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3-4 倩兮女

『3月8日の道』で歳神を使い『倩兮女(けらけらおんな)』の祟りを成した数日後の事でした。

満面の笑みを浮かべた物部さんが来店されました。


「いらっしゃいませ」

一応普通に来客対応すると、

「あぁ、今日はいいよ。報告がてらお礼を言いに来ただけだからサ」

そう言って店先で立ったまま話し始めました。


「カルロス・G-ンは事故で亡くなったよ」

「はい」

「あれ、意外とあっさりだね?」

「葛葉の祟りに仕損じ無しですから」

「…言うようになったネ」

「いえ、一度言ってみたかったんです」

私がそう答えると物部さんはからからと笑っていました。


「航空機の破片だね。それが遥か彼方から飛来して、下顎から上をスパンと切断してさぁ。残された身体が『げっげっ』と笑っているように血を噴き出していたよ」

イヤァ見事だったネとからから笑いながら言う物部さん。

「凄まじかったよぉ。街往く群集が自然に集まって、ゴーンを取り囲んで笑い出すんだ。そして最後は頭をスパーン!!でしょ?」

それは幻視していた私から見ても不気味な光景でした。何もしていないのに笑われる。ただそれだけの事なのに、それが人を怯えさせ、前後不覚に陥らせる事になるとは思いもしませんでした。

「歳神による祟りって、周りの人間にも影響を与える代物のようなんです。他の祟りの時も関わった男性の将来まで変えてしまったようですし…」

「そうみたいだネ。ゴーンを笑っていた群集は自然に散って行ったし、それに飛来した飛行機の金属片はイスラエル製らしくって、責任の所在は不明…結局は有耶無耶にせざるを得ないだろうし、結果オーライだよ」

「…まるで見てきたような話し方ですね」

「うん。見てたからね。バカンスついでに」

「現場を見物しに国外旅行しちゃうとかそのセレブ感覚に付いていけないです」

「何なら若葉ちゃんとのハネムーンでも良かったんだけどネ」

「そういうのはお露さんを誘ってみたらいかがですか?」

冗談交じりでそう応えると、腕を組んでうーん、と考え込み、

「そうしたいのは山々なんだけど…今ちょっと彼女、立て込んでるみたいなんだよネ」

と物部さんは本気で困っているように言いました。

 そういえば確かにここ数日、お露さんが来店していない。物部家の情報網なのだろうか、それともお露さんにまで監視の式を飛ばしているのだろうか。

「彼女、そのうち相談に来ると思うヨ?」

私がそう勘繰っていると、物部さんはそう言い残して『タタリアン』を後にしました。


「やっと帰りましたか」

見計らったかのように店の奥から相志さんが出てきました。本当に嫌いなんだなぁ。

「相志さん…」

「若葉さん、物部は巫力を持つ関係者にはほぼ全員、監視の式を放っていると思って間違いありません」

「やっぱりそうなんですか?」

「さすがに我々に対しては()()()だけにしているようですが」

そういって天井の『凌王』を指差す相志さん。

「…気を配ってくれているんじゃないですかね?」

「若葉さんは優しいですね」

「覗きに使っていたら容赦なく祟りますけど」

冗談交じりにそう応えると相志さんは「それがいいと思います」と笑っていた。


 …一度隠しカメラとか探してみたほうがいいのかな?




 それから更に数日して、ようやくお露さんがタタリアンに来店されました。閉店間際の、一般のお客様も殆ど居ない時間帯の事でした。いつもの疲れて弛んだ顔ではなく、疲れてはいるけれども緊張感の抜けない顔をしていました。そんなお露さんは開口一番、

「若葉ちゃん…相志さんにも聞いて欲しい事があるの」

と、いつになく真剣な口調で言いました。

 何かあったと判断した私と相志さんは早々に店を『準備中』にして、ゆっくりとお露さんの話を聞くことにしました。


「最近、誰かを祟ったりした?」

テーブルに座ると開口一番尋ねてきました。そういう事だろうなとは思っていましたが。それにしても様子が深刻です。私は包み隠さずに答えました。

「はい、確かに数日前に私が『歳神』で成したばかりですけど、それは国外逃亡した某自動車会社のあの人についてで…最近の件についてはお露さんにもお伝えした、詐欺師と少女誘拐殺人犯の2件だです」

「そう…やっぱりそうよね…」

深刻そうな顔で俯くお露さん。

「何かあったんですね?小鳥遊さん」

相志さんが心配そうに声を掛けました。

「えぇ――是非相志さんにも聞いて欲しいの」


 閉店後のタタリアン。今日は珍しくお露さんはケーキ無しでの滞在です。席には私と相志さん、こんぺいさんとサンも一緒です。ちなみにクロちゃんは紫苑さんが抱いて寝ているそうです。

