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5-2 ティンダロスの猟犬

ちょいと短め

「では『咎の辻』まで移動しますね」

以前、私に陰陽師としての心得と細やかな指導をしてくださった、先生ともいえる存在である夢見さん直伝の『隠れ里』を速やかに移動する方法――目的地を目の裏に思い描き、その場所をつまんで引き寄せる技術で一気に『咎の辻』へと移動した。

 そして誰に言われるまでも無く祟りの準備に取り掛かる羽黒さん。

「羽黒、『画図百鬼夜行 前篇 風』の用意を」

「畏まりました。全て恙無く準備するので御座います」

そしてテキパキを支度を整え、その白く細い腕で恭しく骨鈴を紫苑さんへと捧げる羽黒さん。

「紫苑様、骨鈴をお持ちしたので御座います」

「ご苦労。下がってよい」

「勿体ないお言葉で御座います」

羽黒さんが平伏する程に頭を下げながら後ろへ下がる。あぁやって雑に扱われたかったんだなぁ…。


 そして紫苑さんが辻の中央に配置されたろうそくの円陣の前に立ちました。


 骨鈴を構えゆっくりと鳴らし始めると、からからと寂しく乾いた音が舞い散る桜吹雪の合間を広がってゆきます。


「双盃の左 塵玉の右 天を地と成す 逆撫の社」

唱えながら、左足の草履をたんたんと踏み鳴らす。

右手を胸の前で握り、人差し指と中指を立て、印を結ぶ。


「黄幡の御座は地に伏して 歳破の兵主は我が前に集う」


 その言葉に応じるように、四辻の暗がりから『辻神』が集まりだします。

 辻神達は蠟燭の囲いを今にでも踏み越えそうなほどに、その足をじりじりと地面に擦り付けています。


「逢魔が時より出るモノ

 誰そ彼に横たわる形無き理の貌よ来たれ

 絵姿に寄りてここに現れよ

 怨みを糧に踊り出で怪異きを為せ」


 円の中に置いた『画図百鬼夜行 前篇 風』の頁がパラパラとひとりでにめくれてゆき、やがてピタリと止まった。


 手入れの行き届いた草木。屋根にぶら下がる釣鐘。寺の敷地だろうか。

 其処に。異形が在る。

 肉の塊に小さな瘤の様な短い手や足。表面の皮は弛んで皺になっているが干乾びては居らず、寧ろ瑞々しい。

 人と呼ぶには多々足りず。

 怪と呼ぶにも多々足りず。

 在るのは肉塊。そして手と足らしきもの。

 そんな“よく分からないもの”が歩いている。その理由も。何故歩くのかもよく分からないままで歩いている。

 だが不吉としか思えないそれはやはり――勿怪(もののけ)と呼ぶしかない。


 そんな絵が、描かれている。


 紫苑さんは狩衣の胸元に右手を差し込んだ。抜き出された指の間には無垢の形代がある。

「怪威招来――ぬっぺふほふ!」

その言葉と共に、紫苑さんが円の中に形代を飛ばし入れた。

 すると、呼応するように黒い足首、『辻神』達も囲いの中へ我先にと足を踏み入れてゆく。

 途端、辻神達が血の付いた形代へと渦を巻いて吸い込まれていった。そして全ての辻神が吸い込まれた途端、円を作るように置いていた蝋燭の火が火柱となって吹き上がった。そしてそれは渦を巻き、巨大な焔の竜巻と化した。


 炎熱と轟音が掻き消え、煙と土埃が残された『咎の辻』に何かがいる。


 弛んだ肌色の塊。そう表現するしかない姿をしていた。

 プスー、プスーと音がする。呼吸音だろうか。

 その音に合わせて僅かにぷくうと膨らんだり縮んだりしている。


「紫苑さん、これって…何なんですか?」

「これは『ぬっぺふほふ』。かの家康公が駿府城で遭遇したと言われる妖怪です。他には死体の脂を啜るとも、死体の腐肉が化けて出た、とも言われますし、土の中を移動する肉の塊であり祟り神、大歳とも同一視されます。つまり、()()()()()()()()()()()なものです」

そこまで言うと紫苑さんはぬっぺふほふに歩み寄り、しゃがみ込んで抱きかかえると、

「若葉さん、小鳥遊さん、髪の毛を一本抜いて、この子の中に突っ込んで下さい」

と頭頂部?てっぺん?をペタペタしながら言いました。ヤバい祟り神も紫苑さんにかかれば愛玩動物の扱いです。

「中にって…このぬっぺふの中に?」

「はい。髪の毛を持って、豆腐に手を突っ込むようにずぶっと」

「豆腐に手を突っ込んだ経験は無いですが…これに、ですか…」

紫苑さんが抱きかかえているのだから汚くは無いのだろうけれど。正直引きます。絶対気持ち悪いよね。でも嫌だとは言えません。

 恐る恐る掌で触れてみる。人の肌に触れているみたい。少しだけ温かいが、それがまた気持ち悪い。脂ぎっている訳ではなく、濡れている訳でもないが艶々している。毛は一切生えていない。

 皺を掴んでぷるぷる揺すってみると、弛んだ皮であるのがよく分かる。

 …見様によってはちょっと可愛い…のか?

「では…いきますっ!」

思い切り拳を突き出したら、ぷちんと皮を破る感触の後、たぷんと中に入ります。

「うっ…」

何これ中がムチムチしてる…生暖かい。気持ち悪っ。でも目的は達しました。頑張りました、私。


「…天色、頼んだ」

私の様子を見て天色くんにやらせようとしてるお露さん。

「それは無理ぷ。ボクおてて短いぷ」

「頭から突っ込めばいいじゃん」

「その後で体中駆けずり回ってもいいぷ?」

「それは嫌」

「腹を括るぷ!」

と天色に喝を入れられ、思い切り嫌そうな顔をしながらようやく自分で腕を突っ込みました。


 こうしてそれぞれが『ぬっぺふほふ』の中に髪の毛を突っ込み終わり、紫苑さんが満足そうに言いました。

「では、見ていて下さい」

その言葉が変化の合図かのようにぬっぺふほふの足元から、まるで溢れた水が広がるかのようにタプタプの肉が流れ広がると次第に盛り上がり、もういっぴきのぬっぺふほふが現れました。

「増えた!」

 そんな感じでまるでキノコが育つのを早送りで見ているかのように、3体に増えたぬっぺふほふ。まるでコピペで量産したようなそっくり具合です。というか見分けが出来ません。

「これで『ぬっぺぷほふ』という祟り神が私達の身代わりとなります」

「神さま、なんですか」

「えぇ。このような嗜虐心を刺激するナリですが。強力な祟り神ですよ」

「いじめてくん、みたいですよね」

「爆発しますからね」

「えっ」

「では、この子達を連れて戻るとしましょう。『夕闇の境』へ」

紫苑さんが自信満々であるのなら大丈夫なのだろう。

「この『ぬっぺふほふ』をどう使うんですか?」

私が尋ねると、紫苑さんはエグい悪戯を仕掛けた人間が見せるような、嫌ぁな。それでいて美しい笑い顔を見せて言いました。


「それを知ったら、面白くないでしょう?」

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