4-3 縊れ鬼(前
首相官邸には幽霊が出ると言う。
昭和7年に起きた5・15事件では軍事クーデターにより犬養首相が殺害。「話せば分かる」は有名である。また昭和11年の2・26事件では岡田首相の義弟岡田伝蔵や高橋是清などが射殺されている。
いずれも自分達の掲げる正義を――大義を信じ、国を変えようと男達が身命を賭した出来事だ。
平和な時代である現代から当時を振り返り、野蛮な行為だと貶すのはお門違いと言えるだろう。当時はそれが罷り通る時代であった。それだけの話なのだから。
しかし、そんな過去の男達の瞳に現代日本は一体どのように映るのだろう。
国への忠義も政治への志も大義も無く、隣国のご機嫌と支援者の顔色を伺いながら自分の財布を厚くすることに精を出す。国の運営は官僚達に丸投げで、大臣は彼らの準備した原稿を読むだけ。それが現代の政治家である
未公開株の受け取りによる利益供与をすっぱ抜かれ、それでも何とか政治生命を失う事は免れたものの、弱者救済を旗印に掲げる万年野党に政権を奪取された事もあった。
だが蓋を開けてみればやる事は我々となんら変わりないどころか予算委員会すらまともに編成出来ない体たらくであり、減税による弱者救済という旗印は『何でしたっけ?』と若年性健忘症を発症した女性議員に鼻であしらわれるという結末であった。
結局、『誰がリーダーになっても変わらない』と国民が呆れてしまったのはそれからだろう。投票率は年々減少の一途を辿っている。
それでも議員定数は減るどころか新設される省庁に合わせ増え続けており、物価は上昇しても民間の給与所得は地べたを這い続けているのに我々政治家や官僚の収入は右肩上がりを続けている。
そんな現状を目の当たりにし、志士として立った彼らも散った男達も、情けなや、あな口惜しやと枕元に立ちたくなるのは当然だろう。
だが過去の亡霊に煩わされる程度で政治家は務まらない。
従わない奴等は首に縄を掛けてしまえば良いだけの事。札束を浴びせ飼い犬になるのならそれで善し。邪魔なら吊るし上げてしまえば終わり。
どうしても100万円必用だと相談してきた奴には300万を渡し、美味いモノでも食って励めと背中を押してやればいい。そうすればそいつは私の味方に出来る。
カネというのは貯めるものじゃない。使うものだ。しかもその使い道が効果的であれば尚の事良い。
そして私はそれを忠実に実行してきた。それだけの事である。
3ヶ月に行われる内閣改造。
私には官房長官の席が用意されている。
問題が起きても責任は首相にあるし、首相に近いという立場から美味しい汁が吸い放題。最も安全かつ美味しい立ち位置ともいえる。
そして――
「こんな所で考え事ですか?センセ」
理沙はそう言って、年齢の割に衰えを感じさせない裸身を惜しげもなく私の前で晒しながら 指先で頭を垂れる煙草の灰に灰皿を近付けて静かに叩き落してくれた。
「先の事を、ちょっとね」
「やだセンセ、まさか本気になったとか言わないですよね」
少女の様に悪戯っぽく笑う理沙。彼女とは互いに欠けている物を補い合うだけの間柄であり、人生の半分を共に歩もうと思えるような間柄ではない。だからこそのありえない発言でもあり、冗句だと分かり易い言葉だった。
「内閣改造の件をね。考えていただけだよ」
口から煙草を離し、灰皿に押し付ける。
「官房長官の打診の件ですね」
「あぁ――やっとここまで来たかと思ってね」
「センセイのようにカネ払いが良くて精力的な方も今時珍しいですからね」
彼女はそう言って裸のまま、ベッドの足下に置いてあるバッグを漁りだした。さっきまで鷲掴みにしていた肉付きの良い尻が目の前で揺れている。
女というものは鑑賞する分には細い方が楽しめるのだが、抱くとなればある程度の肉付きが無ければつまらない。その点で彼女は容姿も使用感も絶妙なバランスを保っているとも言えた。
「あれ、どこ置いたっけ…」
煙草を探しているのか。致し始める前にヘッドボードの上に置いた筈ではなかったか。
