4-2 縊れ鬼(前
「――という事があったのが、丁度今から十年前の事なのサ」
コーヒー風味のビスケットとキャラメルソースが折り重なった新作ケーキ、キャラメル・サレを口に運びながら、穏やかでは無い話を笑顔で話される物部さん。
「一応自殺と認定されているけどネ」
「けど実際は違うんですね?」
そんな物騒なお話にも慣れてしまい、話の先が読めるようになってきた私、若葉です。
将来を有望視された政治家を巻き込んだ一大スキャンダル。それを収束させたのは議員秘書の家族を巻き込んだ無理心中だった。
妻と娘を寝ている間に殺害し自宅に放火。自身は自宅が見下ろせる神社の境内で燃え盛る自宅を眺めながらの首吊り自殺。
その壮絶さに報道関係も自粛を余儀なくされ、打ち上げられた大きな花火もあっという間に巷間から忘れ去られたのだと言う。
「そりゃあそうサ。生命線とも言えるカネについて『秘書に任せていました』は在り得ない。おねしょをした子供が『おばけがやった』と言う位に在り得ないヨ」
そこまで言うと紅茶に口を付け、
「というか――清廉潔白な政治家なんて存在しないしネ」
と皮肉そうに笑っていました。政財界との密接な繋がりを持つ物部さんがそういうのなら本当なのだろう。
「最近よくこちらにお仕事が回ってきますね」
ついでにと思い、気になった事を軽く聞いてみました。しかし物部さんは私の言葉にそれ以上の意味を見出したのか、イヤイヤと大袈裟に手を振ってそれを否定されました。
「そういう理由じゃないんだヨ。今まで葛葉に依頼するべきだけれど出来なかった案件をようやく処理し始めて貰っているだけなんだからネ?今回の件だって依頼が来たのは本当は5年前なんだ」
「四方院を空けていた間に仕事が溜まっていたって事ですね」
「そう言う事」
「ちなみにまだ空席扱いなんですか?」
「仮ってところかな。実質復帰扱いだけどネ」
「というか女将さんと番頭さんを差し置いて丁稚の小娘にお仕事の話を振らないで欲しいです。長髄彦と四方院の条約締結だって私が窓口だったんですからね?」
私がぶーぶー文句を言うと物部さんは、あれは先方のご指名だからノーカンだよと笑い、
「実務に関しては若葉ちゃんでも大丈夫だし、それに――」
そこまで言うと視線を斜め下に流して明らかに怯えながら、
「…寝てる紫苑ちゃんに『起きて仕事の話をしましょう』なんて言えると思う?」
と言ってきました。さすがの物部さんもそれは言えないだろうな。というか声かけても絶対に起きてこないと思う。思わず頷いているとその様子を見た物部さんは私に笑顔を見せて言いました。
「それに若葉ちゃんとも仲良くなりたいしネ」
「お誘いするなら小鳥遊さんを誘えばいいじゃないですか。年の頃も近いし、美男美女でお似合いですよ」
私がそう言うと、物部さんは、
「いや、ん…まぁそれはそうなんだけれどネー。ほれ、彼女もさ?忙しいみたいだし?うん」
などといつもとは違う歯切れの悪い様子を見せていました。
――ははーん。
これは後々使えそうなのでこの場で掘り下げるのは止めておこう。
などと私が企み事を巡らせていると、物部さんはひとつ咳払いをして真面目な話をし始めました。
「今回葛葉に処理して貰いたいのは、十年前に議員秘書が首を吊った神社だ。怨みを持った魂が穢れた神域の気を吸収して祟りとなり、周囲に被害が出始めている」
術を使わずとも自らの怨みと命を使い、祟りとなる事がある、と以前紫苑さんが教えてくれた。今回がまさにそのケースという事なのだろう。しかし――
「物部では祓えないんですか?神社だったら物部の管轄なんじゃあ…」
私が率直な疑問をぶつけると、物部さんは眉根を寄せてうーん、と唸り始めました。
「庭先にウンコをぶち撒かれても笑顔で話を聞いてくれる神様みたいな神様がいると思う?」
「…そりゃ無理ですね」
