻める天色。
「この子は私がお腹を痛めて産んだ子よ!信じて!」
「彼氏である物部さんはカワウソである、ということで宜しいですね」
「ごめんなさいケーキ屋の女中さんだとばかり思ってましたてへぺろ」
「格好いい女性って“てへぺろ”がそこまで似合わないものなんですねぇ(笑」
「くっそ何今の“かっこわら”って!なんかイラっとするー」
いつの間にか楽しそうに笑いあっている2人。
「つまり“ブラッド”という穢れた薬物の出元と思われる町では海産物が穢されていた。関連性を探ってみようって事ね」
「そういう事です」