血の呼び声 03
「って事になったのよ、あの後ぉ」
心ここに在らずとなった峰刑事を署に送り届け、小鳥遊刑事は『タタリアン』へと足を向けていた。
「で、(※)SAN値ガリガリ削られた相手に事務手続きとかぶん投げてきたんですか?」
(※=クトゥルフTRPGにおいてキャラの精神安定度を示す数値。 異形を見たり怪異に遭遇することで低下し、その数値が下がるに従い正常な理性を失い最後には発狂してしまう)
駆けつけ三杯ならぬ駆けつけ3切れといった様子で糖分を摂取する小鳥遊に若葉が聞く。
「うん」
「うわ鬼だ」
あっさりと言い切る小鳥遊に若葉が引いている。
「裏を知ってるから余計に報告書とか書きにくいのよ。もう峰さんに全部ほっぽり投げて来たもんね」
そう言って4つ目の苺ショートを頬張る小鳥遊。
「私が絡むと特殊案件になるからって2課の連中から1課のダナ・スカリーって言われちゃったわよ、まったくもう」
「…誰ですか?それ」
「分からんかっ!世代かっ!世代なのかこのやろー!」
隣に立ってポカンとしている若葉に八つ当たりの猫パンチを見舞う小鳥遊。
「で?その抜け首はどうしたんだ?」
それがどうしたといった様子でこんぺいが軽い口調で尋ねる。この者達にとっては首が抜け出て襲い掛かる程度であれば日常の範疇で済む出来事なのだ。
「天色が尻尾でぺしっと撃退してくれたわ」
小鳥遊が落ち着いて答える。その小鳥遊の肩の上では式神の天色が仁王立ちになって尻尾をブンブン振ってエッヘンと大威張りである。
「穢れていたけど勿怪に成ってはいなかったでぷ。人間でも穢れていれば打撃は通るでぷ」
「よくやったね、偉いね天色」
褒めて欲しいのだなと察した若葉が天色の頭を撫でる。天色は嬉しそうに若葉の手へと自分の頬を摺り寄せていた。
その様子を微笑ましいと見遣り、顎先をさすりながら相志が言った。
「しかし穢れを広めるだけが目的なら、このような手間をかけず無差別同時テロ的な行動を起こせばいいだけです。意図的に速度を制限しながら静かに拡大を図る……これはな」
相志の言葉を遮って天色が声を上げた。
「何者かの陰謀が隠されているのでぷ!」
狙ってたんだな、と皆が視線を向ける中で有頂天の天色。
「ちなみに、最期そいつね、『それ八戸までいかないと手に入らないのに…』って言い残して息を引き取ったわ」
小鳥遊の言葉に相志が返す。
「では八戸に行けば『ブラッド』の手掛かりも得られるでしょうね」
「ちなみに八戸ってどこ?」
自分で調べようという気の無い小鳥遊に、サンが丁寧に返答した。
「A県の太平洋側にある市ですね。北東北最大の港がある町だそうです」
「さすがサンちゃん賢いね」
「いえ、ママがスマホで調べたのを読みあげているだけです」
サンを肩に乗せ、スマホを構えた若葉がエヘヘと笑っている。
「正直だね」
「港町特有の開けた感じはありますが人間性は内向的な地方都市で、大きな漁港で水揚げされる魚が美味しい町ですよ。漁師相手の飲み屋が多いという感じですね」
相志が追加情報を伝えてくる。
「詳しいんですね」
それに感心するように若葉が声をあげると、相志が昔を懐かしむように言った。
「幼少の頃、少しの間滞在したことがあるんです。田舎ですからそれほど変わってないと思いますど」
「だったら――決まりだな」
途中から静かにしていたこんぺいだったが天井を見上げ、常に天井にへばりつき、物部への連絡係となっている物部の式神、蜘蛛の陵王へと声を掛けた。
「って訳だ。勝比呼、聞いてるな?以後この件は葛葉の仕事として動く。若葉ちゃんとお露を現地に向かわせるぞ」
「「えぇっ?!」」
突然名前が挙げられて驚く二人であったが、若葉はすぐさま了承する事が出来た。こんぺいがそう言ったという事は、つまり頭首である紫苑がそう決めてこんぺいに伝えた、という事なのだ、と理解していたからだ。
「若葉ちゃんもいっぱしの“葛葉の陰陽師”なんだ。しっかり黒幕の陰謀を阻止して来い。若葉ちゃんに『はじめてのおつかい』だ」