「煙草かね?確かこっちに――」
振り返り、枕元に置いた彼女の煙草に手を伸ばす。鞄を漁る彼女の尻が鏡の向こうで揺れている。
その向こう――首筋に。
人の手首がしがみ付いている様に見え、私は驚いて振り返ったが、目の前にいる彼女の裸身に余計なモノは引っ付いていなかった。私の動作に気付いた彼女がこちらを振り向き、私が手に持ったものを見て、
「あ、ありがとうございます」
屈託無く笑うと煙草を受け取り、私の隣に座り直した。
煙草の先に火を点け、ひと口大きく吸いこむ彼女。ほんの少しだけクイ、と顔を上げて煙を斜め上に吐き出す。そのせいで喉元の美しい曲線がよく見えた。その僅かに艶を失い始める首筋のライン。その何処にも妙なものがくっついているというような事も無い。振り返りもう一度鏡越しに彼女を見てみると、丁度胸の辺りに誰かが触った痕がもやのようになって見えるだけだった。
「――どうしたんです?」
鏡の向こうで理沙がこちらを向いて笑っている。
「鏡に映る君の尻を眺めていた」
「現実で遊び倒したら、今度は風流気取りですか?よいご趣味ですね」
「君は花より団子を取る人間なのは承知しているよ。ほれ、今月分だ」
私は、ベッドサイドに置いた鞄から集めに膨らんだ封筒を取り出して彼女の太腿の上に放った。煙草を指に挟んだまま封筒を掴み、それに口づけをする彼女。横から眺めるその唇にゆらりと情欲が沸き起こる。
「明日は何か用事があるのかね?もしよければ――」
一緒に過ごさないか。そう言おうとした
「先生に身体は許してもプライベートは許していませんよ?それに私、明日は」
そう言って少女の様な笑みを私へと向け、
「首を括らなきゃいけないんです」
と毒の効いたジョークで返す彼女。それに私は、
「大変な事をしでかしたようだね。そいつは大変だ」
と笑って返した。
そんな彼女が本当に死んだと連絡を受けたのは、土日を挟んだ翌週の月曜日。朝10時を過ぎた頃だった。
出勤してこない、電話にも出ない彼女の部屋に人を向かわせてみると、彼女は自分の部屋で首を吊っていた、という。
愛人でもあった第一秘書の自殺――こめかみの奥に棘のような不快感を感じながら、私は他の秘書や見習い達に、大袈裟にならぬよう注意しながら速やかに処理を進めるよう指示を出した。
しかし――
そのつもりだったが、『殺人の疑いがある』からどうしても面会したいと刑事がしつこい、と報告が来た。通報システムでもあるのだろうかと疑いたくなる位に議員のスキャンダルというモノは電光石火の如く“議員”と名の付く連中には知れ渡る。私達の関係に気付いた上での嫌がらせか。野党の誰か――他人のスキャンダルが大好きな福島女史辺りが入れ知恵でもしたのだろうか。
警察如きに暴く事の出来るモノは無いが、無碍に追い返すというのも後ろ暗い印象を与えかねない。仕方がなく応じる事にすると、現われたのは刑事にしておくのが勿体無いほどに迫力のある胸をした、ショーットカットの似合う気の強そうな美しい女性だった。だがその刑事も私の姿を見ると挨拶程度の会話を交わしただけで早々に尻尾を巻いて逃げ帰ってしまった。
国会議員への聴取を強行したとなれば頭の上から何が降ってくるかも分からない。その事に今更ながら慄いた様子にも見えたが、あれほどの美人ならば個人的には取調べを受けても良いかと思える健康的な美人だった。
結局、午前中の予定は全てキャンセルし、彼女の自殺に関する対応に集中する事にした。警察への対応や遺族への対応――足下から火を出さない為には必要な措置だ。
私は外に出る気にもなれず、事務所内で昼食を摂りながら理沙の死について考えを巡らせていた。
彼女とは互いに快楽を貪りあう仲であった。
この関係には互いに満足していた筈だ。初めて彼女を抱いた時は半ば無理矢理行為に及んだものだが、回数を重ねてゆくにつれ次第に彼女もそれを受け入れた。
そんな彼女に対し、私は更に毎月のボーナスを弾んでいた。
