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5-1 ティンダロスの猟犬

内容大幅修正。そしてそういう時に割を食うのは大抵が相志くん。

ですが作者がイケメン嫌いな訳ではありません。

「あっ」

「どうした若葉ちゃん」

声を上げた私にこんぺいさんが応じました。

「私の武器とかないですかね?」

「欲しいのかい?」

「ちょっと憧れますよねぇ『舞え、袖白雪――』とか」

「ヤベぇからルビは振らねぇぞ。何が出来る?」

「お裁縫なら少々」

「…じゃあお客さんを『いらっしゃいませ』で迎えてくれ。バトルは俺達に任せておきな。その為に俺達が居るんだろうが」

するとサンが私の肩にひょいと飛び乗り、

「僕が居るんですから安心して下さい!」

と、やる気満々な様子を見せてきました。

「それに、そういうガチなバトルはお露がやってくれるだろ」

いつの間にかテーブル上のケーキを全て平らげていたお露さんが立ち上がり、

「相手が普通の人間だったらの話ね。首が伸びてたり骨だけとかは勘弁だけど」

と笑いました。肩の上では天色が、その短い腕でボクシングのワンツーを繰り返しています。殺る気もカワイイなおい。


 そして。


 ドアベルがからりんといつも通りの心地良い音を立てました。


 店に入って来たのは、肉付きの良い体格をした、ブラウンの髪を短く刈り揃えた、青い目をした少しだけイケてるおじさま、といった感じの方でした。一見普通の外国人観光客にも思えますが、左手には5センチ程の厚さをした、見ただけで背筋がざわざわしてくるような妙な本を抱えている時点でまともな旅行者ではない事が分かります。

