5.ちくちくちくちく。
「魔王ともあろう者の城に、本の一冊も無いってどういうこと」
「それは……その……」
「魔王でしょ?魔王なら何か古の本とかそういうの無いの」
「……勇者が持って行ったかもしれん……」
「……使えない」
「…………」
魔王城。そこで攫われたはずのティエラは玉座に座り、魔王はその前に跪いていた。
攫われたこと自体は驚いたが、ティエラはすぐに切り替えた。これならフェガリとの婚姻を無かったことに出来るのではないかと。
なので攫われても大して悲観せず、むしろ魔王の城なら何か面白い本があるのではないかと楽観視していた。
しかしそれは上手くいかなかった。期待して来た魔王城。そこに書庫は無かった。
故にティエラはキレていた。珍しい本の一冊も無くて何が魔王城かと。
魔王を跪かせその一点をねちねちとつつく。かれこれ数日、ティエラが連れてこられてからこれは続いていた。食事や睡眠の時は辛うじて逃れられるものの、それ以外は常にこうだった。
「魔王の癖にまず書庫が無いのがおかしいわよね。あなた城で何してるの?魔王なのに本の一冊も読まないっていうの?それでも魔王なの?魔王なら世界各国の情勢や歴史を知る為に歴史書を読むとか大衆の本を読むとかそういうことはしないの?魔王だからって何もかもがわかるわけでもないでしょ?なのに書庫以前に本が一冊も無いって何なの?挙句これだけ言ってるのに本を用意することすらしないの?何で?」
「あの……すみませんでした……」
あまりに執拗に責められ、魔王はひれ伏した。謝る以外の解決策が思いつかなかった。
この間某国の王子を攫った時に来た姫も怖かったが、この姫もまた違う方向で怖いと魔王の心は殆ど折れていた。
「……ちょっと、近隣の国襲って、何か、本奪ってきます……」
「早くして」
「はい……」
行ってきます、と魔王が部屋を出ようとした時だった。扉が開かれ、そこにはフェガリが立っていた。
「見つけたぞ魔王!!」
「な、何者じゃ貴様!」
「フェガリ……?」
突然現れた存在に、魔王もティエラも驚いていた。
「姫様!ご無事ですか!!」
フェガリの言葉にティエラは思わず頷く。それを見てフェガリは安心したようだった。
「……も、者共出合え、出合えー!!」
はっとしたように魔王が叫ぶ。しかし当然、誰も来ない。しーんとした部屋に魔王は右往左往した。
「な、何故じゃ!何故誰もおらぬ!」
「魔物なら全て倒した」
「全て!?まさか、四天王もおったはずじゃ!」
「…………四天王?」
フェガリはちら、と後ろにいた部下に「らしき者はいたか」と尋ねた。部下は恐らくこの階に上がる前にいた者達では、と返す。
「倒した」
「そ、そのようじゃな……」
記憶に残らないレベルだったの?と魔王は涙目になる。この間倒されたのもわざわざ蘇生しておいたのに。ちょっと強化もしたはずなのに、と。
「姫様を返してもらおうか」
「……い、嫌じゃ……っ!?」
魔王が言い終えると同時にフェガリの剣が魔王のマントを引き裂いた。魔王自身は間一髪、一歩後ろに退いた為に無傷だった。
「ならば死んでもらう」
「んなっ……!!」
二度、三度とフェガリの攻撃は続く。それを済んでのところで躱す魔王だが、防戦一方だった。
ならばと魔法を放つがフェガリは容易くそれを避ける。火球も氷の壁も、フェガリには何の効果も無かった。
あっという間に魔王を壁際に追いつめ、フェガリは魔王に剣を突きつけた。
「これで終いだな。言い残す事はあるか」
「……っ!……こ、今回は退いてやるが次はこうはいかぬぞ!!」
言うが早いか、魔王は姿を消してしまった。それを見てフェガリは舌打ちするが、深追いするのも得策ではないかと諦めた。
「……姫様、ご無事ですか」
「っ、う、はい……」
「でしたらよかった。……さぁ、帰りましょう」
「……はい」