彼女は喜んで現金を受け取ってはいたが、特別にカネが要ると聞いた訳では無い。故郷に病気の父がいる、などというお涙頂戴の話も聞いた事がない。使い道は知らないし、知ろうとも思わなかった。
すると彼女は、以前よりも私の為に動き回れる優秀な秘書官となっていた。10年前に政治献金の情報が表に出た時も、当時の金庫番に派手な方法で消えて貰い、罪を被せるのと同時にマスコミの注目を其方に向けようと発案したのはまだ若かった彼女でもある。
そんな、表も裏も知った上で機敏に立ちまわれる、懐刀とも呼べる彼女が。
どうして首吊り自殺など。その理由が全く思い当たらない。
私は快楽に満足し彼女は報酬に満足する。それ以上踏み込む事の無い間柄。しかしそれでも自分が体を重ねていた相手が失われるというのは、些細でも喪失感を覚えるものだ。
それはそうと何かを忘れている気がする。だが思い出せないのならば瑣末な内容なのかもしれない。それよりも今後の活動にも影響が及ぶことを考えなければ――
私は内線電話を取り上げて簡潔に用件だけを述べた。
「太田原を呼んでくれ」
電話の向こうでスタッフが丁寧に応じるのを聞く暇も無く受話器を置く。
やがて数分もしないうちにドアが丁寧にノックされた。
「失礼します」
白髪を丁寧に整えた、神経質な蟷螂のような顔をした細身の老人が音を立てずにドアを開け入ってきた。老人は一つ丁寧に頭を下げると、陰気な声で答えた。
「午前中の件に関しましては対応が完了しております。以後の対応はお任せ下さい」
「今日はご苦労だったな」
「これしき捌けずに先生の側用人は務まりません」
私が労いの声を掛けると、太田原はそう言ってゆったりと頭を下げた。
太田原は公にする事が出来ない金銭や情報の管理やを任せている男だ。付き合いも長く、私が尻の青い頃から付き従ってくれているスタッフの1人でもある。私よりも高齢だがその分老獪でもあり、“政治活動の裏側”の為に重用している人材だ。
「さっそくだが、今後の人事について話し合いたい。早めに時間を設けてくれ」
「では十三時から事務所内にて、という事で宜しいでしょうか」
予定を確認する、という動作も必要としない太田原。本当にデキるスタッフである。
「…午前中には出来ないのか?」
「事後処理と関係各所への対応で午前中はスタッフの身動きが取れません。それに私はその日、首を括らなければいけないもので」
太田原は、まるで物騒な事をサラリと口にした。あまりにも日常的にサラリと言いのけるので、言葉の持つ違和感が遅れてやってきた。
「いま――なんと言った?」
聞き直す私の言葉に対し、
「その日は私、首を括らなければいけないのです」
太田原の言葉に私の心臓が一際大きくどきりと脈を打った。
それだ。それが理沙の言葉だ。ベッドの上で笑いながらそう言ったのだ。彼女はあの時確かに自分で「首を括らなきゃならない」と言った。だが何故太田原が同じことを言う?いや――何を知っているのだ。
「…誰に聞いた?」
自然と声のトーンが落ちる。太田原は訳が分からないと言った様子で応じている。
「何がですか?」
「私と理沙君の関係の事だよ。何故二人で話した内容を知っている?」
私成程納得できたと大きく頷き、そして、
「あぁ――彼女もそう言ったのですか」
と言った。
「彼女も?どういう意味だ!?」
思わず立ち上がり大声を上げていた。だが太田原は私の振る舞いに意味が分からないと言った様子で、いえいえそんな、と細めなパーツで構成された顔をさらに細めながら手を振っていた。
「深い意味はありません。薄々勘付いてはいましたが。私はただ本当に明日――」
首を括らなければならないだけなのです。
「まだ言うか!誰に頼まれた!?」
微塵も疑う事の無かった忠臣が、このような時になって散々私を煽りたてる。誰の入れ知恵かと疑う前に菅田は激昂していた。
「そんなつもりはありません。私は本当に明日首を」
「しつこいっ!そこまで言うならその細っ首などさっさと吊ってしまえっ!二度とその顔を見せるなっ!」
