キャロライン・クロゼット公爵令嬢のドレスのセンスは人類には早すぎる
「キャリー!キャロライン・クロゼット!お前との婚約は破棄する、お前のような女を妃になど迎えられるか!!!!」
王子はその日、ついに婚約者の令嬢相手に堪忍袋の緒をぶち切った。
華やかな宮廷には美しいドレスや衣装の人々が集い、さんざめいているその最中であった。
今、赤金色の美しいご令嬢の周りには、ドーナツ状に穴が空いていた。まあ王子が怒る前からドーナツ状の穴は空いていたのではあるが。
美しく若く、王太子の婚約者であり、そして愛想がない彼女は、宮廷内部では分かりやすく鼻つまみものだった。
まあ、彼女が嫌われているのはその性格や地位とは全く関係のない理由ではあったが。
「ねえ見て、クロゼット公爵家のキャロライン様よ……今日もまたあんな格好で、はしたない……」
「あの方のドレスは少し派手すぎて……わたくしの好みには合いませんわ、まるで…………一人聖夜祭のモミの木っていうか」
なんて?
「そうそう……ちょっとこう、なんか、センスがあまりに……独創的でいらっしゃって」
「あんな頭がおかし……きちが……ユニークなセンスは、マーギローブの“南の心臓”でも見たことがありませんわ……」
「ファッション界の先駆け都市でもあれはちょっと」
「目がちかちかしますものね、物理的に」
端的に言うと。
彼女は巻きつけた電飾で全身が光り輝いていた。
公爵令嬢キャロライン・クロゼット。美しい赤い髪に緑の瞳、透き通るような白い肌。金髪や銀髪が多い王家の社交界において、その赤金色の髪は際立って奇抜に見える。
キャロラインは、電飾で全身をきらめかせながら顔をしかめる。
「……殿下。わたしが、何かしましたか?このような社交の場所で婚約破棄など、あまりに唐突ではありませんか。わたくしも恥ずかしいという気持ちの持ち合わせはあるのです」
「恥ずかしいのは僕ではなくお前の服の方だが自覚がないのか!!???」
普通にイケメンで普通にセンスのいい王子は耐えかねて大声を出した。
人形のように美しいキャロラインはついと眉を上げる。これでもかと塗りたくられた緑アイシャドウと真っ赤な口紅のせいでちょっとこう、本来の顔がよくわからない。しかし、そのメイクの強烈さでも誤魔化しきれないくらいに——……彼女は、クソダサコーデの化身であった。
「どうして緑と赤のツートンカラーに派手な黄色の縫い取りをしたんだ!!??民族衣装か!!??ここは王宮だぞ!!??」
キャロライン・クロゼットの本日のドレスは、スパンコールやら、イミテーションビーズやらでぎらぎらに飾られた上に、生地は赤と緑。
ついでに全身に電飾がついててめちゃくちゃに光っていた。孔雀のような大きな襟、そして引きずるように長い裾は風の魔術でも纏っているのか地面すれすれで浮いている。
あまりにもクソダ……いや、アートである。
しかしやばい。目立ちすぎる。見るからにやばい。
「しかもなんだそのワンゴルドショップで売ってそうな電飾は!!?どこから引っ張り出して巻きつけているんだ!?」
「一つ五万ゴルド程度ですわ、殿下。これは敢えて安物に見せているのです、その方が気分が出るかと」
「何の気分を出そうというのだ……モミの木気分か……?」
王子はこの美しくとんちんかんな婚約者に疲れ果てていた。
令嬢と王子の所属する国は、服飾デザイナーの多いファッション大国といっても過言ではない国、マーギローブである