日本の神様は人間よりも人間らしく、ちょっとした事ですぐに機嫌を損ねたりもするらしい。そんな気分屋な神様が、自分の庭先を穢されたとあらば、話を聞いてくれないのも納得です。
「そゆ事。物部の仕事って基本カミサマのご機嫌伺いみたいなもんだからネ」
「サザ○さんの三河屋さん?」
「そんなもんだネ。庭先がウンコまみれだったらノ○スケさんだって出て来るの嫌でしょ?おまけにゾンビの○ナゴさんがウロウロしているとなれば尚更だ」
「…分かりやすい説明ありがとうございます」
「死によって神域を穢してしまった訳だからね。それに対する神罰に加え周囲の汚れた神気を取り込んでの十年熟成だ。もはや妖怪とも言える強烈な祟りになっていて、周辺への実害も出始めている。周囲の草木は枯れ、近隣では交通事故や原因不明の病人まで出ているんだヨ。このままにしてはおけない状況なのサ。かといって物部の陰陽師達では分が悪過ぎるのだよネ」
早急に処理しなければならないのには賛成だ。しかし負に落ちない所がいくつかあるのも正直なところなのだ。妖怪に近い力を持っているというのなら、普通の陰陽師には荷が重いのは分かる。でもそれなら、と湧き上がる疑問を物部さんにぶつけてみた。
「そんなに強力な祟りなら、何で標的の所に行かないで神社に留まり続けているんですか?」
と私が尋ねると「よく気が付いてくれました!」と喜ぶ物部さん。
「それが分からないんだよ」
「分からない…とは?」
「物部の式神はこんぺいやサン程強力ではないからね。神社内に停滞する瘴気で穢れてしまうんだヨ。そうなるとウチの式としては使い物にならなくなってしまう。ウチの陰陽師を一人視察に出したんだが、なまじ巫力がある所為で瘴気の影響をモロに喰らってしまってね。使えなくなっちゃった。現場はちょっとした禁足地クラスだよ」
そこまで言うと残りのケーキをひと口で平らげ、
「神社内部、もしくは祟り本体に何らかのイレギュラーが発生していると思っていいだろうネ。現在、神社の周りには人払いの呪法を何重にも重ね、一般人が近付かないようにしているヨ」
と言ってきた。つまり『よく分からないけど頼んだよ』という事なのですね。
「すいません…っと、禁足地って何ですか…?」
「おっと、さすがの若葉ちゃんもこれは知らなかったか」
「勉強不足で申し訳ありません…」
私がそう言って頭を下げると、気にしないでとからから笑う物部さん。そうして残りの紅茶を一気飲み干すと、とても穏やかな、静かな口調で教えて下さいました。
「どうしようもないほどに穢れてしまった土地の事さ」
「どうしようもない、ほどに…?」
「千年に渡り赤子が捨てられてきた土地とか、愚かな領民が人身御供を捧げ続けてきた土地とかね。怨嗟の梢が慈悲の陽光を遮り、踏み付ける大地は血が滲む――歴代四方院の力を以ってしても浄められない忌み地。禍神とも呼べる恐ろしい存在がおわす、人の道理など通用しない土地。踏み入ったら死あるのみ。それが禁足地なのサ」
「隠れ里とは違うんですか?」
「全然違うヨ。隠れ里はこの世に“在って無い”場所だけれど、禁足地ってのは確かにこの世に存在する異界の地なんだ」
しかし、すぐに「話が逸れちゃったね」と話題を軌道修正される物部さん。
「便宜供与を受けていた都市の再開発工事ってのが神社の移設問題でゴタゴタしている時にリークされたんでね。菅田は贈収賄の一件、 寺社関連が情報を流したのではないかと疑っていたらしいんだ」
「もしかして、そんな事で…」
「あぁ。寺社関連への嫌がらせの意味も含めての、神社境内での自殺強要だったんだろうネ」
「嫌がらせって…それだけの為に人の命を使ったんですか?」
私が憤りを覚えながらそう話すと、物部さんは平然とした顔で、
「人の命って軽いんだよ。少なくとも巷で“上級国民”と言われている連中から見ればね。上に立つ者は下に居る者を踏み付ける事で上に居られる。脆い足場はすぐに交換が可能、という訳サ。魂ひとつきりなのは皆同じなんだけどね。まぁ――」