 でも――何処かで見たような気もするんですよね。この人。


「初めまして。ここが“クズノハ”で間違いありませんね?」

その男性はドアを後ろ手に閉めると丁寧に尋ねてきました。

「確かに葛葉ですが、裏のお話を店先で語られるのはご遠慮願います」

私がまじめな顔でそう答えると男性は肩を竦めながら、

「ワオ、日本の女性は厳しいね」

とおどけて見せ、丁寧に胸に手を当てて軽く会釈を返し言った。

「私はオーガスト・ダーレスと申します」

「えっ?」

名前を聞いた私の反応にこんぺいさんが聞いてきた。

「知っているのか若葉ちゃん?」

「は、はい。アメリカのホラー作家さんで、クトゥルフ神話の神話体系を確立した方として有名です」

道理でどこかで見た顔だと思いました。まさか有名な作家さんだったとは。

「ホラー作家?その…くとるふ神話ってのは何だ?」

「ラヴクラフトって作家さんが考えたコズミックホラーです。あ、コズミックホラーというのは、宇宙に居るとんでもない存在を知った人がウキャーってなるお話です」

「分かったような?…分からんような」

「初めて海を見た人が、鯨を目の当たりにしてギャーっていうような」

「あー、それなら分かる気がするぜ」

「大御所は鯨じゃなくってタコなんですけどね」

そんな二人のやり取りを見て、笑顔を浮かべているダーレス。

「これはこれは、私を知っているとは嬉しいね。特別に私のサインをプレゼントしよう」

そう言って尻ポケットからメモ帳を取り出してサラサラと名前を書き、破り取ると私に向けて差し出した。素直に受け取ってしまう私。

「あ、ありがとうございます!…ってあれ、でもダーレスって――」

思わぬ著名な作家のサインにキャッホイしていた私ですが、ある事に気が付きました。

 それに気付いたダーレスは含みのある笑みを浮かべて私を見つめ、

「とっくに死んだ筈だ。そう言いたいのだろう?」

そこまで言うと、まるで国歌斉唱の時のように不気味な本を胸に抱え、静かに目を瞑ると陶酔するように言いました。

「蘇ったのだよ。そう。かつて信仰していた神の子のようにね」

自己陶酔するダーレスに向かってこんぺいさんがチクリと棘をさします。

「神の子にしては随分と遅い復活じゃねぇか。遅すぎて復活祭も祝ってくれる奴ぁ居なくなっちまったクチだな」

ですが、陶酔に浸るダーレスはこんぺいさんの悪口も耳に届いていない様子でした。

「クトゥルフ神話はその熱狂的な読者が信者になったことで、神話になったのだ。そして私は神の世界を創造した預言者として崇拝されているのだよ」

「狂気の詩人、アルハズレッドのようにですか」

するとダーレスは嬉しそうに笑みを浮かべ、

「まさかクズノハでこのような会話が出来るとは思ってもみなかったな」

そう言って、ずっと抱えていた本を手で掴み、表紙をこちらへと向けてきました。

「ではこれが何なのか、君なら分かるだろう?」

相当に古い、けど数々の迫害と焚書の危機を乗り越えた丁寧な作りのそれを。

「人の皮で装丁されており、その表面は汗をかいたようにしっとりと濡れている…」

そのダーレスの言葉が呼び水となり、奥底の記憶から狂気を引きずり出そうとする。

「っ!まさかその本は…」

「そうだ!一〇五〇年に焚書処分になり、失われたはずの一冊だ!」

「あぁ!なんて事なの!!」

存在してはいけない禁断の書物が其処に。あぁ、それは。それは呪われた――


 その時、吹き抜ける北風の様な骨鈴の音が『タタリアン』店内に響きました。

 怖気を誘い肌を粟立てるその音に狂気の(へり)から現実へと引き戻された私が辺りを見回すと、『タタリアン』の店内に居た全員が『夕闇の境』へと移動していました。黒い板塀が周囲を覆う四つ辻で中央を挟んで私達とダーレスが向かい合う形で対峙しています。

「さっきの音は転移の始動キーか。異次元の様だが、御誂え向きだな」

突然の事にも動揺することなく辺りを見回すダーレス。

 これは紫苑さんの――


 その時――ぽん、と肩に手が置かれました。


「呑まれかけていましたよ、若葉さん」

声に振り返ると、薄紫色の狩衣に袖を通した、夕闇に浮かぶ月の化身が私の隣に立って居ました。

「紫苑さん…」

なまじ知っていたばかりに飲み込まれそうになっていたようです。危なかった…

「場所は代えさせて貰うたぞ」

躊躇う事も戸惑う事も知らず。日本最強最悪の女神が、ずい、と前へ出た。そして目の前に立つダーレスをねめつける。

「新しい玩具を褒めて貰いにでも来たか、小僧」

静かに、それでいて一言一言が背筋を浚い悪寒を湧き上がらせてくる紫苑さんの言葉。これにはダーレスも思わず後退りしていた。

「勝手に他人の庭へ入り込んでの粗相――ママにお出掛け先は伝えてきたのか?」

並みの術師ならば命の終焉を幻視してしまいそうな程に強力な紫苑さんの威圧に対しダーレスは、軽くため息を一度吐いただけで済ませていました。

「勿論、私が日本に来たのは仕事の為ですよ。それ以外で海を渡る理由は存在しない」

「何故物部の陰陽師を襲った?」

「襲ってきたのは向こうからですよ。私はただクズノハへの行き方を聞こうとしただけなのですが、そんなに私が恐ろしかったのですかねぇ。別れ間際には皆震えながら私に向かい手を合わせていましたが」

おどけるように肩を竦めて答えるダーレス。

「日本の陰陽師など所詮この程度…圧倒的な力の前には歴史と伝統など形骸に過ぎないという事ですね」

そして煽るように半笑いで紫苑さんへと目を向けました。手元に手頃な獲物が在ったらぶん投げてやりたい位の煽りっぷりですが、紫苑さんはそれを正面から受け、ほほほ、はははと愉しそうに笑っていました。

「私を笑い殺すつもりなのか?ダーレスとやら」

「なっ?!」

「雑魚を倒して『魔王恐れるに値せず』と豪語する輩が、自分こそ最強の勇者と名乗っているのだぞ?いつからラングレーはコメディアンを雇い始めたのだ?」

「貴様っ…」

「秘匿されし葛葉を探すため、巣に逃げ帰る蟻に紐を付けて後を追うとは、よく頑張ったと褒めて欲しかったのだろうが雑過ぎる。これでは花マルはあげられぬが、笑いのセンスは一級だったと認めてやるぞ」

「…戯言はそれだけか?」

「実はちょっとした悩み事があってだな」

「何の話だ」

「私の庭でパンツに糞を挟んだ臭い小僧が好き勝手に暴れておる。こいつをどう躾けてやろうかと思ってな。尻の拭き方を知っているなら聞いてやるが、答えようによってはお前のママ、同僚から出入りの自販機の業者に至るまで悉く――」