窓ガラスが砕け散りそうな大声をあげる私を残し、あくまで静かに、丁寧に太田原は部屋を出ていった。
荒い息遣いをようやく整え、椅子に沈むように腰掛ける。
菅田はすっかり温くなった茶を一気に飲み干して気持ちを落ち着け、考えた。
首を括らなければならない。とはどういう事なのだ。
命令や強制――とは違うだろう。私の部下に『死ね』と命令できるのは私だけだ。それに理沙も大田原も、まるで『ちょっと散歩に行ってくる』程度の気安さで「首を括る」と口にしている。
そして理沙はそれを実行したという事なのか。
まさか――そんな安易に死んでたまるものか。
そんな安易に死んでよい筈が無い。そんな馬鹿げた話があってたまるものか。
だとすれば第三者の直接的な妨害工作――なのだが今の政界は右を見ても左を見ても“過激”な行動が起こせる政治家は存在しない。
ならば一体何が彼女に首を括らせたのだろう。
そしてその夜。私は――夢を見た。
荒れた野原に立っていた。名も知らぬ草が生い茂り、点在する松の木は立ち枯れ、剥き出しになった枝が寂しげに左右へと枝を広げている。仰ぎ見れば此方の空は黒味を帯びた藍色で、其方の空は朱を垂らしたように赤い。
夕暮れ時か。
虫や鳥の声も聞こえず、葉擦れの音すらしない。髪一本揺らす風も無い。
耳が痛くなりそうなほどの静寂の中に、自分の息遣いだけが響いている。
そんな中に、私は寝間着のままで立っていた。
――どうするべきなのか。
自分の夢で“どうするべきか”というのも妙なのだが、あまりの静寂さに足を踏み出して草を揺らす事すら躊躇われたのだ。
動く事も出来ず、どれだけ立ち尽くしていたのだろう。一瞬だったのかもしれないし、気の遠くなるほどの年月だったかも知れない。空の様子も変わる気配が無いので推測しようが無い。
しかしそんな永遠に思われる時間は、背後からの音で唐突に終わりを告げた。
ぎしっ
生木の軋むような音が聞こえた。
ぎゅっぎゅっ
生木を軋ませながら何かが枝にぶら下がって揺れている。
見たワケでは無い。振り向けない訳では無い。
けれども分かるのだ。肌の感覚が。首筋の産毛がそうだと報せてくる。
だが振り向きたくない。振り向いてはいけない気がする。
ぎゅーっぎゅーっ
木の枝で揺れている。
それは私の直ぐ背後で。
木の枝からぶら下がった何かが私の直ぐ背後で揺れている。
私の項のすぐ背後でぶらりぶらりと揺れている。
見てはいけない。振り向いてはいけない。でも――
私は――どうするべきなのか。
こんなところで考え事ですか、センセ
不意の声につい振り向いた私の目に入ったのは、はち切れんばかりに眼球が飛び出し唾液と鼻水に濡れた私の秘書――理沙の顔だった。
嗄れた息をしながら目が覚めた。灼けるように喉が渇いていた。
夢だったのか――
思わず自分の首を掌で擦い、何も無い事に私は安堵の溜息を漏らしていた。
夢見が悪いからと休む訳にも行かず、いつもより遅めに事務所に顔を出すと、私の姿を確認した事務スタッフが秘書よりも先に、私に声を掛けてきた。
「先生、あ、あの…」
声を掛けるのを憚っているわけでは無い。早くこの受話器を投げ出してしまいたい、と言った気持ちが、受話器を持つ両腕の震えから伺えた。
「どうした」
嫌な予感しかしない。ついつい口調が無機質になる。
「お、太田原さんが…自宅で首を吊っているとご家族から連絡が…」
「――済まんがもう一度言ってくれ」
「太田原さんが首を吊っているとご家族より連絡が入って…います」
その日は私、首を括らなければいけないんです――耳元で語られるように大田原の声が再生される。だがまさか。本当に――
電話を取った事務スタッフが指示を求める眼差しをこちらに向けている。
止まるな。動け。考えろ。こういう場合に注意するべきなのは――
「警察に連絡は?」
大田原の私生活までは把握していないが、業務上、色々とあぶない物が多い筈だ。警察に発見されては面倒な代物も存在するだろう。
「いえ、真っ先にこちらへかけたそうです」