他人の事を言えたガラじゃあないんだけどネ。
とおどけて肩を竦めていました。
「という訳で…」
そう言うとコホンと咳払いを一つして居住まいを正す物部さん。
「四方院総裁、物部より西の司、葛葉に命じる。光妙山神社の穢れを除くのだ」
と、右手を前に突き出したまま私に声を掛けて来たので、
「…どうしたんですか?物部さん」
どうしたのだろうかと心配して声を掛けてみました。
物部さんは暫くの間ワケが分からないといった表情で固まっていましたが、漸く正気に戻ると軽く困った様子で私に話しかけてきました。
「イヤここは『ははぁー』とか『畏まりました』とか言ってくれないとさぁ。俺が挙げたこの右腕の行先がですね?」
ここでやっと、私に相手をして欲しかったのかと理解出来ました。
「物部屋敷ならまだしもここ『タタリアン』の店先ですよ?こんなトコで時代劇の真似ってのはちょっと…」
けれどどう考えてもモーションと周囲の雰囲気が解離し過ぎていて、イマイチその気になれる要素が見つからないのです。
私がそう言うと物部さんは「それもそうだネ」と大声で笑って『タタリアン』を後にされました。
さて。物部さんが店を去り急にがらんとした感じの『タタリアン』店内です。
相志さんは2階に退避、ならぬ紫苑さんのお手伝いで不在。なので今日はこんぺいさんが一緒に居てくださったのですが、
「若葉ちゃんよぉ…」
何やら言い難そうな事を言い出したいような様子のこんぺいさんです。
「アレでも一応俺達のトップなんだぜ?」
と、珍しく歯切れの悪い言い回しをしています。
「少し甘やかし過ぎなんじゃないですか?」
私が正直に思ったところを言うと、こんぺいさんはその一つ目を見開いて、はっはっはと大声で笑っていました。
「そんなところが気に入られてるのかね」
「えっ?」
「とはいえ、相手は自然に成った祟りだ。ブラ紐締めてかからねぇと危ないぜ若葉ちゃん」
「なんでブラ紐なんですか」
「褌を締めて欲しいなら手伝うぜ。まぁブラ紐締めるほど大層なもの持ってねぇか」
「どうせ私は平凡キャラですから」
などと拗ねる真似をしながら話していると私の式神、三つ目の子狐、サンが私の肩の上から声を上げました。
「ママはこれくらいで丁度良いんです!大事なノーマル属性枠なんですっ!」
サン、キミは何の話をしているのですか。
そんなこんなで3人で話していると、ようやく2階から紫苑さんと相志さんが降りてこられました。ちなみに紫苑さんはパジャマ姿でした。着替えるのが面倒だったのだろうな。
「ご苦労様でした、若葉さん」
労ってくれる言葉にぺこりと礼をしてそれに応じる私。
「この件、どうされるんですか?紫苑さん」
私がそう尋ねると、紫苑さんは静かに瞳を閉じ、
「祟りを放つも鎮めるも葛葉の務めです――それに」
陰陽師の務めに対し真摯に取り組む姿勢…かと思った次の瞬間、開かれた紫苑さんの瞳がとってもキラキラと輝いていました。
「自然に成った祟りなんてそうお目にかかれるものではありませんし」
――あ、こっちが本音ですね。
「しかし自然に祟りと成る程に強力ならば神社の結界程度、簡単に越えられると思うのですが…そちらにも興味があります。さっそく今夜にでも見に行きましょう」
そう言われ、『タタリアン』の閉店後に私達は狩衣に着替え、相志さんの運転で件の神社へと向かいました。
例の神社は小高い丘の上にありました。というか丘の麓、その足元には黒い霧のようなもやが浮いているように見えます。その霧にはどことなく『辻神』を思わせる不快さが纏わり付いていました。
「神域が封じきれない瘴気が漏れ出していますね」
それを見た紫苑さんがぼそりと言いました。
「あれが…瘴気なんですか?」