 祟るぞ。


 背後から眺めているだけでも紫苑さんの怒りがビリビリと感じられる。普段から接している私ですら背中がぐっしょりと汗で濡れるのが分かる程です。

祟り(CURSE)などと勿体ぶったプロセスを経ずとも人は殺せる事を知らぬようだ!脳髄だけの姿にされても同じ事を言えるか試してやろうっ!」

だがダーレスはそれに対し敵意を剥き出しにして応じました。

「見るがよい!これぞ神の使いとなった私、オーガスト・ダーレスが操る『宇宙魔術(コズミックワード)』だ!」

ダーレスが左手で魔導書『ネクロノミコン』を背表紙を上にして開き、叫びました。

「慈悲深く隠された原子核の混沌世界よ開け!」

ダーレスの足の周りに緑と白に煌めく魔法陣が展開されました。おそらく災いから術者を守るための結界なのであろう事が見て取れます。

「思い上がるな俗物!」

紫苑さんが声を上げた直後――イケメンが揺れて流れました。

 相志さんがまさに神速と呼べる速さで腰のヴィクトリアンナイフ『六方睨』を抜き放ち、ダーレスへと躍りかかっていたのです。


 が――


 六方睨の刃先から黒煙が噴出したかに見えました。相志さんの技かと思ったのですが、その黒煙は狼の様な風貌と狼以上の大きな顎をもち相志さんの腕に噛み付いていました。

「ぐあっ?!」

相志さんがそのイケメンフェイスを苦痛に歪ませ、転がるように蹲る。

 音を立て血飛沫を散らし床へ転がる六方睨。その刃先から現れた、黒煙を纏う狼の首は相志さんの右腕を咥えたまま私達を見て――ぐにゃりと口元を歪めました。笑っている。あの怪物には知性がある。私達を嘲っている。あのぐにゃりとした顔は、知性を持つ獣の嘲りだ。そして怪物は相志さんの右腕をボリボリと喰らい尽くし消えてしまいました。

「今のってまさか…」

「相志?!」

紫苑さんが慌てて駆け寄った。私も後を追う。

 相志さんの右腕は肘から先が乱暴に千切り取られており、その雑な断面には木星の表面の様に常に流動する粘液が付着していました。

「これは一体…」

紫苑さんがその粘液に恐る恐る手を伸ばした。

「触っちゃダメですっ!」

「知っているのですね?」

紫苑さんの問いに静かに頷く私。

「毒の粘液です!触れたものを“混血種”に変えてしまいます!」

「そんな…!」

焦りを見せる紫苑さん。だが相志さんは額に玉の汗を浮かべながらポケットから紐を取り出して片方を咥えると、傷口の粘液には触れようとせずにてきぱきと上腕を縛り付けていました。そんな二人の様子を見て居丈高にダーレスが声を上げます。

召喚術(おやくそく)の最中に狙うのは、日本じゃあ反則なのではなかったかね?」

「それはヒーローが変身する時だけです!日本じゃあイケメンなら何をしても正義なんですっ!」

思わずそう言い返してしまったけれど、私も何を言ってるんだろう。

「今のは一瞬だったが、今度は時間をかけて丸齧りにしてやろう!」

どことなく顔をヒクヒクさせながら叫ぶダーレスの声に呼応するように魔法陣の光が一段鮮やかに光輝くと、床に転がった六方睨の刃先、店内にある飾り柱の“かど”やテーブルの“かど”などの計4か所から、泡のようにぶくぶくと煙が噴き出しました。


「混沌の玉座に至れ 灰色の従者 盲目の夢に従え 鋭角の支配者!」

その煙を纏うように現れたのは、常に流動し、うねる木星の表面のような様々に色を変える体表を持つ、狼のような牙と口でした。

「これはやっぱり…!」


「出でよティンダロスの猟犬!汝が神の意に従え!」


 やがて骨のような棘を身体の各所に不均一に突出させた、流動的で常に模様が様変わりする体表を持つ、狼の様な生物が4匹現れました。

「そいつがロシアンマフィアを襲った妖怪ね?」

肘から先を失い戦闘不能になった相志さんに代わり、お露さんが私の隣で身構えながらダーレスに声を掛けました。

「妖怪だ?そんな下等なモンスターと一緒にしないでくれたまえ!これぞ万物の王にして白痴の魔王の数ある従者のひとつだ!」

ティンダロスの猟犬は飢餓に暴れ狂う訳でもなく、ダーレスの足元で今のところは大人しくしているが、ダーレスの指示さえあれば、狂気と絶望の運び手としてその牙を私達へと向けるのだろう。