その王太子の婚約者、ひいては妃となりし娘がとんでもコーディネート、周囲の国や貴族たちからの目がひたすらに痛い。王子の心労も推して知るべしであった。
歩くクソださコーディネート、奇抜すぎる人類に早すぎるセンスの持ち主。キャロライン・クロゼットは眉をあげる。
「家にあったドレスが物足りなかったので光らせました。豪奢で、公爵家の力をよく示せると父上も褒めてくださいましたが」
「公爵までダサ信者なのか!?メイドたちは何をしていた!?」
「何故かメイドは皆、わたしの衣装部屋を見ると気分を悪くしてしまって、衣装係から辞めていってしまうのです」
通常のセンスの持ち主なら精神に異常を出すレベルのダサ……トリッキーさが極まった結果、王子の婚約者の家にはとんでもセンスの持ち主しか残らなかったらしい。
クロゼット家は今や、クソダサセンスの蠱毒と言っても過言。
「——とにかく!お前との婚約などもう考えられん、その醜悪極まるクソダサセンスは貴族の身分に相応しくない!!!!婚約は破棄だ!!」
王子は吐き捨てるように言った。普通ならものすごくむかつく場面のはずなのだが、会場内はちょっとこう、王子に同情的であった。
今まで彼は、彼女のクソださとんでもコーディネートと付き合い続け、素知らぬ顔でそれを受け入れ続け、デートの時とかも目を回しそうになりながらも耐えてきたのである。ここで漸く縁を切れるぞ!!!という空気を醸し出している王子を責める貴族はそこまでいなかった。
ただ、堪忍袋の緒を切らす前に、もうちょっとこう、丁寧にコーディネートの指導はするべきだったかもしれない。
一方、クソダサの化身、キャロラインは厳しい目を向けられていた。
ああ、ファッションがかなりの権力と直結しているこの国、マーギローブに生まれ落ちたことこそがキャロラインの不幸!彼女は今、社交界で孤立状態であった。一人だけめっちゃ輝く歩く一人聖夜祭であった。
「——わたしはこの場には、そぐわない存在のようですね」
ずっと前からそぐわなかったし、一人電飾祭りをする前に気がつくべきだっただろ……と王子は考えた。
「今更気が付いたのかキャロライン!わかったら社交界からでていけ、永久にそのクソダサコーデを俺の前で見せるんじゃない!!!——ああ、この娘に求婚したいやつがいるのならば好きにするがいい!!!クローゼットを電飾とぎらぎらした服に汚染されてもいいのならな!!!」
貴族たちは皆おののいた。この国では、ファッションを制するものが社交界を制するのだ。クローゼットを電飾とぎらぎらした服に汚染されたらたまったものではない、死んでしまう。社会的にも、物理的にも。それほどまでにこの国では、服こそが力なのだ。
誰も、彼女に手を差し伸べない。
彼女は一人だった。
キャロラインは少しだけ悲しくなった。どうして、自分の好きなコーディネートをしているだけなのに、こんなに酷いことを言われなくてはいけないのだろう。私はただ、赤と緑の服を着て、電飾を体に巻き付けたかっただけなのに。
しかし——、一人だけ勇者がいた。
悲しげな顔をするキャロライン・クロゼットに、手を差し伸べたものが、いた。
「ふむ。——ではその娘、この私が貰い受けようかな」
「な……!?」
貴族たちがざわつく。
それはあまりに、あまりにあり得ないことだったのだ。
ファッションが力であるこのマーギローブにおいては。衣装部屋のセンスは、屋敷の主人の力に直結するようなこの国においては!