私に話を通す前に最低限の確認はしていたようだ。その辺りは上出来といえる。
「警察にはまだ報せない様に伝えるんだ。くれぐれも早まった行動はしないように。こちらから派遣したスタッフの指示に従うよう伝えてくれ」
私の指示に事務スタッフが丁寧に、かつ簡潔に内容を伝え電話を切った。
「太田原の家には小坂を向かわせろ」
小坂は太田原が育てていた若いスタッフであり、ゆくゆくは太田原の後任を任せようと思っていた男だ。奴なら太田原の持つ表に出せないアレやコレの扱いも心得ている筈である。
私に報告を入れた女性スタッフは酷く怯えた様子を見せて事務室へと走り去っていった。
結局この日は公務のイベント参加を代理の者に任せ、昼の勉強会は体調不良で休むと連絡を入れさせた。
さりとて自宅には帰る気になれず、私は執務室で一人、デスクに残る冷めた茶を流し込み、口の中に残った渋みを舐め回し、思索を巡らせた。
――首を括らなければならない。
あの時の理沙は確かにそう言った。太田原もごく自然に同じ事を言っていた。
そして本当に首を括って死んだ。だが、二人には他者に死を強要されるような悲壮感も憤慨も見られなかった。そして死を強要されるようなスキャンダラスな事件は今のところ起きても居ないし、残っても居ない。
ならば何故死ななければならなかった?
いや――死ぬのが目的なら『死ななければならない』と言う筈だ。
彼らは『首を括らなければならない』そう言っている。
つまり、目を向けるべきは“何故首を括る事に拘る”のか、という事だ。
まさか死はあくまで副産物であり、目的は『首を括る』事なのだろうか――
椅子の背に踏ん反り返り、ぐいと腕を伸ばす。
――それが分かったところで私に何が出来るのだ。
古参のスタッフが居なくなっただけだ。政治生命が終わったわけではない。
不要な事にエネルギーを割り振る事も楽しいが、程々にしなければ後々にその余裕すらも失われてしまう。お遊びも程々に、という奴だ。
質の良い秘書を回してもらえないか、党本部に相談するのが現実的な対策だろう。
昼過ぎに小坂から報告のメールが届いた。
大田原は自殺する前に身の回りの“危険物”は全て“シェルター”に封じていた、という事だった。警察は『普通の自殺』として処理することになるだろう、とも記してあった。
勝手に死んだ奴に言うのもなんだが、よくやったと褒めてやるのも悪くないだろう。
その日の夜。また夢を見た。
理沙と、太田原。暗闇の中に2人が立って――
いや、何かにぶら下がっているのだ。風にそよぐように身体がゆらりゆらりと揺れている――これは。
――首を吊っているのだ。
2人の頸には縄が括り付けられ、後頭部のすぐ後ろから上の闇の中へと伸びている。
それぞれが目を剥き出しにし、下半身を糞尿で濡らし、口の端からは涎がだらしなく糸を引いている。
首に食い込む縄へ必死に爪を立てたのだろう。爪は剥げ落ち、口の端からは血を流して、目を見開いて。
ゆらりゆらりと揺れてはいるが、2人の視線は此方へ投げかけられている。
見開いたその目の先には私が居る。
その剥き出しになった目玉のそれぞれが言外に怨嗟の視線を投げ付けてくる。
――お前が殺した。
――お前の所為で死んだ。
血の赤に染まった眼球で睨みつけてうる。
その身勝手な主張が私の神経を逆撫でしているとも知らずに睨みつけている。
「巫山戯るな!勝手に死んでおいて何が私の所為だ!お前達のおかげでこっちはいい迷惑だ!勝手に首なんぞ吊りやがって!どう責任を取る積もりだ!」
無言の圧力に耐えられず、私は声を上げていた。
「なんとか――言ってみろ!」
大声の所為で、首筋の血管がどくどくと脈を強く打っている。
だが、目の前にぶら下がる2人は相も変わらずその視線を此方に向け続け――
いや
視線の先に私は居ない。こいつらは私を見ていない。
じゃあこの視線は。
もしかして――
ずっと私の後ろに立ち続けているこいつを見ているのではないか。
あまりにも長くなったので4-3は前、中、後編の三部に分けました。