 けれどダーレスは私へと静かに顔を向け、

「だが君にはチャンスを与えよう」

と言ってきた。

「貴女は私を知っていた。クトゥルフ神話を知っていた――そして類稀なる才能を持っているようだ」

そして救世主の如くに私へと手を差し伸べた。

「混沌の預言者の従者となる選択を与えよう。死を超越し、大いなる宇宙の恐怖を君のものとするのだ」

絶対の自信に満ちたダーレス。私はその澱んだ眼を見つめ返して言いました。

「ロシアンマフィア以外にビルの人間を全員殺した理由は?」

「仕事ついでの犬の餌だ。日本人は醤油の味がしたそうだ」

「――その程度で私が軍門に下るとでも思いました?」

「…どういう意味だ」

「貴方の魔術はただの殺戮兵器です。其処には虐げられた人達の悲しみも怨みも存在しない。居ない方が都合が良い、ただそれだけの理由で振り回される只の暴力です!」

「仕事の殺しに感情は必要ない。それは洋の東西関係なく普遍の筈。君も先生からそう教わっているのではないか?」

「けど、私は私です!私の(わざ)から人の感情は拭えません!怒りも悲しみも憎しみも!全てを肯定して為すのが葛葉の…私の祟りです!」

「若葉さん…」

「私は葛葉に立ち上がらせてもらいました!師事した術で人を救う事が出来ました!私の遣り方で良いんだと学びました!私は最期の時まで葛葉の陰陽師です!」

そしてズビシとダーレスを指さして、

「野蛮な魔術に屈することは決してあり得ません!」

言ってやった。2度も言ってやりました――言っちゃった。

「読者でありながらクトゥルフ神話を否定するかーっ!」

「むしろ脱落組ですっ!」

だってクトゥルフ小説って言い回しが独特で理解しにくいんですよね。正直途中で脱落する人って多いと思います。私の様に。

「余計にタチが悪いわっ!貴様から先に滅ぼしてくれるっ!行け猟犬ども!」

激昂したダーレスは4匹の猟犬全てを私へとけしかけた。

「やっぱり刑事って言っても妖怪相手は無理無理よぉ若葉ちゃーん!」

威勢よく前には出たけれど手も足も出せないお露さんが私に巨乳を押し付けてくる。

「天色っ!」

()()()()()()()()()()()()()ので、私は天色の名を叫びました。


 ぷーっ!


 愛らしい雄叫びをあげてお露さんの肩から宙に飛びあがり、天色が叫びました。

「滝夜叉!」

その瞬間、地面から吹き上がる激しい水流が壁となり、襲い掛かるティンダロスの猟犬を弾き飛ばしました。

「天色?!何アンタそんな凄い技ぁ使えたの?!」

「なんか使えたぷ。びっくりしたぷー」

お露さんの肩に戻り、自分でも驚いている天色。ダーレスからの視界も妨げられている――今がチャンス。

「羽黒!私達を招きなさい!」

こちらもまた無茶ぶりです。けれど“隠れ里”の住民に招かれれば”隠れ里に入れる、と聞いた覚えがあります。だったら招かせても可能なはず。というかやってくれ。

 すると地面がぐるりと一回転するような感覚に襲われたかと思った瞬間、目の前は『3月8日の道』の見慣れた桜並木になっていました。

 見回すと、いつもよりやや疲労した雰囲気を見せる羽黒さんが頭を下げて待ち受けていました。

「ありがとう羽黒さん…無茶ぶりしてごめんね」

思わずさん付けで呼んでしまいました。機嫌を悪くするかなと思ったのですが羽黒さんは、

「いえぇ、このような素ぅ晴らしいご命令を頂きましてこの羽黒ぉ、天にも昇る心地ぃだったので御座いますぅ」

と、かなり披露している様でしたが、陶酔したようにふわふわとした口調で嬉しそうに返してくれました。もしかして羽黒さんてドMなのだろうか。

 けれどそんな事を考えている余裕は無い。先ずは相志さんをどうにかしなければ。

「若葉ちゃん、奴を知っているみてぇだから姐さんの代わりに聞くが…どうすればいい?」

不安そうな表情を浮かべたこんぺいさんが聞いてきました。紫苑さんは自分の狩衣の帯で相志さんの上腕をキツく縛り付け、切断面に付着した猟犬の粘液に触れぬよう注意しながら、今にも気を失いそうな相志さんの背中を支えていました。

