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6-4 しょうけら

「次のニュースです。小夜鳴市のMK病院が事実上の経営破綻した事を受け、地域最大規模を持つ菅公総合病院がこれを吸収する形で医療業務を継続させることを発表しました。これはコロナウイルスのクラスター隠蔽が発覚し、理事長である石川隆一院長が死亡したことにより、経営の存続が危ぶまれていたMK病院の業務を菅公総合病院が経営母体となって引き継ぐ形となります。菅公総合病院には引き続き地域医療体制の安定化への貢献を望む声が――」


「後始末っていうのはこういう事だったんですね」

「例え経営者が屑でも、患者と職員を放り出すわけにはいかねぇからな」

相志さんロスで客足が遠退いた『タタリアン』の厨房でこんぺいさんとテレビのニュースを見ながらお茶を飲んでいます。

 サンとクロちゃんは私の隠れ里『3月8日の道』へ遊びに行っています。もしかしたら羽黒さんも一緒に遊んでいたりするのでしょうか。

「これであの病院も真っ当な経営になるし待遇も良くなるしで、あのおねいさんもほっとしているだろうよ」

安心したようにこんぺいさんが零す。

「好みどストライクだったんですね」

「そういう訳じゃねぇけどやっぱ気になるじゃねぇか。関わった以上はよ」

「ふーん」

「あ、疑ってやがるな」

「疑ってませんよ。こんぺいさんって優しいですし。スケベだけど」

「最後が余計だな。そこはナイスガイって」

そこで絶妙なタイミングでドアベルがからりんと来客を告げてきました。

「あっお客さんだ」


 店先に出ると、そこには一人の小柄なおじいさんがちょこんと立っていました。

 つっかけサンダルに毛玉いっぱいのスエット。ヨレヨレで煤けたドクターコートという典型的な町の老医師という外見です。

「すまんが適当にケーキを3つ見繕ってくれ」

手慣れた注文を丁寧に承り、定番の苺ショート、コーヒー味のビスケットとキャラメルクリームが層になったキャラメル・サレ、モンブランの3つを箱に詰めていると、後ろからこんぺいさんの声が聞こえました。

「お、ヤブ医者じゃねぇか久しぶりだな」

「えっ?」

思わず後ろを振り返る。

「お前もまだ消されずにいやがったかエロ金魚。姫ちゃんは相変わらずみてぇだな」

「えっ?」

思わず正面に向き直る。姫ちゃん?

「若葉ちゃんこいつはな、真慶(さねよし)っつうとんでもねぇヤブ医者な上に四方院南の司“菅原”の元頭首でな。姐さんが小さな頃から世話になってるエロジジイだ」

そんな私の様子を見てこんぺいさんがサラリと教えてくれました。元頭首、という事はご隠居さん、といったところでしょうか。紫苑さんの事を“姫ちゃん”と呼ぶ事から長い付き合いなのだろう事が伺えます。