「えぇ。怨みと死で穢れた神気、それが瘴気です」
そう言ってどんどんと神社の中に足を踏み入れる紫苑さん。
「だ、大丈夫なんですか?物部さんは“式が穢れる”って…」
正直入りたくないなと思いながらも紫苑さんがそういうのなら、と小さく気合を入れていると、肩に乗ったサンが頬を寄せながら声を掛けて来ました。
「ボクがここに居るから大丈夫だよ、ママ」
あらなんて頼れる子なんでしょう。うん。サンがそう言うのなら大丈夫。全身すりすりもふもふしてあげたい衝動を抑え、私は腹を括って鳥居をくぐりました。
ぱりっとした清浄感など微塵も感じられず、逆に空気全体が重く腐敗しているようにぬるりとしている。そして足下を漂う、まるで『辻神』のスープと言っていいようなどろりと滞留する濃密な負の力。これが――瘴気。
ですがその瘴気は私の狩衣の裾に纏わり付くような事も無く、むしろ私から逃げてゆくかのように手の届かないところへと遠ざかっていく。頭の中に?マークを浮かべていると再びサンが声をかけてきました。
「ねっ!大丈夫でしょ?」
やはりサンが何かしてくれたのだろうか。短く礼を言いサンの頭を撫でていると、いつの間にか隣に紫苑さんが立っていました。
どろりと濃密で身体に纏わり付きそうな瘴気が、狩衣の袖にすら触れられず、紫苑さんの足元で揺れています。その様子はまるで紫苑さんが瘴気を立ち昇らせているようにも見えてとても美しくとても――恐ろしいものに見えました。
「とても濃密な瘴気ですね…並の陰陽師ならば壊れてもおかしくありません」
「壊れる?」
「瘴気というのは元々神気だった事もあり、魂に染み込み易いのです。感じ取る事の出来ない一般人ならまだしも、敏感に感じ取れてしまう能力者…陰陽師にとっては魂への毒となるのです」
「魂への毒…」
「物部の式は人の魂ですからね。影響を受け易いのです」
だったら――気になった私が向けた視線の先に気が付いたのか、紫苑さんが教えてくれました。
「こんぺいやサンはそのナリが小さくても『神』から創られた式です。この程度の瘴気など寄せ付けもしません。それに葛葉の狩衣は陰陽師を穢れから護る特別仕様になっていますから安心して下さい」
ドライアイスの煙を袖で払うかのように瘴気を他所へ掃き捨てる紫苑さん。
――思わず撥水加工の作業着を思い浮かべてしまった事は内緒にして下さい。
ちなみにこんぺいさんは、水を得た魚…というか金魚なんですけれど、普段よりも気持ち良さそうに泳ぎ回っている…様に見えるけれど、相志さんを中心としてそこから遠くに離れる気配が無い。巫力の弱い相志さんを瘴気から守っているのだろう。
辺りに漂う瘴気をまるで朝霧を撫でるかの如く袖に遊ばせながら紫苑さんが語る。
「神罰を取り込んだ怨みの力が、災いの瘴気を生み続けるのです。怨みも叶わず浄化される事も無く只管に澱み、周囲に不幸を撒き散らし続ける――神域がこうなると並の陰陽師では手も出せませんね」
「人払いの呪法が無ければもっと大変な事になっていたんでしょうね…」
私がそう呟くと、これだけはあの『ストーカー男』を褒めてやらねばなりません、と紫苑さんが言いました。きっと物部さんの事だな。
「社殿へ向かいましょう。きっと『祟り』の本体が居る筈です」
紫苑さんが階段の先を見据えて言いました。うん。私もこの先に濃密な祟りが停滞しているのが感じ取れていました。
階段を登り、玉砂利を踏みしめ、神も去り穢れた神域を歩く。
やがて暗闇の奥に、普段は厳かな雰囲気を放つ社殿が、今はボスステージ感満載のおどろおどろしい雰囲気で私達の前に現われました。
神社の賽銭箱が置いてある場所、向拝部分。その辺りになにか青黒くて丸い大きなモノがぶら下がっているのが見えました。
歪に丸く時折びちびちと揺れている。突き出た両目はそれぞれが全く別な方向に動き続け、飛び出した長い舌は風も吹いていないのにバタバタと揺れています。