「おつかいの難易度がルナティックなんですけど」
「サンと天色っつーダブルチート持ちが何言ってやがる。余裕で無双できんだろ」
「絶対そうならない予感しかしないんですけど…でも、頑張るしかないですよね」
と気合を絞り出す若葉。
「アタシも行かなきゃダメ?」
と若葉の横で被害者面の小鳥遊。
「当然だ。いくら『葛葉の陰陽師』といえど一般市民の皆様はご存じないだろ?そういう世間一般市民の露払い役として公的権力の番人、刑事が付き添った方が何かと動きやすいだろ」
「あぁ。それは納得」
「それに俺達ぁ霊的なモノなら無双出来るが、物理攻撃には通用しねぇからな。若葉ちゃんを守る腕の立つ護衛が必要なんだ」
「うん。それならゴリラ相手でも自信あるわ。こう見えて合気道の有段者なんだから」
「キッチンなら負け知らずなあの人の技ですね」
「…何のネタ?」
きょとんとした顔の小鳥遊。
「マジですか…」
肩を落とし落胆する若葉。
「ちなみに経費は全て四方院が持つ。相志」
こんぺいが相志へと声を掛けると、相志はいつのまにか厚く膨らんだ封筒を携え立っていた。
「って準備してたか。さすがはデキるメイドさんだ」
「茶化すな――では若葉さん、とりあえずこれを」
はい、と厚めの封筒を差し出す相志。若葉はそれを受け取り中身を覗いた。
「現金の方が何かと頼りになりますから。足りなくなったらまたお渡ししますので」
封筒の中には帯封の付いた札束が2つ入っていた。
「遠慮なく受け取ってください。急な任務に即応できるよう四方院が準備しているお金ですから」
わかりました、と受け取りながら若葉は『入れるお財布どうしよう』と悩んでいた。
「りょ」
「領収書は要らねぇぞ」
小鳥遊が言おうとした言葉に被せてこんぺいが言う。
「使い込むよ?美味しいの食べまくるよ?」
「いっそ潔いな。おぉ食いまくれ。後悔したまま死にたくねぇだろ」
「こんぺいちゃんちょっとそれ酷くない?」
「その金額にはそういう意味合いもあるって事だ」
「危険手当込みって事ね。了解したわ」
サラリと受け入れる小鳥遊に若葉が驚きを隠せず質問した。
「そんなアッサリといいんですか?危険度は段違いですよ?」
心配の眼差しを自分に向けてくる若葉に対し、フフンと鼻息も荒く答える小鳥遊。
「自分で持ち込んだ事件なんだから、はいさよならと言われたって引き下がんないよ?」
その言葉に若葉は、
「そういう人だったの忘れてました」
と小さく笑った。
「そういう事だからよろしくね、若葉ちゃん」
「はいっ!宜しくお願いしますお露さん!」
そこまで言うと若葉、大事な事を思い出したようにはっとして、そしてゆっくりとこんぺいへと向き直り、
「ちなみに紫苑さんは……」
と聞くとこんぺいはニコリと笑い答えた。
「姐さんなら『ラスボス前には起こして下さい』だってよ」
その言葉に若葉は、紫苑が自分を信じてくれているのだと理解した。また『手に負えないと判断した場合は手を貸す』とも言ってくれたのだと判断し、腹を括った。
「では、飯綱若葉、『葛葉』の陰陽師として任務に当たらせて頂きます」
背筋を伸ばし、こんぺいに頭を下げる若葉。
「頼んだぜ、若葉ちゃん」
その一つ目に期待を乗せて若葉を見つめるこんぺい。その奥では紫苑も同じ思いを若葉へと向けているのであろう事が容易に想像できる。
「じゃあ私は若葉ちゃんの護衛として、東北の美味しい料理を堪能してきます」
若葉の横で小鳥遊も背筋を伸ばし敬礼しながら言った。
「欲望に正直だな」
こんぺいのツッコミにニコリと笑う小鳥遊。
「みなさん、ご武運を」
そんな二人を真剣な面持ちで見つめながら相志が言う。
だがそのキリリとした眼差しが若葉と小鳥遊の眩暈を誘い『危険物取扱注意』としての格をさらに上げる事となったのは知る由もない。
こうして葛葉の陰陽師、飯綱若葉とその護衛の刑事、小鳥遊露草の二人は、穢れた薬液『ブラッド』の謎を探るため、旅立つことになった。