「あっ、お初にお目にかかります。私、紫苑さんの弟子で飯綱若葉と申します」

自己紹介すると私を上から下からジロジロと眺める真慶さん。品定めってところでしょうか。

「お前さんが姫ちゃんの弟子か…」

と興味ありげな眼差しで私をジーっと見続け、

「にしちゃあ地味だな」

残念そうな溜息を一つ漏らして言いました。

「紫苑さんが綺麗過ぎるんです。薔薇と南瓜を比較されても困ります」

近頃は私も負けずに言えるようになってきました。それを聞いて真慶さんは「それもそうだな」と言いヒヒヒとしゃくりあげるように笑っていました。

「なかなかどうして、サマになってるじゃねぇか。流石は“宝船”を呼び出した陰陽師だ。それなりに肝は座ってるって訳か」

「おおよ。足りないのは胸と脚と顔だけだ」

「こんぺいさんそれ援護射撃が誤射になってます」

思わぬ被弾に眉をひそめていると、今度は思ってもみなかった方角から援軍がやってきた。

「お前ぇはまだ女を見る目が無ぇな金魚ぉ。女ってぇのは生まれた姿そのままを愛でてこそなんだぜ?」

まさかの真慶さんからの援護でした。

「もっと言ってやってください」

「だから儂に生まれたままの姿を拝ませてくれたらもっと高評価してやるぞ」

「前言撤回です。とっとと帰ってくださいスケベジジイ」

「儂なら胸も脚も顔も好きなように変えてやれるぞ」

「なんでそんなキリッとした顔して最初の発言翻す最低発言しますかね」

すると真慶さんとこんぺいさんが一緒になって『だってー』みたいな顔をしていやがります。

「やっぱり遊ぶなら見た目重視だよな真慶ぃー」

「おうよ!夫婦になる訳じゃねぇんなら見た目全振りで何が悪い!」

揃ってガハハと笑いあうお二人…成程こんぺいさんの悪い遊び仲間だったって事なのですね。


「そりゃそうと何しに来たよ?わざわざウチの可愛い若葉ちゃんを揶揄いに来た訳じゃねぇだろ。あれか?闇営業がバレて病院に居られなくなったか」

からかう様に金平さんが言う。

「なんですかそれ?臓器とか売り捌いてんですか?」

私もそれに乗ってみた。

「儂がやるのは摘出だけだな」

しかし『それが何か』という様子で応じる真慶さん。

「マジですか?」

「マジで」

思わず素で応じてしまうと真慶さんも合わせて返してきた。

「あぁ若葉ちゃんこいつな、菅原を引退して今は繁華街で闇医者してんのよ」

リアルで闇医者とか初めて聞きました。呆けるように真慶さんを見ていると、

「確かにウチは健康保険を使わねぇ病院だから闇医者だわなぁ」

そう言って当の真慶さんは笑っていました。

「色々とワケありの連中を道楽で診察してんのよ」

口は悪いしスケベだけど根は善人なのだろうか。

「金の無ぇ相手からは診察費も薬代も取ってねぇんだぜ?」

こんぺいさんが教えてくれた。しかも無償でときた。きっと損得関係無しで困っている人を助けている素晴らしい人なのかも。

「道楽で金取る訳にはいかねぇだろ?」

照れる様子も悪びれる素振りも無い。道楽で患者さんを治療しているというのかこの人は。

「ただな、コイツ不器用なんだよ」

隠そうともしない真慶さん

「薄汚ぇ連中からの依頼ってのは大抵切ったり取ったり縫ったりだし、場所柄妊娠中絶も多く舞い込むんだがよ…苦手なんだよそういうのはよ。助手も居ねぇからミスも多いしよ。でも相手も表立って訴えられる立場じゃねぇし、殴り込んできたところで返り討ちだからなやりたい放題なのよ」

…うん。こんな時どんな返事してよいのか分からないの。とりあえず本当の意味で道楽だという事はよく分かりました。


 そんな私をよそに、真慶さんが手に提げたケーキの箱を見たこんぺいさんがからかう様に言います。

「そのケーキは馴染のお姉ちゃんの店に行く手土産か?」

「なんでぇ金魚。お前もおっぱい祭に参加してぇのか?」

どんな祭なのかは大体想像がつくので言及はしません。

「俺はここで若葉ちゃんとイチャイチャしてる方が楽しいんでな。遠慮しとくぜ」

この二人も付き合いが長いのだろうな。こんぺいさんも楽しそうです。

「イチャついてるんじゃなくてセクハラされてるだけです」

私の返事にこんぺいさんと真慶さんが笑っている。

「残念だが儂が食うんだよ。近頃は花房が『女遊びなんて歳を考えろ』ってうるせぇんだ」

「花房?」

首を傾げる私にこんぺいさんが教えてくれました。

「菅原んとこの方相氏で示現流の使い手だ」

「ほぉ…示現流ですか。それはそれは」

私がつい目を輝かせてニヤついてしまうと、こんぺいさんがノッてきた。

「お、若葉ちゃん()()()()()も好きか?ちなみに物部んとこはな」

ばっと手をかざしてこんぺいさんがそれ以上話すのをせき止める。

「待って!ここはやっぱり……新陰流ですか?」

「着眼点は良い――だが残念。鹿島神流だ」

「そっちかぁー!」

「つっても他に表現が無いだけで“その元になった武術”なんだがな」

「おぉ…今度見せて貰いに行こっかな」

「若ぇ癖に妙な事が好きなんだな若葉ちゃんは」

そんなやりとりを生暖かく見つめる真慶さん。目を丸くしてこちらを見つめていました。

「こうみえて中にオッサン入ってんだぜ」

「着ぐるみじゃありませんっ」

「背中のブラホック外すとおっさんがポロリすんだよな」

「ポロリするのはささやかな希望ですっ」

「それパンドラの箱って言わねぇか?」

「お披露目する予定はないのである意味正解です」

そんな私達のやり取りを「確かにこいつぁ楽しそうだな金魚よ」と笑う真慶さん。


「ところで相志だがよ。今週の土曜には退院させるぜ」

急に話を別方向に持って行きました。というかこれが本来の目的だったのだろう。

「本当ですか!?」

先のダーレスとの戦いで右腕を食い千切られた相志さん。菅原直轄の病院である菅公総合病院の陰陽師関係者専門病棟“日照院”へ入院となったのですが、そこで“新しい腕を生やす”治療術を受けていたのです――紫苑さんには内緒で。

