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血の呼び声 01

 人通りも多い日中の繁華街。だが路地を一本曲がれば途端に人の流れは疎らになり、行きかう人の種類も様変わりする。そんな裏路地での殺人事件だった。


 被害者は鼻から下、下顎部をまるごと吹き飛ばされるという、シンプルかつ異常な方法で殺害されていた。ゴリラかプレデターに殴られでもしなければこうはなるまい。だがこの事件、被害者も加害者も人間であり、加害者は駆けつけた警官によってその場で確保されている。


 現行犯逮捕されたのは駒田まさこ、34歳女性。

 被害者である40代男性の下顎部を自らの右手首諸共吹き飛ばし、閉じたシャッターに叩き付けられた被害者の遺体と自分の欠けた右腕を交互に眺めている所を、通報を受け駆け付けた警察官によって逮捕されている。

 女性は病院に運ばれ治療を受けることになったが、治療後の精神状態も至極落ち着いており、拘束具を着用しての聴取は可能と判断された。相手が女性である事への配慮として、聴取は1課の小鳥遊刑事が担当となり2課所属の中年女性、峰刑事が補佐として付くことになった。


 高い位置に填め込まれた鉄格子付きの細い窓。それ以外何も無い室内にベッドが置かれ、容疑者はその上で穏やかに胸を上下させている。暴れたり独り言を離している様子もない。

 扉の小窓から室内の状態を直に確認し、重い病室の扉をゆっくりと開ける小鳥遊。その後に峰が続く。

「駒田まさこさんね?」

小鳥遊が静かに声を掛けると、拘束具で身動きの取れない中で目玉だけをぎろりと動かし、 

「はい」

と機械的に駒田が返答した。

「何があったのか、教えてくれる?」

ベッドからは距離を取った上で優しく尋ねる小鳥遊に対し、駒田は静かに話し出した。


「私はアレをただの健康ドリンクと思って宣伝と仲介をしていただけなの」

まるで他人事を話すかのように落ち着いた口調で話す駒田に、小鳥遊は違和感を感じた。

「今日だってそう。『飲んでみたい』って連絡をくれたフォロワーさんにドリンクを渡していただけ。お金儲けなんて考えてなかった。なのにあの人が『あんたが売人か』とか『シマを荒らすな』とか絡んできて…まるで私が悪い事をしているみたいに言ってきて、私の手を掴むとそのまま連れて行こうとしたんです。なので振りほどいて、頬を――」

駒田はそう言って穏やかな表情のままで天井を見つめていたが、そのまますうっと小鳥遊の方へと顔を向け、変わらぬ口調で、

「助けて下さい、刑事さん」

と助けを請うてきた。

「落ち着いている事が理解出来ないんです。自分の手首が無くなっても、ひと一人を殺してしまっても動揺するどころか、まるで心だけが深い海の底に沈んだように静かなんです。それが理性的に――」


 こわいんです。


「不気味でしたね。心と知性のバランスがまるでちぐはぐになってた」

署に戻る車の中で、ハンドルを握る小鳥遊が呟くように言った。

「小鳥遊さんこの件ってね、現在2課で追っている薬物に関係していると思うのよ」

助手席に座るのは2課所属のベテラン枠に入る女性、峰刑事である。

「殺されたのは違法薬物の売人だったようだしね」

小鳥遊がそう返すと、

「いや違うのよ。最近ね、『ブラッド』っていう新型が出回り始めてるの」

と、まるで近くのスーパーで発売になった新商品を語るように峰刑事が語り出す。

「彼女はその『ブラッド』の常習者よ」

峰刑事は目をキラリと輝かせている。

「詳しく教えてもらえる?」

「暗赤色の粉末で、使用すると鎮静、そして桁外れの怪力を発揮するみたい。厄介な事にキメた後でも血液検査も尿検査にも引っ掛かからず、その上まるで水素水と同列にSNSで扱われ始めてる」