「一週間前の事よ。十三日町にあるキャバクラで殺人事件が起きたの」

「誰が殺されたんですか?」

私の問いかけに無言で首を振るお露さん。

「誰が、じゃないの。その店舗に居た従業員から客、倉庫の鼠からゴキブリに至るまで、生物全てが殺されていたわ。そして壁には血文字でメッセージが書かれていたの」

「血文字たぁマトモじゃねぇな…誰宛だ?」

こんぺいさんの言葉に首を振るお露さん。

「それが分からないの」

「何て書いてあったんですか?」

相志さんが僅かに眉を顰めながら聞いた。

「…bow down deeply。平伏せって意味ね」

「まるで銃を持った3歳児みてぇな言葉だな」

こんぺいさんが鼻で笑いながら言いました。

「茶化すなこんぺい。ちなみにどのような殺され方をしていたのか、伺ってもよろしいですか…?」

僅かに身を乗り出す相志さん。

「大型の獣に噛み殺された…鑑識によると犬の顎に酷似している、と言っていたわ。遺体は損傷が激しくて身元の識別に時間がかかったの。けれど被害者の中に外国人がいる事が分かったの。警察で素性を調べても身元不明でね…」

「それで…?」

「その店はロシアマフィア極東支部の資金源の一つだったの。そして身元不明の外国人はロシアンマフィアの極東支部長だった」

感心したようにこんぺいさんが呟いた。

「よくそこまで掴んだな」

けれどその言葉にお露さんは静かに首を振って答えました。

「公安が出てきたから分かっただけよ。捜査権からゴキブリの死骸に至るまでみぃんな公安に持っていかれたわ」

そして溜息を一つ吐いて紅茶を一口飲むと、静かに言いました。

「でも、現場に残された“不浄”だけは持っていかなかったけどね」

その言葉を聞いて私は勿論相志さん、こんぺいさんまでもが目を見開いていた。

 不浄――祟りなど負の術が使われた現場に発生するウイルスのような存在。それが現場に残されていたという事は…

「この件に関して陰陽師は――葛葉は関与していないのね?」

身を乗り出して尋ねるお露さん。それに対し相志さんは、

「えぇ。陰陽師における裏の仕事に関しては葛葉が全て執り行っていますが、そのような祟りは行っていないと断言致します。それに我等の『祟り』は無関係な人まで殺すものではありません。それは葛葉の名に賭けて誓いましょう」

真っ直ぐにお露さんを見つめて話す相志さん。慣れていない女性ならショック死してしまうかもしれない危険な行為ですが、お露さんも免疫がついたみたいです。

「うん…その言葉が聞きたかったの。まぁ信じてたけどね」

溜息混じりに椅子に背を預けながらいうお露さん。「だから、何らかの情報を持ってないかと思ってね。ようやく寄らせてもらったの」


 この件に関して私達“葛葉”は関与していない。

 だが現場には負の呪法の残滓である“不浄”が残っていた。

 つまり私達以外の誰かが、呪法を以ってこの無差別殺人を行ったということになる。

「相志、姐さんが降りて来たいそうだ」

上で寝ていた紫苑さんも起きたのだろう。相志さんにこんぺいさんが声を掛けた。

「わかった。すぐに向かう」

お露さんに一つ頭を下げて2階へと登る相志さん。その背中を見送ってこんぺいさんが至って真面目な口調で言いました。

「ちなみに俺ぁその現場を見てくるように姐さんから指示を受けたところだ。サン、お前も一緒に来てくれ」

いつもであればこんぺいさんが単独で向かうのだけれど、今回はサンにも来いと言っていた。指示を出した紫苑さんも、何かを感じているのだろう。

「分かりました。お供させて頂きます」

私にペコリと頭を下げ、裏口の猫用ドアから飛び出してゆくふたり。

 そうして店内に2人だけ残されました。

「何が…起きているんですか?」

私は思わずお露さんに聞いていました。

「それを聞きたいのよ」

そんな私にお露さんは自嘲気味に微笑んで答えました。




「お待たせしました」

少しして、ワンピースを着た紫苑さんが2階から降りて来ました。その手にはしっかりと付喪神(ぬいぐるみ)のクロちゃんを抱いています。いつもの美しく穏やかな表情ですが、身に纏っている妖気というか気迫が違う――怒っているようです。

