3-1 倩兮女
「どうされたんですか物部さん。プチ女子会に参加したいんですか?」
私がそう言うと、満面の笑みを崩さぬままで答えました。
「いやぁ、女の子のお喋りってのは華やかでいいなぁって思ってたんだヨ」
そう言って視線が私から隣の――巨乳へと移ってゆく。暫くの間堪能した後、漸く尋ねてきました。
「っと、若葉ちゃん、こちらのきょ――女性は?素人じゃないようだけど」
「…今“こちらの巨乳”って言おうとしませんでした?」
「いやいやいやいや。ちゃんと能力も診させて貰いましたってば!」
慌てて否定したつもりが肯定している物部さんである。
「能力…も?」
「そうそう『真贋を見定める目』だヨ――んで、そろそろ此方の方をご紹介して欲しいんだけどナ?」
無理矢理に男の性から話題を逸らす物部さん。もう少し弄りたかったのだけれど、瞳をキラキラと輝かせたお露さんがずい、と前に出て自ら自己紹介を始めていました。
「お初にお目にかかります。ワタクシ、小夜鳴市警捜査1課所属、小鳥遊露草と申します」
――見た事も無い程に丁寧な挨拶をするお露さん。大人ってスゴイ…
「ご縁がありまして『タタリアン』の皆様とは懇意にさせて頂いております」
そうして丁寧に頭を下げ――てちょいと待て。アンタいつの間にブラウスのボタンひとつ外したの?…はうっ…女性同士にしか察知できない“口出し無用”オーラが半端ない…
「市警…って事は君だったんだネ。『タタリアン』に出入りする、巫力のある警官って」
「えっ!存じ上げて下さっていたんですか!?光栄です…」
うわぁ。目ぇキラキラしてますよお露さん。
「こちらこそ、葛葉の仕事に貢献してくださっているとお聞きしておりましたので…あ、もし困った事がありましたら是非“物部”までご連絡下さいネ」
そう言ってスーツのポケットから華麗に名刺を取り出すとトドメの笑顔を見せる物部さん。というか名刺って持ってたんだ。『陰陽師』とか書いてあったりするのだろうか。
そしてお露さんも名刺を差し出し、互いの連絡先をゲットすると、お露さんは「それでは本日は失礼させて頂きます」と羊の皮を被ったまま『タタリアン』を早々に後にしていった。長丁場だと化けの皮が剥がれると踏んだのだろう。
まるで狐と狸の化かしあいを見た後のような気持ちです。お露さんが『タタリアン』を出て暫くすると、逃げ去ったあとを指差しながら物部さんが聞いてきました。
「彼女がアレか。耐性持ちっていう…でも微力というより一端の陰陽師並の巫力じゃない?後天的に増えるモノじゃないと思うんだけど…」
「その辺のお話は後でゆっくりと。というか何かご用がおありだったんじゃないんですか?」
私が尋ねると、物部さんは「そうでしたそうでした」と先程までお露さんが座っていた席に腰を下ろした。
「あっ、すいません!今、お茶をお持ちします!」
フランクに接してくれてはいるけれど、れっきとした目上の方だ。失礼の無いようにしなければいつ背後から刺されるかも分からない。急いでお茶とケーキの準備を…と奥に戻ろうとすると、物部さんに呼び止められました。
「っとと。若葉ちゃんはこのままで。確かにお願い事で来たんだけど…今日はね、若葉ちゃんへの依頼なんだヨ」
「――へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる私。なんで?