「キワモノ健康商品枠で新型麻薬が出回ってるの?」

小鳥遊の質問に峰は首を横に振った。

「現物を押さえた訳じゃないからまだ麻薬と呼んでいい代物なのかも分からないんだけどね」

「どゆこと?」

専門外の事なので小鳥遊もイマイチ理解が追い付かない。

「例えば脱法ドラッグっていうのは殺虫剤とかスプレー缶の中身を適当にコネコネしたモノなんだけど、その問題の『ブラッド』は法律で規制された違法薬物が原料なのか、化学物質のちゃんぽんなのか、それさえも分かっていないの」

現存の法規制に触れるものか否か、という事かと理解した上で更に尋ねる小鳥遊。

「でも従来の違法薬物を遥かに凌ぐ危険な代物には変わりないんでしょ?」

その質問に峰は頷いて答えた。

「そう。自分の手が砕けるまでの力を発揮させるなんて危険極まりない。だから私達2課は『ブラッド』の現物を何としても押さえたいのよ」

「だったらサクラを使って買えばいいんじゃないの?」

「それがねぇ?成功しないのよー」

まるで夫のだらしなさを愚痴る主婦の口調だ、と思いながら小鳥遊が聞く。

「どうして?」

「取引直前でブロックされちゃうの。若者ぶっても中の人がおっさんだから怪しく思われてるのかもしれないけど」

「そりゃ致命的だわ」

峰の回答に溜息で返す小鳥遊。

「何処から流れてくるのか目星って付いてるの?」

「それも全く掴めていないの。既存の密売業者からも敵視されてる以上、全く新しい取引ルートなのかもしれない。あまりに謎過ぎて『国内生産なんじゃないか』って考えてる捜査員もいる位よ」

麻薬の国内生産、国内販売の体制が整っている――考えたくはない答えではあるが、有り得ない。そもそも海外の業者がそれを容認する訳が無い。

「まっさかぁー」

「そうよねー」

小鳥遊と峰、二人の乾いた笑いが車内にこだまする。

「なんて笑ってる場合じゃないのよ。1課でも気を付けてね。犯人は怪人ゴリラ男って時が来るかもだから」

峰が冗談交じりで注意を促してくる。

「ゴリラの数なら負けてないから大丈夫よ」

小鳥遊の言葉に峰が納得の声を上げる。“小夜鳴の1課は()()()()”と有名なのだ。

「家宅捜索って終わったかな?」

「2課で終わったはずだけど、なんなら行ってみる?」

何気ない小鳥遊の言葉から意図を汲んだ峰。こうして2人は容疑者の自宅に向かう事になった。


 築3年。見栄えが良く清潔感のあるアパート。女性受けしそうな物件だ。


 鍵を開け中に踏み入ると、うっすらと魚の傷んだような臭いが漂っていた。だが台所もリビングも小綺麗にされている。冷蔵庫に生魚でも放置されていたのだろうか。我慢出来ない訳ではないが気になって仕方が無い。

「何か、魚くさくない?」

「そお?気にならないけど」

自分が敏感になっているだけなのだろうか。

「ここの中身もチェックしてあるの?」

小鳥遊は冷蔵庫の前に立って峰に尋ねた。

「勿論よ。水に溶かしてあとで取り出すって隠し方もあるからね。そういうのを調べる試験紙があって、それぞれが違法薬物や向精神薬に反応するようになってるの。けど『ブラッド』の場合は水に溶かすと赤色に変わるらしいから、一目瞭然らしいわ」

「どこ情報?」

「彼女のSNSとか色々」

危険な代物だと知らずに紹介動画をUPしまくっていたらしい。インフルエンサーを名乗るのもひと苦労なのだなと感じながら、おもむろに冷蔵庫を開けてみる小鳥遊。

 冷蔵庫の中にはケチャップ、マヨネーズ、麦茶、納豆のパック。調味料が数点入っているのみで魚はおろか食材は何も入っていなかった。

「料理動画はUPしてないみたいね。殆ど空っぽだわ」

しかし、ならばこの臭いは何処からきているのだろうか。


 小鳥遊が冷蔵庫を閉じようとした時、今まで大人しく小鳥遊刑事の肩に乗っていたコツメカワウソの姿をした式神『天色』が口を開いた。

「ちょっと待つでぷ」

「ん?」

天色は肩の上から冷蔵庫の中へ飛び移り、小さな『みりん風調味料』の小瓶を手で示しながら言った。


「これ、穢れてるでぷ」

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