「猟犬の粘液は多分洗い流せないと思います。触れることも出来ないし…」

「じゃあ俺が粘液を腕ごと斬り飛ばす。そしたら間髪入れずにサンがそれを焼き払え」

「斬り飛ばすってそんなっ!」

「緊急事態だ。このままにしておきゃあバケモノになっちまうんだろ?それに腕の事なら心配するな」

「…分かりました、それで行きましょう。いいですね?紫苑さん」

こんぺいさんが『心配するな』というのなら大丈夫なのだろう。紫苑さんに目を遣ると、こちらへ顔を向けることなく、苦しむ相志さんへと目を落としながら、ゆっくりと頷いていました。

「俺達が死なせねぇからな相志――歯ぁ食いしばれよ」

玉の汗を浮かべながらも頷き、途中から失われた右腕を高く掲げてギリリと歯を噛み締める相志さん。そしてそれを不安そうに見つめる紫苑さん。

「行くぜ相志…アニキのカタキじゃあぁ!」

尾びれで相志さんの腕の切断面をもう一度斬り飛ばすこんぺいさん。猟犬の粘液が付着した相志さんの腕の肉が宙に舞う。

「サンっ!」

「はいっ!」

こんぺいさんの合図で、サンが尻尾の先に浮かべた青い火球を肉片へと投じました。火球は相志さんの肉片と接触し、一度炎を大きく膨れ上がらせた後、凝縮されるように渦を巻き、ギュンっと小さくなって消えました。相志さんの肉片は灰も残らず燃え尽くされた様です。

 粘液の付着部分を斬り飛ばされた腕が綺麗な事を確認し、こんぺいさんが相志さんの腕の切断面に唾を飛ばしました。唾液はゼリーのように切断面を覆い、出血を防いでいるようです。

「これで止血になる。だが相志は俺がこのまま“菅原”の病院へ連れて行くぜ。だから」

しっかりしな姐さん。

 こんぺいさんが紫苑さんへと優しく、けれど物騒な言葉で声を掛ける。

「あの誇大妄想症のジャンキーのケツに新しい穴こさえてやってくれ」

相志のお礼参りだ。

「…分かっています」

紫苑さんが相志さんを地面にそっと横たえる。

「頼みます、こんぺい――」

そして相志さんの口から零れる血を中指で拭い、自分の唇にそっと血の朱を引いた。


「おい羽黒」

ぶっきらぼうにこんぺいさんが羽黒さんへ声を掛ける。

「はい」

「この俺が“連れて行く”って言ってんだ。ボサっとしねぇでさっさと“菅原”の病院に繋げねぇか」

「は、はい」

「院内の4号診察室だぞ。間違えやがったらその汚ぇ前歯叩き折るからな」

「はいっ」

羽黒さんが右手を胸まで持ち上げ、横にフッと撫でる仕草を見せた。すると相志さんの横たわる地面がこんぺいさんを巻き込んだままでグルリと回転し、一回転すると元の地面に戻ったが、相志さんとこんぺいさんの姿は消えていました。

 明らかに肩で息をしている羽黒さん。ですがどことなく満足感と言うか…気持ち良さそうです。やっぱりこの子ドMだわ。そしてそれをほんの僅かなやり取りで察知して実行に移すこんぺいさんも、ある意味凄いです。というかアニキのカタキって何?


「紫苑さん…大丈夫ですか?」

「えぇ…ご心配をおかけしました。ところで若葉さんはあの獣を存じているのですか?」

「はい。あれらはティンダロスの猟犬、と呼ばれています。“鋭角な角”を伝い時間や空間を超越してどこまでも標的を追いかけてきます。表面を対流する粘液に触れた相手を“混血種”と呼ばれるクリーチャーに変貌させてしまうんです」

「…それで六方睨の刃先から顔を出せたのですね」

さすが紫苑さん。呑み込みが早い。

「はい。なので曲線で構成されている自然物しかないこの『3月8日の道』なら“鋭角”が存在しないので追って来られないと思ったんです。あと、もし撃退に成功すればそれ以上の追跡はしない、と言われているみたいです」

私がそこまで言うと、紫苑さんは僅かに考え込むと言いました。

「ではこれより反撃に移ります。『咎の辻』で祟りを執り行った後『夕闇の境』へと移動。そこで猟犬を待ち受けます」

あ、ちなみに『咎の辻』というのは『3月8日の道』に存在する、辻神を呼び出すのに最も適した十字路です。名無しでは不便だと紫苑さんが命名してくれました。

「ダーレスを直接狙わないのですか?」

私がそう聞くと紫苑さんは、

「それをしてしまったら、あ奴が後悔する暇が無かろう?」

そう言って、相志さんの血で染めた唇を美しく歪めました。

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