「どうして――私なんですか?」
「まぁ先ずは話を聞いてくれないかナ?」
そう言って悪戯っぽく笑うと、
「店長さーん!オーダーお願いしまぁす!」
そう言って店の奥に居る相志さんへと声を掛けた。そして暫くすると思いっきり嫌そうな顔をした相志さんが注文表を持って現れた。
「…いらっしゃいませ…ご注文をお伺いします」
うわぁ…ここまで歪むイケメンフェイスもレアだなぁ。と眺めていると、物部さんは普通にケーキと紅茶のセットを注文し、相志さんを弄る事無く開放していました。相変わらず相志さんは物部さんに良い印象を持ってはいないみたいです。でも本当はそこまで悪い人じゃないと思うんだけどな。
そんな事を考えていると、物部さんが大事な事をサラリと話し始めました。
「君達もニュースで見た事があるだろう?依頼する標的はカルロス・G-ン。日本大手自動車メーカーのCEOだった男だヨ」
その名前を聞いて、私は思わずあぁー、と声を上げてしまった。
大金を払っての保釈中に楽器ケースに隠れてプライベートジェットでレバノンへ密出国した人だ。しかも逗留先で記者会見を開いて「日本の裁判は差別主義!不公平から逃げただけだーヨ!ハリウッドで映画化するーヨ!」なんてぶちかました有名人だ。今はルノーに退職金よこせヨ!とかやっているらしいけど。しかし…
「でもこの人って、そこまで怨まれる様な事をしたんですか?」
カネに物を言わせた強引な逃亡劇とはいえ、だ。悪い事はしたんだろうけど『祟られる』程の事なのか、などと考えていると、
「うん。若葉ちゃんならきっとそう言うって思ってたヨ」
と、見事に言い当てられた上でその回答が物部さんから返ってきた。
「偉ぁい人達にはね、自分の顔に泥を塗られるのが死ぬ程嫌いな人が多いんだヨ」
「危険な人達の面子を潰したって事ですね」
私の問いかけにそうそう、と頷く物部さん。
「いつもはルパンを追っているだけのICPOも巻き込んだけど、もうただ逮捕するだけじゃ気が治まらないんだろうね。僕の所に話が回って来たと言う訳サ」
ヤレヤレと言った様子で語る物部さん。でもそこでどうして私なんだろう、と思っていると店の奥から相志さんが顔を出して来ました。
「若葉さん、無理に受ける事はありませんよ」
先程見せた歪んだ顔ではなく真面目な顔をして言う相志さん。
「どうせ手に負えない依頼を安易に受けただけです。我々が動く必然性は」
その瞬間、物部さんの雰囲気が一瞬で変化し、他者を威圧する圧倒的な気迫で相志さんの言葉を遮りました。
「控えよ方相氏――」
さすがは一癖も二癖もある陰陽師たちのボス。圧倒的な威圧感です。それが相志さんただ一人へと向けられています。
だが相志さんも負けじと睨み返しています。うーん。ラスボスvs主人公、的な場面。
「これは陰陽師同士の話し合い――貴様如きの出る幕ではない」
傍目で見ても産毛が逆立つような迫力を見せる物部さん。でも相志さんの態度に苛ついた訳ではなさそうだ。この程度でキレる物部さんではない。それに私は紫苑さんのために秘密で力を貸してくれた、優しい物部さんを知っているから。
「物部さんもそこまでにしてください。店先で『真昼の決闘』するつもりならお受けしませんよ?」
私は鬼気迫る迫力の物部さんにそっと手を置いて声を掛けました。
「また渋い映画を知ってるネェ若葉ちゃん。勿論ゲイリー・クーパーは俺だよネ?」
「若葉さんっ!?」
まだ色々と言いたげだが飲み込んでいる相志さんに対し、私は一度だけ静かに頷きました。
「物部さんには色々とお世話になっていますから」
そんな私の様子に物部さんも威圧を止めてくれました。なので私も静かに話を続けます。
「表があってこその裏、裏があってこその表だと思うんです。それに、物部さんにこんな話が来て『出来ませんでした』じゃあ物部さんの――いえ、陰陽師全体の沽券に関わります」
相志さんも理解はしていたのだろう。引き際を理解してくれたようで、いつの間にか私より後ろに下がり寡黙なイケメンになっていました。なので私は、
「――ですよね?」
と物部さんに笑いかけました。
すると物部さんは、参ったねぇと笑い、
「僕らの事を本当によく分かってくれるねぇ…ウチの嫁に来ない?」
と誘ってきました。
「遠慮します♪」
と笑って返すと、物部さんも、だよねぇーと笑っていました。
「でもね、相志も俺と喧嘩しようと思っていた訳じゃないんだヨ」
すると今度は物部さんが相志さんを養護するように話し出しました。
「相志の言い分も尤もなんだ。今回は『祟り』の依頼を勝手に受けた俺の責任でもあるしネ。それに確かに相志は紫苑ちゃんの方相氏だけど、頭首不在の席では代理人を守る義務もあるんだヨ」
そうだったのかとイケメンを振り返ると、相志さんは知らん顔で明後日の方向を見つめていた。気に掛けてくれるのは嬉しいけれど、でも正直こそばゆい。
「というか、何で私をご指名なんですか?」