「なんだと……!?」
「あのキャロライン・クロゼットを貰い受けるだって……!?」
「どんな愚か者だ!」
「彼女を嫁になどしてみろ、家の格はガタ落ち、二度と社交界に何ぞ出られないだろうよ!」
「スパンコールを全身に縫い付けて全力全霊ぎらぎらミラーボールのような格好で舞踏会に行くことになるだろうさ!」
全力全霊ぎらぎらミラーボールはちょっと見たいな。
——そんな喧騒の中。
歩み出てきた男は、——いや、青年は。これもまた、社交界に挑むには奇抜な格好をしていた。
夜空の色のマントには、金色と銀色の縫い取り。アメシストとサファイアを星空のようにあしらった夜闇の色の服、大きな軍帽——のように見せた、小洒落た帽子。足を綺麗に見せる編み上げの艶やかな黒地のブーツ、大きなイヤリング。
派手に見せかけて綺麗にまとまっている。奇抜ではあるが、エキセントリックから一歩、センスがいい方へと踏み込んでいるファッションの纏まり方。
驚くほどにセンスがよかった。それこそ、神がかり的なバランスだった。キャロラインと比べると、月とバクテリアであった。
誰かが彼を見て、喘ぐように言った。
「……あ、あなたは……“南の心臓”の……!『色鳥王』……!!!」
呼ばれた青年は優雅に、あまりに優雅に礼をする。
『色鳥王』——鮮やかな夜色の鳥のような男。
「そう、南の心臓、ファッション最先端——カザリドリ領を治める魔術師。——……ニコラス・ファルスト。ここに馳せ参じました、貴族の皆様」
美しかった。
エキセントリックにして、あまりに美しかった。黄金の髪に、夜闇の服を纏ったその様はヒト離れしていて、何かの精霊のようだった。
美しすぎて、一拍置いて、黄色い歓声がパーティ会場をつんざいたし男性陣の何人かは鼓膜がやられた。
「ニコラス様ーーー!!!」
「きゃーーー!!!!」
「ぎゃああああああ!!」
「いらっしゃってたの!!??サインください!!!」
「ニコラス様が飲んだワイングラスはどこにあって!?わたくしが持ち帰るのよ!」
「いえわたくしが」
「皆様甘いわね、わたくしはニコラス様が踏んだ床を持ち帰るわよ!!」
「まああずるいわ、わたくしも!!」
「いえわたくしが!!」
城を壊そうとするな。
床を持ち帰るのはちょっとどうかと思う……と王子は思ったが、鼓膜をやられていたので何も言えなかった。
まあ、端的に言うならば。男は美しい淑女たちがちょっとしたストーカーじみた言動を繰り広げるぐらいにはイケメンであった。
光かがやかんばかりに顔が良い。
ニコラス・ファルスト。あまりに顔がいいので、ラブレターで海が作れるぐらいモテる洒落男である。彼が開催するファッションコーデバトルという謎文化の謎大会には貴族の令嬢が殺到、南の心臓カザリドリの長を見ようと観光客が一年中来るほどの人気者だ。存在自体が魅了の魔術のような青年。
しかし、クソダサコーデを愛し、人類には早すぎる美学しか持っていないキャロライン・クロゼットには魅了が全く効かなかった。
「——どなたですか?」
「なんと!私を知らないのかい。申し遅れたね。私はニコラス・ファルスト。このファッション大国マーギローブで最高峰の服飾の魔法使い——数千年ありとあらゆるファッションを見続けてきた、服飾を愛する古の魔術師さ!」
「つまり——ファッションの専門家であり大家、ファッションの賢者、ファッションの神様という認識でよろしかったでしょうか……?」
「いや、あのっ、えっとね、そこまで崇められるとなんだか恥ずかしいね?」
案外シャイ。
イケメンは咳払いをしてキャロラインの前に跪いた。彼に手を取られた電飾ぎらぎら赤緑ドレスのご令嬢を編集でうまく消したら、おとぎばなしのような構図であった。
エキセントリック神コーデVSクソダサ人類には早すぎコーデの構図、目に悪い。
「——とにかく。キャロライン・クロゼット。君は、私にはないものを持っている」
「……それはなんでしょうか、わたくしはごく普通の令嬢のつもりなのですが」
「普通?君とは最も離れた言葉だね。君は素晴らしい——人類には早すぎるセンスを持っている」
クソダサコーデとはっきり言わない所、優しい。