「どうやら――喧嘩を売られたようです」

「喧嘩を…売られた?」

「人の庭先で勝手に仕事を始めた愚か者が居ると言う事…」

「相手は誰なんですか?」

私の問いにふるふると首を振る紫苑さん。クロちゃんが紫苑さんの腕からよじよじと抜け出してぴょーんとお露さんに飛びついた。

「紫苑ちょっとおっかないにゃ…おつゆ、ナデナデしてほしいにゃ」

その言葉にクロを膝に乗せ、頭から背中を優しく撫でるお露さん。

「私は落ちているペン先一つから警官が聞きもしない事まで読み取れるような阿片漬けの探偵ではありません。精々、術の残滓を嗅ぎ取り系統を詳らかに出来る程度です」

「術の残滓…?」

「現場に残された“不浄”です。あれを調べれば分かります」

「あぁ…アレにも違いがあるの?」

お露さんが紫苑さんに尋ねます。

「食材の産地当てのようなものです。見た目は同じでも匂いや味、特徴が違うといった感じでしょうか。先程こんぺいとサンに向かって貰ったところですが――着いたようですね」

そのまま瞳を閉じる紫苑さん――ですが、初めて眉を寄せて困ったような表情を見せていました。

「これは――」

「どうしたんですか?」

紫苑さんも困る事があるのかと驚いて尋ねました。

「分からないのです」

それがどれほどの重大事か理解していないお露さんが気の抜けた声で応じました。

「はぁ…」

「私は術であればNA(ネイティブアメリカン)だろうが数秘術(カバラ)であろうが洋の東西を問わず即座に判別が出来ます。ですが、こんな雑で荒々しく、それでいて太古からの香りを纏う若々しい妖気は見た事がありません…」

そしてゆっくりと目を開ける紫苑さん。

「聞いていますね――凌王」

上を一瞥もせず、天井に居るであろう物部の式神“凌王”へと声をかける紫苑さん。

「総裁に連絡を。『各々身辺に注意されたし。但し手出しは無用』――と」

紫苑さんの言葉に前足を挙げて応じる凌王。

「紫苑様だけで正体不明の敵と相対するお積もりですか?ここは――」

それを聞いた相志さんが心配そうに紫苑さんへと声をかけていました。ですが紫苑さんは私達の方を向いて、

「私だけではありません」

と微笑んでいました。

「今や頼れる相棒へと成長された若葉さんもいます――それに相志、貴方が居れば何者だろうと守ってくれるのでしょう?」

おや、なかなか上手ですな紫苑さん。

「――勿論です、紫苑様」

軽く笑い頭を下げる相志さん。見事に乗せられた、のかな?

「アタシも微力ながら力になるよ」

そんな様子を見てお露さんもその気になったようです。

「宜しいのですか?」

「勿論よ。人の庭で勝手されて黙って見ているなんて出来ないわ」

やはり正義感の強い人なのだなぁ。

紫苑さんはお露さんにありがとうございますと礼を述べると、私を見て言いました。

「若葉さん、『歳神』から式神を作って小鳥遊さんに与えてください」

うん。それは前からしようと思っていた事なのだけれど、この件で紫苑さんからも正式に依頼が来た事になるのか。

「現場に近い、巫力を持つ人間は狙われる可能性があります。小鳥遊さんは既に私達の仲間です」

「はいっ!」

「なのできちんと()()()()()()()与えてください」

「はい…って…えぇーっ?!」

式神に“繋がり”を持たせるってぇ事は――私、お露さんと?!

「…どしたの?」

私が衝撃を受ける理由を知らないお露さんが顔を覗き込んで聞いてくる。

「ひゃっ?!い、いいいいえなんでもないですっ!」

不意にお露さんの顔が近付いて、つい過剰に意識して反応してしまいました…

「刺激が強いかもしれませんが、これは小鳥遊さんの命を守るために重要なのです。お願いします」

紫苑さんにそこまで言われちゃうとなぁ…仕方ないか。

「はい…」

「刺激が強い?なにどゆ事?」

この場で唯一理由が分からないお露さんだけが取り残されている状態でした。


 そして紫苑さんと相志さん、こんぺいさんが2階へと下がった後、私はお露さんに“式神”の作り方について説明をしました。


………


「要するに、本人がガチャを回すと何が出るか分からないんですけど、ベースとなる寄代があればその形を模倣する事が出来るそうなんです」

「相変わらず例えは下手だけど、つまり若葉ちゃんから作って貰う分には好きなのが作れるって事ね!ぬいぐるみでも良いかな!やっばちょっと嬉しいんですけど!」

「あと…ですね…その…」

「ん?どうしたの?顔真っ赤にして」

「そ…その『式神に繋がりを持たせる』って紫苑さんが言っていた件についてなんですけど…」

「うん。それが?」

「そ、その方…法…なんですけど――」

私はお露さんに『つながりを持つ式神の作り方』について、どうやって作るのか、その方法についての全てを説明しました。そして最重要説明事項についても――

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