そう。まずそこが肝心なのだ。
「ハッキリと“祟り”だと分かる死因じゃあ困るんだヨ」
「あぁ…腐っても外国籍の大物、ですものね」
私の言葉に「そうそう」と頷く物部さん。
「あくまで事故――そう、不思議で不幸な事故による死亡でなければならないのサ。頼んだ連中だけがニヤリとほくそ笑む事ができる。そんな極めて自然な祟りでなければならない。その為には…」
そして私を見つめてくる物部さん。
「私の『歳神』による祟りが最適――そういう事ですね?」
そう言うと物部さんは私に向き直り、
「若葉ちゃん、俺の独断で受けた話だけど、是非ともこの依頼、受けて欲しい」
と言ってきた。
「勿論タダとは言わない。引き受けてくれるというなら、“我々”は若葉ちゃんに『隠れ里』を与える用意がある」
物部さんの発言に、背後で相志さんが驚く気配を見せていた。
「隠れ里って…夢見さんの『月光の森』の事ですか?」
「いやいや違うヨ。全く新しい、若葉ちゃん専用の『隠れ里』サ」
私専用の『隠れ里』とはどういう事なのだろうか。と考えていると――
「悪くねぇ話だと思うぜ?若葉ちゃん」
無駄に渋い声が聞こえてきた。振り返ると、紫苑さんの式神である丸い空飛ぶ金魚、こんぺいさんが店先に降りてきていた。サンも一緒である。
「四方院の陰陽師が専用の『隠れ里』を持つってぇのは一人前と認められた証なんだ。師匠の元を離れて一人で仕事が出来るようになる。プロ野球で言やぁ一軍昇格って事だな」
こんぺいさんはそこまで言うと物部さんをチラリを横目で見ながら、
「ただこれには“四方院”4人の“司”と呼ばれる家長達の承認を得なければならない訳なんだが、勝比呼てめぇ…」
ニヤリと笑うこんぺいさん。それに対し、
「あぁ。強権発動させてもらったよ」
さらりと言い切る物部さん。
「なんたって補助有りとはいえ『宝船』を呼び出せる陰陽師だ。これで見習いと言わせる方がどうかしているサ」
「物部は随分と若葉ちゃんにご執心だな――嫁にゃやらねぇぞ」
口許では笑いながらこんぺいさんが言う。その声だけなら格好良いんですけど。
「それはさっき本人からも言われたよ」
それをサラリと笑ってかわす物部さん。意外とこの二人は仲が宜しいようである。
こんぺいさんがちなみに、と話を続けた。
「姐さんはクロを抱いて寝てるがな、“若葉ちゃんが受けるというならそれで良い”そうだぜ」
というかそれって“仕事”は私に任せて寝る口実を与えるだけなのでは。
「あ、ちなみに『祟り』は見物にくるから起こして欲しいってよ」
「行楽気分ですか」
「と…とにかくどうなさる御積りですか?若葉さん」
相志さんが聞いてくる。私は即答した。
「私も『葛葉』の陰陽師です。『祟り』の依頼ならば――お引き受け致します」
丁寧に頭を下げて話す私の答えにご満悦な様子の物部さん。
「じゃあ…始末して欲しい相手について、改めて説明するネ――みんなの方が詳しいかもしれないケドね!」
「…誰に向かって言ってんだ?」
こんぺいさんがツッコミを入れる。
「読者さんだヨ」
などと訳の分からない事を言い終わると、物部さんは事件の詳細について語り始めました。
「標的の名前はカルロス・G-ン。某…一応某って言わせてね。自動車会社のCEO(最高経営責任者)を務めていたが、東京地検特捜部に金融商品取引法違反の容疑で逮捕され、その後解任。翌年、保釈中に日本から密出国によりレバノンの首都ベイルートに逃亡した。ちなみに日本はレバノンと犯罪人引き渡し条約を締結していていない。なので同国の了解を得られなければGーンの身柄が日本へ引き渡されることはないんだヨ」
物部さんはそこまで言い終わるとオレンジのレアチーズケーキを一口頬張った。そしてモグモグしながら、
「ここまでで様々な組織や機関がカルロスの為に動いているんだヨ。フランス大統領ですら公式にコメントを出す程だったんだよ?あちこちから助け舟が出ているのに…大人しく刑に服せばいいものを、『差別だ人権の無視だ迫害だ』なんて言って逃げ出しちゃった。おかげでG-ンの為に骨を折ってきた連中は怒り心頭って訳なのサ」
成程納得である。しかし。
「…ベイルートの家の近くにミサイル落ちてませんでしたっけ?」
「アレは違うよ。港で杜撰な管理をしていた硝酸アンモニウムをCIAが爆破しただけ。中東の不安定化工作のオマケとして行ったらしいんだけど、結局標的は消せないというお粗末さ加減だよネ」
ひいぃぃ。サラリと怖い事を聞いてしまった。うん…物部さんの性格からして、これ多分一般人が知っちゃいけないシロモノだ。ヤバい奴だコレ。
「じゃあ若葉ちゃんにはもう一度『物部屋敷』に来てもらおうかナ」
「えっ…私消されるんでせうか?」
思わず言葉遣いが古くなってしまったが、そんな私を、
「陰陽師が殺される訳ないだろ」
と物部さんは笑っていました。
「若葉ちゃん専用の『隠れ里』を開く儀式を執り行うんだヨ」