「人類には、早すぎる、センス……わたくしに、そんなものが」
無表情に、赤金色の髪のご令嬢は呟いた。
彼女はいつも無表情なのだが、この時ばかりは少しばかり嬉しそうな無表情だった。
ニコラスは蕩けるような目をしてキャロラインを見た。貴族の令息や男性たちは理解できないぜこいつという目をしてニコラスを見た。
「ああ、君を今一目みて動悸がしたし熱が出そうになったし衝撃が走ったよ!これはきっと運命だよ」
「あの、すまないが魔術師殿、それはキャロラインが本当に精神に響くほどくそダサすぎて動悸がして本当に熱が出たんじゃないのか?」
「人類には早すぎる素晴らしいコーデが分からない王子殿下は黙っていてくれたまえ!!」
常識人な王子は素直に黙った。ここはもうこいつに任せておこう……という諦観の表情であった。
美しい金髪のニコラスは、キャロライン・クロゼットに向き直って真摯な声を出した。
「——君のそのセンスが私には必要なんだ。……どうか、私と共に来てはくれないだろうか。私の妻になってほしい、あなたのセンスに一目惚れをしたんだ」
「……、わたくしの、センス」
「そう、君のセンスは素晴らしい。まあ、ちょっと人類には早すぎるが……磨けばきっと今よりも光るだろう」
これ以上光らせてどうするつもりなんだ、と貴族たちは慄いた。
怖すぎる。
さらに光るセンスでクソダサブランドとか発明して夜の街を練り歩かせるだけで荒くれ者が殲滅できそう。
「今まで、誰も……そんなこと、言ってはくれませんでした」
キャロラインはぽつりと呟いた。
誰も彼もに否定されてばかりだった。
自慢のクロゼット、自分の大好きな服が入った場所を誰かに見せると精神的に錯乱するので、今までずっと控えていた。
今日だって、ちょっと控えめな服で舞踏会に来たのだ。
それを認めてくれる、好きだと言ってくれる人が、今ここにいる。
わかっている、彼はキャロライン自身を愛しているわけではない、キャロラインのセンスが好きだと言っているだけだ。
でも、嬉しい。結婚してもいいと思えるほどに。
「……わかりました、お受けいたします」
キャロラインはドレスの裾を引いて綺麗に頭を下げた。
そうすると、彼女は急に普通のご令嬢に見えた。
まあ顔を上げると赤と緑のメイクだし全身電飾だしぎらぎらだったが。
「嬉しいよ!——約束する、君をもっと高みに連れて行くと。君のその人類には早すぎるセンスと、僕の力でこの世界のファッションに革命を起こそう」
これ以上どうやって高みにいこっていうんだ、と王子は突っ込もうと思ったが、彼は賢明だったので何も言わずに耐えた。
それから、マーギローブの南の心臓では熾烈なファッションコーデバトルがあったり、ファッション戦争があったり、国全体を巻き込んだコーデ騒動があったりしたが、なんだかんだでキャロライン・クロゼットとニコラス・ファルストは幸せに暮らした。
今日も二人は、奇抜すぎる服を着て、真っ赤な珊瑚で作られた変なぐにゃぐにゃしたアーティスティックな椅子に座ってお茶をしていた。
午後の柔らかな日差しが温かく降り注いでいる。前衛芸術に囲まれたこの空中庭園は、ニコラスの作っている秘密の花園だった。
二人が飲んでいるのはオレンジジュースにカシスを混ぜた不可思議に赤くオレンジのドリンクだ。飲んでいるものの色まで奇抜である。
赤金色の髪のご令嬢は、それを上品に飲み干してからうつくしい瞳で夫を見遣った。
「……ニコラス。」
「なんだい、キャリー?」
「今日のわたくしのドレス、どうかしら」
言われて、ニコラスはキャロラインを眺める。
本日の彼女のドレスは真っ白で、全身に白いつやつやの艶やかな布を巻きつけてあるだけのようなデザインだ。そのくせ何故か白い上質な布にカエルとかキリンとか象とかゴリラとかが踊っている縫い取りがしてある。
うーん。あまりにダサ……いや、アートであった。
ニコラスは微笑んだ。黄金の光が彼の顔を縁取って美しかった。
「——もちろん、今日も君のセンスは人類には早すぎて素敵だよ」
なんか……こう……いい話だなーってものが書きたかったはずなんです。結果的にクソダサパワー快進撃パワープレイになってしまった。
お読みいただきありがとうございました!!!!