 ようやく紫苑さんとこんぺいさんの暴走を止められる人が返ってくる。相志さんには悪いけれど、これでようやく肩の荷が下ります。

「随分早ぇな。腕はちゃんと使えんだろうな?」

さっきまでとは違いこんぺいさんは真面目な反応だ。

「医術はヤブでも陰陽術の腕は落ちちゃいねぇよ。新品ちゃあんと生やしてるぜ」

新品の腕かぁ…まさかなぁ、と考えていると真慶さんにその不安を言い当てられてしまいました。

「心配そうだな?別に化物みてぇな腕ぇ着けちゃあいねぇからよ。儂としちゃあもうちょっと派手なのを付けて欲しかったんだが、相志のフィジカルと相まって相当凶悪になってるぜ。見た目はちゃんと普通だが、何を付けたかはお楽しみって奴だ。まぁ心配すんな」

そこまで言って真慶さんは「じゃあな伝えたぜ」とお店を後にしようとして、

「あ、それとこんぺい」

背を向け顔を少しこちらに向けたままでこんぺいさんの名を呼びました。

「なんだ」

「姫ちゃんが起きたら“今度は後始末じゃなく最初から噛ませろっておじいちゃんが言ってた”って伝えといてくれ」

そしてニカリと笑っています。()()()()()()の部分だけイントネーションがカワイイのは言及しても良いのでしょうか。

「死に損ないがそう言ってたって伝えとくぜ」

こんぺいさんの返答にニカリと笑う真慶さん。私にも声を掛けてきました。

「ほんじゃあな若葉ちゃん、もし巨乳やスラッとした足と交換したくなったらその時は声掛けてくれや」

「ロケットパンチ撃てるようになるなら考えます」

即答してやった。そんなに巨乳がいいのか男ってぇのは。

 しかし真慶さんは、あ―…と言ってポカンとして、というか…なんでそんな『目からウロコ』な顔してんですか。

「そっち系は取り扱って無かったが…いや面白ぇな。よし分かった。じゃあ開発出来たら声かけるからよ、その時はモルモット頼むぜ」

そう言い残して颯爽と『タタリアン』を後にされました。


 ドアベルが真慶さんの退店を告げてしばらくして、私は急に不安になって、こんぺいさんに聞いてみました。

「…冗談ですよね?」

けどこんぺいさんは真面目な表情で、

「いや多分マジだ。あぁ見えてイカれ具合は常にクライマックスだからな」

と物騒な回答を下さいました。

「閃いた!って顔してましたもんね」

「まぁ…陰陽術じゃあ『ロケットパンチ』は無理だろ……多分」

「そういえば真慶さん、次は一枚噛ませろ的な事を仰ってましたけど、菅原って医療と建築ですよね?葛葉と組んで何かメリットがあるんですか?」

「南の司としての旨みは無ぇな。けどあいつ個人としてなら美味しい話の筈だ」

「個人?」

「モルモットやら人柱素材としての意味合いな。エロオヤジの面してその実、姐さんと比肩するレベルでマッドだぞ」

「マジですか」

「四方院西の司、葛葉ってのは本来祟り屋の他に、存在するだけで周囲に危険をバラまくような呪われた品物、通称“呪塊”を管理するっていう仕事もあるんだがな」

「はい」

「姐さんにそれが出来ると」

「思いません」

「だろ?だから葛葉が管理を委託しているんだよ。“南の司”にではなく真慶個人にな」

「ふんふん」

「で、奴はその呪われた品物を自分の研究材料として有効的に活用してんだよ」

「…余計に危険な香りするのは気のせいですか」

「奴がまだ現役の頃、奴はさる貴人の墓にかけられていた死の呪いを改造して作り出した、通称ゾンビウイルスを実際に使って、食人の習慣が残る寒村を10分で壊滅させてる。しかもゾンビ化した村人は幼児に至るまで大事に保管してあって、それをまだ幼い姐さんに見物させてんだ」

「幼い頃って、それはさすがに紫苑さんも…」

「動物園のパンダを見るように目を輝かせて見てたな」

「筋金入りですね」

なるほど紫苑さんと真慶さんは共通項が多いという事なのか。

「それはそうと、相志さんは大丈夫なんでしょうか…?」

「医者じゃねぇ方の腕は確かだから心配するな。それに人体欠損を補える術を使える陰陽師は奴一人しかいねぇんだ。どのみち任せるしか無ぇのさ」

次回は幕間。相志のサービス回。

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