ぶらさがっている大きなモノは巨大化した人の頭でした。その下には普通サイズの胴体が申し訳なさげにぶら下がっています。
「な…何アレ…」
思わず口にした私に紫苑さんが答えてくれました。
「あれが本体。祟りと化した魂…しかし狂気に落ちているようですね」
「頭が…膨張しているんですか?」
「首の吊り方が上手くなかったのでしょうね。頭が爆発しそうな程の苦痛が忘れられず、頭部が膨張しているのでしょう 縄が顎の下へ鋭角に入らなければ頚動脈が一気に絞まらず不必要に苦しさを与える事になりますから」
勿論そんな光景を見て一寸も驚きを見せない紫苑さん――というか口許には笑みが浮かんでいるように見えます。
「しかし、何故未だにこの場所で苦しみ続けているのでしょうねぇ」
うん。明らかに喜んでいます。ゾクゾクするような微笑みを浮かべていらっしゃる紫苑さんです。
しかしそんな私達に反応する事も無くただ不気味にびちびちとのたうち回る、祟りと化した魂。なんとなく気になってぐるりと回りこんで横から覗き込んでみると、頭の後ろには霊体となった縄が残っていました。それが神社の建物と祟りの首をいまだに繋ぎ続けているのが見えました。
「ありました!首を吊った縄が霊体になって残っています!」
「縄が…ほう――」
それを聞いて堪えきれない笑みを唇に浮かべながらも何かを考えている紫苑さん。物質としての縄は既に撤去されているが、得られた神性だけがそのまま残り、穢れてしまった魂を束縛し続けていた、という事なのだろうか?
などと私なりに理由を考えていると、紫苑さんがこんぺいさんの方を見て、
「こんぺい、お願いします」
と声を掛けました。するとこんぺいさんは威勢の良い返事をして祟りへと近付いて行き、死して尚首を縛り、吊るし続ける縄に向かってその胸ヒレをひと振りし華麗に
――切れなかった。
今度は身体をしならせて尾びれを振り流麗に
――切れてない。
多分切れるのだろうと思っていたのですけれど、当のこんぺいさんはさも当然と言った装いで
「やっぱり無理だぜ、姐さん」
と想定内のようでした。紫苑さんはそれに頷き、
「若葉さん、サンにこの縄を断つよう命じて貰えますか?」
と声を掛けてきました。私がそれに応じると、
「頑張りますっ!」
と片足を上げて元気にお返事をするサン。
賽銭箱に乗り、そこから跳躍すると縄に向かって爪をひと振りし
――切れてない。
その後も何回か爪で挑みましたが全く切れる様子が無く、とうとう縄にしがみ付いてガリガリと齧り始めていました。
「サンでも切れませんか…」
力なく項垂れたサンが肩に戻ってきた。
「すみません…全く歯が立ちませんでした…」
「何故縄が霊になって残っているんですか?しかもこの縄、普通じゃないですよね」
私がそう質問すると紫苑さんは、
「どうみても首吊りに使った縄ですが、おそらくは縄を掛けた場所が原因でしょうね」
と静かに言いました。
「場所…ですか?」
「神社の向拝…神を呼び出す鈴の真横に縄を掛けています。この所為で縄も神聖なもの――社殿と同一の神性を帯び、怨みと罰で穢れた魂を文字通り縛り続けていたのでしょう」
「動けないんですか?」
「動けませんね。束縛を断たなければおそらく会話もままならないでしょう。全くこれだから――」
素人のやる事は恐ろしい。
と毒を吐いている紫苑さん。思わず“どっちの”素人なのか尋ねそうになったのは内緒です。
束縛を断つ――切るだけ。切るだけでいい。ならば――
「じゃあ、その縄を断ち切ればいけるんですね?」
私がそう言うと、紫苑さんはそれを察してくれた様で、
「できますか?『辻神』では神聖な縄は不得手ですので」
そう言うと相志さんを伴って脇へと身を引いてくださいました。
「はい。ちょっと――試してみたい事があるんです」
おしごとがいそがしかったんです